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1 ラブレター

 俺の下駄箱に、ラブレターが置かれていた。

「………………………………………………」


 今までの人生の中で、金縛りにあったかのように身体が動かなくなったことって、皆あるかな?

 俺はある。一回だけ。だって、たった今それを体感しているんだから。


「………………………………………………」


 違う、これは違うんだ。多分、都合の良い夢を見てるんだな。だって、そんな訳ないじゃないか。

 だって、な……。

 

 俺の下駄箱の中に、ラブレターがぽんと置かれていたなんて、ありえるのか?

 しかも、真っ白な紙にピンク色や赤色のハート柄が散りばめられた、正真正銘ラブレターだぞ?

 しかも、ハートのシールで封じられているし、なんだこのハートパレードは! 乙女趣味過ぎるだろう! ラブレターって、あんまり派手過ぎると逆効果じゃないのか!?


「い、いや! 咲菜なら分かる! あいつめちゃくちゃモテるし! 憎いくらいに! ラブレターが置かれてるなんて日常茶飯事だろう!」


 実際、二人で一緒に登校した時に、咲菜の下駄箱にラブレターが入っていたところを見たのも一度や二度じゃない。

 昼休み、教室で咲菜が告白されているところを遭遇してしまった時もあった。


 でも、俺はモブだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 告白したことはないし、もちろん告白されたこともない。そもそも、結城先輩が初恋なのだ。


 だから、結論としてラブレターが置かれてるなんてありえないのだ。


 だが……。


「………………………………………………!!!???」


 天才少年、水瀬弦太は3つの考えを閃いた。


 その1 ラブレターを贈る相手を間違えた


 これが一番ありえそうな気がする。

 俺の前の出席番号の奴は結構イケメンだったし、結構モテていたはずだ。多分そいつで間違いない。

 ……だが。好きな人の下駄箱を間違えるなどという、最低なヘマをしでかす奴がいるか?

 普通は目がおかしくなるんじゃないかっていうくらい、入念にチェックするよな?

 と考えると、違うのか……?


 その2 罰ゲームもしくは冷やかし


 うわ、もしこれだったら3日間はショックで立ち直れない自信があるぞ。絶対やめてくれ。

 でもうちのクラスのリア充野郎どもなら、平気にやって来そうで怖い。いやいや、あいつらも流石にこんな鬼畜行為はしない!

 ぼっちの水瀬弦太くん、信じます!


 その3


「ちょっとあんた、立ち止まって何してんの? 武藤さんが困ってるからどいてくれる?」

「ぎゃああああああああぁぁああああああぁあぁああああああーーっ!?」


 右肩に生暖かい感覚がして、思わず振り返ると、視界に無表情ながら怒りを湛えた咲菜の顔がドアップで入り、楳図か○お先生タッチで絶叫した。


「な、なんだ咲菜か……」


 びっくりした。本気で心臓が止まるかと思った。やめてくれ……。

 少し安堵する俺だったが、それはつかの間の安堵だった。変わらず無表情の咲菜から発するピリッとした空気に、俺は固唾をのんだ。


「な、何?」

「何って……邪魔よ」


 恐る恐る口を開くと、即睨まれた。

 なんだよ、さっきから。


「……あ……」


 ちょっとイラッとして、やっと気がついた。

 咲菜の後ろに隠れて、強張った表情で状況を見守る気弱な少女の存在を。

 俺の次の出席番号の武藤かえでさん。

 根っからの文学少女で、休み時間はいつも一人で本を読んでいる。整った顔立ちで普通に可愛いと思うのだが、眼鏡と長い前髪で暗い印象がある。


「ご、ごめん。悪かったな」

「……いっ、いえ、そんなことは、なっ!?」


 下駄箱から離れて、小さく謝罪をすると、武藤さんは首を横に振りながら前に進み、上履きに手を伸ばしたまま硬直する。

 どうしたのだろうか。


「み、水瀬くん、こ、これ……」

「は? どうしたの武藤さ……」

「おい待て咲……」


 武藤さんがハート柄のラブレターを指差して、咲菜に伝える。

 その瞬間、咲菜は……咲菜も硬直した。

 恐ろしいくらいの無表情で。


 やばい、咲菜なんか怒ってる?

 お怒りでらっしゃいます?


「あそこ何やってるんだ……」

「あぁ、咲菜姫、今日も美しすぎる……もう完璧だ……。朝からとんでもない目の保養……」

「甲斐野さんはもちろん可愛いけど、武藤さんも結構可愛いよな。守ってあげたくなる感じ」

「で、水瀬は突っ立って何してんだよ。こんな美少女二人と……」


 おい外野、うるさいぞ。あと何か重要な勘違いをしている。

 そんな甘々な空気じゃないからな。見て分かるだろ。だからそんな怖い目線で睨まないで……。


 咲菜はやっと硬直を解き、俺の顔をマジマジと見つめる。その瞳、怖い。本気だ。


「咲菜、怒ってる……?」

「いいえ、1ミリも怒っていないわよ? ええ、何にも怒ってないんだから!」


 いや、バリバリ怒ってるじゃねぇか。

 そうツッコミたくなるのをなんとか抑える。


 すると、武藤さんが遠慮がちにこう言った。 


「……あの、中身読んだ方がいいんじゃない、かな……?」

「ええそうよ弦太。早く読みなさいよ弦太みたいなクズ野郎にラブレターを書くアホに一刻も早く脳天チョップ食らわせるんだから早く!」


 よくそんな息継ぎしないで長い台詞言えるなぁ。

 って、そんなことは今どうでもいいか。


「水瀬あいつ、咲菜姫を怒らせてるぞ! いい加減にしろよ……」

「ていうかラブレター? まさかあいつに? 罰ゲームか。水瀬可哀想に……」


 おい外野そろそろしばくぞ。

 特にそこの眼鏡、お前も俺と同じ立場だろうに罰ゲームとか言うんじゃねぇ。

 それが一番俺的にはキツイから!


 まぁ、外野や咲菜や武藤さんたちに言われなくても俺はこのラブレターを開ける!


 はぁ、ちょっとドキドキしてきたな……。

 いくら外野がなんと言えども、俺に思いを寄せてくれる子がいるのは事実!

 その相手は……


 その3 結城先輩は俺のことが好き!


 さっき思いついた、その3。

 俺にとって一番の理想。


 夢のような妄想だけど。

 叶わない片想いだけど。

 一度も話したことないけど。

 俺が見つめるだけだけど。


「……まさか、な」


 自嘲気味に笑う。


 そんな訳ないじゃないか。

 全生徒憧れの、あの結城冴夏だぞ。


 俺はハートのシールを剥がす。


 結城先輩程じゃないけど、それなりに可愛い子だったら付き合ってもいいかな。

 そうしたら俺はリア充側の人間だ。

 手を繋いで、デートして、キスして……幸せな未来が待っているじゃないか。


 俺は封筒から手紙を取り出す。


 咲菜が、武藤さんが、外野が、固唾をのむ。

 緊張した空気が流れ……


 俺は手紙に目を通す。


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


 俺の手から、手紙が床に落ちる。


『二年一組 水瀬弦太さま 今日の放課後、話があるので体育館裏まで来て下さい



 三年二組 結城冴夏より』


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