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事故物件ガール3

シフトを終えると夜9時になっていた。

片手に廃棄弁当を入れたビニール袋をぶらさげ、お気に入りの鼻歌を口ずさんで帰途に就く。

「ふーんふふーんふーん」

接客業をそこそこ長くやっていると嫌なこともある。クレーマーに当たった時は一日へこむし、失敗をしたら気が滅入るけど、今日はなんだか気分がいい。帰り道の足取りも弾むように軽い。

あの子のおかげかな。

名前も知らないイケメンの顔を瞼の裏に回想、鼻歌が一音階高まる。

『ありがとうございます』

花束を小脇に抱いた彼は、最後に深々頭を下げてお礼を述べた。

イマドキあんなシャイで礼儀正しい子がいるなんて、日本もまんざら捨てたもんじゃない。

「ふ………ん?」

鼻歌が中途半端に途切れ、片手でご機嫌に揺れていたビニール袋が失速・静止。

「何アレ」

アパートに続く川沿いの道は人けがない。すっかり暗くなった夜9時とあって、犬の散歩をするご近所さんも見当たらない。

ちょうど私のアパートの前、道路と川を隔てる柵の根元に何かが置いてある。慎重に歩み寄り、正面でしゃがむ。

「これって……」

場違いな花束に手をさしのべ、眉八の字で困惑する。

菊と百合とかすみ草を織り交ぜた花束はやけに見覚えがある。うちのコンビニで売ってた物……言い換えれば、さっきの男の子が買ってった物。

あの子、ここに来たの?

まさか。なんで。

衝撃と動揺が胸の内に急速に広がっていく。

「この道で事故があって、誰か死んだなんて聞いてない……」

そりゃそうか、もしあったとしてもいう義理はない。不動産屋の担当物件に手前の道路は入らない筈……いや、やっぱりおかしい。この道路は一車線の狭い道で、川沿いをのんびり散歩するご近所さん以外に使うひとを見かけない。

こんなのどかな場所で事故が起きるとは考えにくいし、第一もしそうだとしても、他に花束やお供え物のたぐいがさっぱり見当たらないのは不自然だ。

「それとも誰か川に飛び込んで」

はっとして柵を掴んで乗り出し、即座に妄想を否定する。川は浅く、コンクリ―トで固めた川床を申し訳に水が流れているだけ。斜面もなだらかで、ここから飛び下りて死ねるとは思えない。

「なんなのよ」

待て南、この花束を手向けたのはイケメンとは限らない。ただのありふれた花束、ただの偶然かもしれないじゃない。

でも、おかしな偶然で片付けるには不吉な予感が勝ちすぎる。

ある事実に思い至り、川の柵を掴んだまま上方を振り仰げば、アパートの3階の暗いベランダが飛び込んでくる。私の部屋だ。

私の部屋のベランダに立てば花束がよく見える。

まるで私自身に捧げられたみたいに……

「ッ!!」

噛み締めた歯の間から鋭い吐息が抜けたのは、例のイケメンにストーカー疑惑が浮上したからにあらず。

川沿いの道から見上げた自分の部屋の窓に、白い人影が映っていたからだ。

こっちを見張るような影に頭が真っ白になる。

たまらずアスファルトを蹴って走り出し、アパートの階段を全速力で駆け上がる。鍵穴に鍵を突っ込んで回し、ドアを開け放って電気を点ける。

誰もいない。

部屋はからっぽだ。

「……見間違いじゃない、絶対いた」

アレが前の人?

落ち着け南、考えを整理しろ。ビニール袋をローテブルの上に放りだし、冷蔵庫から缶ビールを出してプルトップを引く。

普通の人ならびびって逃げ出すかもだけど、幸い私は人よりちょっとだけ肝っ玉が座ってる。事故物件クリーナーとして、この事態に冷静に対処してやろうじゃないの。

「まず花束がおいてあったからって、あの子が買ってたのと同じ物とは限らない。川べりにあったのはただの偶然。あそこでペットの犬が心臓発作おこすかした飼い主のおじいさんが置いたのかもしれない。部屋の窓に映ってた白っぽい人影はなんだかわかんないけど、前の人が『お疲れサマンサ~』ってむかえてくれたのかもしんない。頼んでないけど。全部偶然、それでいい?オーケー」

「かもしんない」を怒涛の勢いで畳みかけ、ごきゅごきゅ缶ビールを呷って不条理を納得する。

わけがわかんないのはモヤモヤするけど、現状それだけだ。百歩譲ってあの子が花束をおいたからって、それがなんだっていうの?害がある訳じゃなしどうでもいいじゃないか。

「よし!寝る!寝て忘れよ!」

どうでもいいが、そこそこ独り暮らしが長いせいか私は独り言が激しい。アパートに1人でいる時なんか普通に自分と会話してる。幽霊が見たらさぞ引くに違いない。

廃棄弁当をかっこんで夕飯をすませてお布団にダイブ、スマホをいじって睡魔の訪れを待ってはみるけど、目がギンギンに冴えまくって寝オチが遠のく。

幽霊は別に怖くない。これまで渡り歩いた事故物件でも霊障は体験してきたし、白っぽい人影を部屋で見かける事はあった。なんなら寝てる時に胸に正座でのっかられた。

それでも引き下がらなかったのはもはや意地だ。こういうのは「怖い」と思った方が負けなのだ。

「奥の手よ……」

明日もバイトがある、寝ないと身体が辛い。スマホで入眠作用のある環境音アプリをダウンロード、アルパカの鳴き声を聞きながら眠りに落ちた。

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