浄心店 〜あなたの本当の心、聞かせてください〜
「もう……本当にイラつく!」
私は、力任せに道端に落ちていた石を蹴った。
数時間前のこと。
「──ねえ、優花。今日の掃除当番、変わってくれない?」
そう呼び止めたのは、学年一の性悪女と女子達に影で言われている、園田アリサだ。
彼氏と思われる男子と腕をからませながら、私のことを上目遣いで見てくる。
「……何で?」
私が無表情のままそう返すと、アリサは「だって〜」と口を尖らせる。
「ホラ、アリサ習い事もあるしで忙しいの」
「私も今日ピアノあるんだけど」
「……とりあえず、お願い!こんなこと、優花にしか頼めないの」
なんで私なんだよ。他当たれよ。
「ってことで、お願いね! バイバイ優花!」
「は? あ、ちょっと!」
私にそう言い残して、アリサは彼氏を連れてそそくさと教室から出ていってしまった。
「ねぇ、今日のデートはどこにする?」なんて言って……きっと習い事の話も嘘だったに違いない。本当はデートするから変われ、とでも言おうとしたのだろう。
しかも、彼氏も彼氏だ。お前も止めろよ。
こうなったら先生に言ってやろうと思い、掃除が終わったあとに経緯を話したが、先生はアリサに対して怒るどころか、私の怒りをさらに沸騰させにきた。
「やぁね、優花さん。友達に信頼されてる良い子じゃない」
遊びに出掛けるやつの雑用する、奴隷みたいな分担を押し付けられてるのに、その関係を友達っていうんですか?
そう言ってやろうとも思ったが、もうそんな気力もないので、適当に返事をして流した。
「優花、すごいイライラしてるね。……まさか、またアリサ?」
「アリサ以外何があるの。本当アイツに関わると疲れるんだけど」
帰り際、他のクラスの友達に同情の目を向けられながら、私はイラつきを胸に校舎を出た。
──そして、今に至る。
(本当にムカつく。なんであんな最低女に男が寄り付くわけ? 結局顔なの? 性格見ろよ性格を! 大体……なんでいつも私にばっかり雑用任せてくるのよ。私はアイツの奴隷でも下僕でもないのに)
「待ってください」
凛とした声が、私の文句で埋まった脳内を貫いた。
声のした方を向く。そこにはワンピースを着た、小さな少女が立っていた。
「誰?」
そして、ふと違和感に気づき、周りの風景に目をやる。
「──え」
そこには、信じ難い光景が広がっていた。
少女の後ろには、おとぎ話で見るようなカラフルな家があり、周りは草や木々で囲まれている。
(今までこんな所に出るような道を歩いていたわけじゃないのに、なんでいきなり……?)
「あなたの心」
突然、少女が私の事を指さした。
「え?」
「あなたの心、少し汚れています。何か嫌な事でもありましたか?」
「……まぁ」
少女が私のことをじっと見つめてくる。心が汚れているだとか意味のわからないことを言われたが、そんなことを気にさせないほど、その少女の瞳は美しかった。
「……同じクラスの子が、毎回毎回私にばっかり雑用を押しかけてきて。そのくせ自分は、他の男と遊んで楽ばっかりして……」
気づけば、そう声に出していた。
「なるほど」女の子はそれだけで全て理解した、とでも言うように大きく頷いた。
「あなたは、その人がどうなってほしいですか?」
「どうなってほしい、って……」
少し考え込んでしまう。アリサにどうなってほしいか……。
流石に、物騒なことを口に出すのは止めておこうと脳内に留める。
「自分で自分の事はちゃんとやってほしい……かな」
「……分かりました」
着いてきてください、と言われたので、促されるまま着いていく。
少女はあのカラフルな家の中に入っていき、しばらくするとまた戻ってきた。
手には水色の可愛くラッピングされたものが乗っている。
少女は私にそれを手渡した。
「これは?」
「なんでもいいので口実を作って、その子にあげてください。中にはお菓子が入ってるので、そのまま食べてもらってください」
「は、はぁ」
私は曖昧に返事を返す。
「2つ注意点があります。1つ目は、そのお菓子をあなたは口にしてはいけないということ。2つ目は、ここに来たということを、誰にも言ってはいけないこと。……守れますか?」
「はい」
「どうかあなたの、本当の願いが叶いますように」
少女は胸の前で手を重ねて、私に向かってお辞儀をする。
「ありがとうございました」
私もそう言ってお辞儀をし返し、扉を開けた。
扉の先は──自分の家の前だった。
(え? どうして……)
夢かと思ったけれど、先程体験したことの方がよっぽど夢のようだ。更に、手にはしっかりとあの水色の袋が下げられている。
(まぁ、いいか。良くないけど……。とりあえずこれ、明日アリサに渡せばいいんだよね)
そう思いながら、自分の家の扉を開けた。
次の日。
「ねぇ、アリサ。これあげる。昨日作ったの」
男達に囲まれて話している途中で、アリサに袋を手渡した。すぐさまアリサが袋を開ける。そして、顔を綻ばせた。
「クッキー? 美味しそう! 今食べてもいいよね。皆、アリサが食べたってこと、内緒だよ」
アリサがそう言って、口にクッキーを放り込んだ。
「──人はどうして、嘘をつくのでしょうか」
昨日の少女の声が、どこかから聞こえてきたような気がした。
この後アリサと優花がどうなったのかは、皆様の想像にお任せ致します。
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ここまで読んでくださり、ありがとうございました。