ジャスティスガイ
「ガハハハハ! 死ね人間風情があああああ!」
全身白タイツに白ヘルの暴徒共。
奴らの振り回す鉄パイプの衝撃波に、小さな住宅街が、寂れた商店街が徹底的に破壊されて行く。
廃墟と化した街から這い出て逃げ惑う民衆。
容赦なく追う暴徒!
「一匹たりとも逃がすなああ! 我々超人による人類根絶の狼煙を、汚い人類共の死体を燃やして上げるのだああああああ!」
瓦礫の山から突き出た鉄骨二本。その上に立ち陣頭指揮を執るは、白タイツに黄ヘルの大男。その名もビッグイエロー!
「ひいいいいっ! 助けて!」
「やれっ! 超人の尖兵達よ!」
「イエス! ジェノサイドオオオオオオオオオ!」
逃げ遅れた一人の少年に、白タイツ共が集る。鉄パイプを振りかぶる。
刹那!
「――ぐあっ!」
白タイツ、白ヘル、鉄パイプが描円回転しながら青空へと弾け飛ぶ!
ドザ、コン、カランと三度の落下音。
「ゲェッ!」「アガッ!」「ビミィッ!」
ドザ、コン、カランがまた続く。
残った三匹の雑魚暴徒も意識喪失し、瓦礫に伏し倒れた。
そして赤マントがなびく。胸当てと太刀が白銀に輝く!
「ソードレディ……剣参!」
そう言い置き、垂直に放り上げた太刀を背中の鞘に吸い込ませるようカチと納める。涙ぐむ少年を横抱きにしたのは銀鎧と赤袴の少女だった。
後頭部に高く束ねた凛々しい黒髪が揺れる。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「どういたしまして」
優し気な微笑みであった。少年を地下シェルターへの階段前に抱え降ろした少女は、再び背中の黒鞘から抜刀。
「クソ人類の分際で邪魔しやがってええええええええ!」
怒り狂う扇動者ビッグイエローの黄ヘル。
彼女はその立ち姿を凛と睨む。
「超人同盟……絶対に許さない!」
親玉も血走った目で、しかと睨み返す。
「黙れえええええええ! ヒーロー風情が我らの崇高破壊を邪魔しおって! 無間拷問処刑だああああ! 貴様が死を喘ぎ願っても尚、永遠になあああああああ!」
「黙れ! この下衆が!」
割れたガラスの散らばるアスファルト、じりと踏みつけ赤マントをたなびかせ駆けるソードレディ。
「死ねえええええええええ! クソ人類があああ!」
行く手のビッグイエロ―は亜光速で拳を突き出す。轟音と共に衝撃波を放ち続ける。
時空すらも歪めながら、銀鎧に向かう亜光速の歪み!
ソードレディはこれをスン、と天から地に切り捨て両断。
返しに太刀の平を向けて斬り上げ、風圧で弾く。
弾かれた衝撃波がボウと爆ぜる。
瓦礫の山がそこかしこで、ボウボウと爆ぜる、爆ぜる。
舞い上がる破片と砂埃に黒い瞳を細めながら、ソードレディはなおも駆ける。――そして踏み込む!
「させるかあああああ!」
ビッグイエローは鉄骨から後ろ宙返りに飛び降り、瓦礫の山を蹴り飛ばして牽制。……するが怯まぬソードレディ、
「――遅い!」
白タイツの腹から肩へ逆袈裟に斬り、続いて瞬時に逆手に持ち替えて左胸に深々と太刀を突き通す。
「グガハアアアアアアア!」
蹴り飛ばして太刀を抜き払うは黒皮の軍靴。
破れた白タイツと分厚い胸板から、鮮血が迸る。
白タイツは今や赤黒タイツとなりつつあった。
倒れ伏した赤黒タイツだが、どういう訳か、ニヤと嗤っていた。
「報告以上だな……ソード……レディ」
「何故嗤っている?」
答えず更に口角を吊り上げ、赤い瞳を輝かせて嗤うビッグイエロー。
「時間はたっぷりと稼がせて貰ったぞ……見よ!」
瓦礫の彼方。幼い少女が大粒の涙を零しながら立ち尽くしていた。その喉元にナイフを突き立てるは、白ヘルの暴徒!
「剣を捨てろ。さもなくば、あのガキを殺す」
「……ぐっ!」
人質の首から血がツ、と流れた。
白ヘル共が掲げたクロスボウ。その鉄芯さえもが、人質の少女を刺すように取り囲んでいる!
「卑劣な……!」
「ッヒッヒッヒッヒッヒ!」
ソードレディは激情に歯を食いしばりながらも、震える手で背中の黒鞘を落とす。……戦場に乾いた音が響く。
「さっきはよくも舐めてくれたなああああああああ!」
パリンと硝子のような銀の破片が散らばる。
ビッグイエローの拳が、彼女の鎧を砕いたのだ。
衝撃で飛ばされ、電信柱の残骸で跳ね返ったソードレディ。その頭をねじり踏むビッグイエロー。
「ぐ……くう……」
「舐めやがってよお……クソ人類の分際でよおおおおおお!」
奴の傷は、既に黒く爛れた瘡蓋で塞がってしまっていた。
形勢逆転。ソードレディは為す術が無い。
それでも血濡れの顔を上げ、彼奴を睨み殺さんと凄む。
「楽しみだあ……お前のその瞳が絶望に歪む所が見たいぞお……たっぷりと痛めつけてやるからなあ! そして全身の皮を引ん剝いてからたっぷりと犯してやるからなあああああああああ!」
「――!」
少女の瞳が一瞬陰ったのをビッグイエローは見逃さなかった。
彼奴は歪み嗤いで舌なめずりし、ソードレディを見下す。
「そうかあ……未通女かあ……! これは愉しみだなあああああ! そうだ! お前が我が拳でイキ死んだ瞬間を蝋で固めて人類滅亡計画を象徴する記念碑にしてくれよう! ……魔王様もきっとお慶びになるだろうなあ!」
「……外道が!」
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒ! その外道にお前は今から弄られ、犯され、殺されるのだ! お前の潜在深層心理の望み通り……誰だ!?」
不審な気配に言葉を止めるビッグイエロー。
その黄色ヘルメットは、金属製の電極ヘルメットに成り代わっている。
更に足首には銅線が絡みついている。
閉回路が、受刑者の肉体に完成している!
「!?」
そして、感情の断片も見えぬ、恐ろしく冷たい声が告げる。
「電気死刑」
「――が……がああああああああああああああああ!!」
ビッグイエローの全身を包み込んでいく青白い閃光!
彼奴は全身を震わせながら、白目を剥いて泡を吹く。
顔中から血を吐き出してガクガクともがき続ける!
やがて見るも無残に仰向けに傾ぎ、倒れる。
ドザ、カランと鳴る。舞う砂埃。
赤ボタンを押して刑を執行したるは、漆黒の法服を身に纏った、鋭い瞳の青年だった。
青年はすかさず補聴器を装着。ペンライトを手に持つ。ビッグイエローの脈拍、瞳孔、心音を確かめる。
「死亡確認」
小さく言い残す青年に、うつ伏せに倒れたソードレディは必死の声を絞り出す。
「ジャスティスガイ……あの子を……」
人質にされた少女は、まだ生きている。
第三者の介入に、白ヘル達は人質の処遇を決めかねているようだった。
しかし、ジャスティスガイは動かない。
「何を……しているの! 早く! あの子を……!」
「殺気……まだ居る!」
その時、彼の眼前で瓦礫が舞い上がった!
「……動くな。人質を殺すぞ」
その黄ヘル白タイツ姿は……無傷のビッグイエローであった。
「形代が複数ある……か」
先ほど絶命したばかりのビッグイエロー。
その黒く燻る遺骸も、確かに横たわっている。
「分かった所でどうにもなるまい! 動くな! 指一本たりとも動けば人質を殺す!」
「……死刑執行」
「おい聞いてんのか! 人質を殺すって言ってんだろ!」
答えず、ジャスティスガイは銀のケースを開く。
漆黒の自動小銃を取り出し、
「銃殺刑」
「そのガキを殺――ギギャアアアアアアアアアアア!」
ジャスティスガイは、超速で移動し無数の分身を作り出す。
自動小銃を放ちながら。
銃弾の雨が、計算し尽くされた角度から再生不可能点を貫く。
白タイツごと肉を抉って行く。
「ギイイイイイイイ! 殺せえええええええ! ガアアアアア! ガキを殺せえええええええええ! ガアアアアアアアアアア!」
ハチの巣の如く穴だらけの肉片……うつ伏せに倒れたビッグイエロー。
奴は僅かに残った頬肉を吊り上げ、嗤った。
「ギッギイイイイ! ヒッヒッヒッヒッヒ! ガキは死んだぞ! おい! ガキは死んだぞおおおおおおお! お前のせいでなあああああああ! ハッハハッハ! ザマアみろよおおおおおお! ザマアみろ! ザマ……みろ……ハッハッハ……ガアッ!」
「死亡確認」
再びビッグイエローの死亡を確認したジャスティスガイ。
惨殺された少女を囲う白ヘル共へと向かう。一匹ずつ張り倒していく。
「や……やめろおおおおおおお!」
「断頭」
一人一人、手刀で頸を切り落として行く。
「違うんだ! 俺はビッグイエローに脅されて……」
「断頭」
「へっへっへっ……ざまあみろおおおお!」
「断頭」「断頭」「断頭」
ジャスティスガイは白ヘル全ての死亡を確認し、漆黒に血濡れた法服を翻す。
「ソードレディ。命に別状は無いな」
頭と顔から大量に出血し、瀕死の重傷で倒れ伏しながらも、彼女は強く睨み叫ぶ。
「助けてくれたことは感謝するわ。……でも……どうして!? どうして人質を助けなかったの!?」
「ヒーロー細胞の適合者はお前と俺しか居ない。同盟を倒す為にもお前の力が必要だ。だから奴を完全に処刑するまで、お前の傍を離れる訳にはいかなかった。それだけだ」
低く、どこまでも冷たい声だった。
一方、ソードレディの声は小さく震えていた。
「だからって……! 目の前で助けを求めている人を見捨てて何が正義よ! 最低よ……あなたは!」
「人質の為に死んでも結局は人質も殺される。俺達が死ねば、人類はいずれ滅ぼされる」
「…………」
「俺は人質を犠牲にしてでも、人類を守りたい。それだけだ」
「でも……それでも……」
「お前が自身の正義をどう貫こうと勝手だ。俺は干渉しない。だが俺の正義を邪魔立てする事は絶対に許さん。以上だ」
法服の長い黒裾を風になびかせ、ジャスティスガイは瓦礫の道を早歩きに踏みしめていく。
大量出血による眩暈から、思わずガードレールの傍にへたり込んだソードレディ。
彼方へと小さくなっていく黒い法服の背中に、彼女は歯噛みした。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
銀の浴槽に満ち満ちた、青いヒールウォーター。
浸かるソードレディは、一糸まとわぬ姿であった。
「何なのよ……あいつ」
苛立ち紛れの声の直ぐ後、
「失礼しちゃうねー」
カードロックが解除され、扉が開く。
メディカルルームに入って来たのは白衣の女。
赤髪を三つ編みに束ねている。
「どーう? 大分怪我治った?」
分厚い丸眼鏡と引き攣った笑顔に、ソードレディは恥じらいを見せつつも答える。
「……はい。お陰様で」
「ソードちゃんって結構おっぱいデカいねー」
「セクハラは止めてください」
「ごめんごめん」
白衣の女は後ろ手を組んで歩きながらも、浴槽備え付けの計器類をにこやかに確認していく。
ふと、ソードレディが小さく口を開いた。
「ドクターヤマハシ。二号適合者……ジャスティスガイの事ですが」
その言葉に、ヤマハシと呼ばれた女は少しだけ笑みを抑える。
「聞いたよ。何か喧嘩しちゃったみたいだね」
「彼の……ジャスティスガイの行動方針には問題があるかと思います」
「まーそれは人それぞれなんじゃない?」
「……人それぞれですか」
「人が持つ正義の意志で細胞を活性化させ、超人に対抗できるように改造しちゃったのがあんたたちHERO。目指す正義の形なんてのは人それぞれなんだから、やり方に違いがあっても仕方ないよね」
「しかし……」
「キツイ事言うようだけど、ソードちゃんがもっと強かったら人質も助けられた。違う?」
「……違いません」
小さく答えたソードレディは、を震わせながら歯噛みする。
ヤマハシは小さく息を吐き、また微笑む。
「自分の正義を貫く事で強くなるのがHERO。でも別に人の正義を否定しなくていいんだよ。ただ強くなればいい。力ある者が正義とは限らないけど、力無き正義もまたあり得ないからね……まあこれは会長の受け売りだけどねー」
「精進します」
「じゃあ頑張ってねー」
部屋を出る白衣の背中を見送りながら、ソードレディは自問した。
私は自らの無力に対する怒りを、ジャスティスガイにぶつけていただけなのではないだろうか。
強くならなくては。……もっと。
黒のアンダースーツと赤マントを身に纏い、ソードレディは刀を背負いHERO基地中央の闘技場に向かう。
そして、ひたすらに刀を振るった。
振るい続けた。
自分が守れなかった者達。守って来た者達。斃して来た者達。
今も罪無き人々を付け狙う魑魅魍魎。
彼奴等に怯えて夜も眠れない罪無き人々。
全てを想いながら只管に刀を振るう。
――悪を斃し、人々を救う刀となる。
その揺るぎない意志こそがソードレディの正義の源であった。
『ううううぅ……うううううぅ』
「!?」
男の呻き声。HEROであるソードレディにしか聴き取れない程の小さく低い声。だが確かに哭き声だった。
絞り出すような、叫ぶような哭き声だった。
「まさか……敵襲!?」
ソードレディは声の元へと飛ぶように駆け、勢いのままに居住棟の扉を蹴破った。
「あなたは……!」
「ソードレディか」
部屋の隅に蹲ったまま振り返ったジャスティスガイは、目元を赤く泣き腫らしていた。
「防音設備に不備があったか。すまなかったな。もっと厳重な防音設備をヤマハシに頼む事としよう」
ジャスティスガイは、黒のハンケチで涙を拭う。拭いながらも落ち着いた態度を崩さなかった。
そんな彼に、ソードレディは小さな声で問いかける。
「……ジャスティスガイ。どうして?」
「感情に整理を付け、心の奥底に仕舞い込む為に哭いていただけだ。見苦しい所を見せてしまったな」
ジャスティスガイが強く握る「超人同盟による犯行記録」。その悉くが涙で滲んでいた。
先日の「第19市破壊事件」の被害者名簿も、その例外では無かった。
「俺の正義の意志は、悪に対する怒りと憎しみだ。だが……正義を執行する上で、感情は時として判断を誤らせる。だから感情を胸に仕舞い込む為に、時々こうして哭いている……それだけだ」
淡々としたジャスティスガイの声を、ソードレディは睫毛を伏せて俯いて聞いていた。
「ジャスティスガイ……ごめんなさい」
「何故謝る」
「私はあなたの正義を侮辱してしまった。……自分の弱さから目を背ける為に」
「気にするな。お前はお前の正義を貫くがいい」
「そうさせて貰うわ」
ソードレディはひしゃげた扉を踏みしめ、首だけ振り返る。
「それじゃ……邪魔したわね」
「お前が扉を破壊した件は報告しておく」
「自分で報告するから必要ないわ」
二人は小さく笑い合う。
再び背を向け、去っていくソードレディ。
彼女の赤マントを見送るジャスティスガイ。
二人の正義の戦いは始まったばかりだ。




