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事故物件ガール2

事故物件っていうのは、実は私たちの生活圏内にたくさんある。どうかすると一軒のアパートが数部屋抱えてる、なんてケースも起こり得る。

空前の少子高齢化社会、お年寄りの孤独死は今じゃ当たり前で、テレビ新聞雑誌は毎日のように残酷な事件を報道している。

だから身近に事故物件があったってちっとも驚きやしない。

おかげで事故物件クリーナーの私はひっぱりだこ。ただ部屋に居座るだけで家賃はおまけしてもらえ、契約満了の折には別途報酬をもらえるんだから楽な仕事だ。

でも、コレだけじゃ食べていけないのも哀しいかな世知辛い現実。

「いらっしゃいませー」

自動ドアが開いてお客さんが来店する。陳列の手を止めて振り返り、声を張って挨拶する。

アパートに引っ越してから二週間後、私は近くのコンビニでバイトを始めた。例の徒歩2分で行けるコンビニだ。素晴らしきかな職住接近。

買い物に行ったらウインドウにバイト募集の貼り紙が出されてたんで、即飛び付いた。

普段使いのコンビニで働くのはなんとなく気まずいから避けるって人もいるけど、私はそういうの全然気にしない。

バイト帰りに買い物もしていけるから逆にお得、廃棄処分になったお弁当やおにぎりも貰えるし。

幸いバイト先の仲間は皆いい人で、馴染むのに時間はかからなかった。

端末をバーコードに翳して検品していた時、突如頭上から声をかけられる。

「あの、ちょっと聞きたいんですけど」

「はい、なんでしょうか」

鉄壁の接客スマイルで顔を上げ、ちょっと驚く。イケメンがいた。学ランにダッフルコート、赤と緑のチェックのマフラーを巻いた男の子。

学校帰りに見える彼は、何故か言いにくそうに口ごもる。

「花をさがしてるんです」

「花ですか?」

「はい……お墓にそなえるような」

「ああ、花束ですね。少々お待ちください」

お盆やお彼岸の時期になると、コンビニでも花束をよく見かける。それ以外でも霊園の近くのコンビニなら、割と普通に販売しているのは知られていない。

一応、私の働くコンビニにもおいてある。

男の子が少し驚いて目をしばたたく。

「よかった、あるんだ。前は違うとこで買ってたんだけどそっちが潰れちゃって……」

そういえば見ない顔だ。常連さんじゃない。

「昼は表においてたんですけど涼しくなりましたから、萎れないように中に引っ込めたんです。バスで一駅の所にお寺があるから、たまに買っていかれる方がいるんです。年配のお客様に多いんですけど……」

「すいません」

「え?」

「いや……場違いで」

思わず吹き出す。

「買ってくれるお客さんに場違いなんてありませんよ」

冗談めかして返せば、男の子の顔の強張りがほぐれて、はにかみがちな笑みが上る。

男の子を案内してカウンター横に回り込む。AТMの装置の隣、新聞のラックの死角となるわかりにくい場所に黒いバケツがあり、透明なセロハンで包まれた花束がまとめて生けられている。

「ここにあったんだ……ありがとうございます、全然気付かなかった。AТMに人いたから見るの後回しにしてた」

「こっちこそ、目立たない場所で追いやっちゃってすいません」

ちょっと可哀想なことしたなと、斜めに傾いだ花束を直してやる。

「やっぱり今の時期に買ってく人って少ないですか」

「ですねえ、お彼岸お盆とはズレてるし」

男の子の質問になにげなく答えてから、脳裏にふと疑問が浮かぶ。

「あの……私からも聞いていいですか」

「はい?」

「前買ってたコンビニが潰れちゃったんならお花屋でもいいんじゃないですか?ここよりずっと種類豊富ですし、ちょっと行った先にありますよ」

ああ馬鹿、余計な事言った。せっかく来てくれたお客さんをむざむざ逃がすような失言を。

後悔した時には遅く、私はぽかんとする男の子に指さし、花屋の場所を教えていた。

すると男の子は気まずそうに俯き、何故だか頬を赤く染める。

「知ってます」

「え、知ってたんですか。それじゃなんで」

「……恥ずかしくて」

「はあ?」

「花屋って女の人しかいないでしょ。男が紛れ込むの、コンビニ以上に場違いかなって。やってる人も買いに来るのも女の人だし」

今度はこっちがあっけにとられる番だ。

我慢できず吹き出す。

「わ、笑わないでください」

「ごめんほんとごめん……で、でも想像したらツボにはまっちゃって」

ダッフルコートがお似合いのイケメンくんが、女の子ばかりの花屋に入るに入れず、結局素通りしてコンビニに来たっていうのは、なんとも微笑ましくて好感度が上がる。

「いいと思うけどなあ、男の子が花屋にいても。全然気にすることないのに」

軽い口調で笑顔でフォローし、すっかり恥じ入ったイケメンに花束を渡す。

「こちらでいいですか」

「はい」

「じゃあお会計を」

レジに入って会計を済ませる。千円札をもらいお釣りを渡す時、一瞬指が触れ合ってドキリとする。睫毛が長いなこの子。

「ありがとうございます」

律義に頭を下げて自動ドアから出て行く後ろ姿に、「ありがとうございました、またお越しください」と声をかける。

「一目惚れしちゃった?」

休憩から戻ってきた同じシフトの夏見さんが、私の脇腹を突付いて囁く。

「は?学生ですよ」

「南ちゃんもハタチそこそこに見えるし釣り合いとれるんじゃないの」

「馬鹿言わないでくださいって、まあ目の保養にはなりましたけど」

「恋愛には興味ないの?」

夏見さんは四十代、既婚の主婦だ。高校生の息子と中学生の娘がいるらしい。

他人の色恋沙汰が大好きで、何かというとその手の話を吹っかけてくるけど、面倒見がよく決断力があるので皆に頼りにされてる。

「お客様は神様だろ!」と声を荒げるクレーマーに、「それを決めるのは接客する側であって、お客様ご自身が断じることではございません」とやりこめた痛快エピソードは語り草になってる。

「興味ないってゆーか……そりゃーいい人いたら付き合いたいな、とは思いますけど……」

「南ちゃん27でしょ、うかうかしてると婚期逃がして干物女になっちゃうわよ。高校生でもなんでもイケメンいたら唾付けときなさいよ」

「あはは。お客さんきましたよ、いらっしゃいませー」

さっきはたちそこそこに見えるって言わなかったかオイ。

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