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05:嘘と思惑

 


 アルドリッジ家に身も心も捧げるなど、シャロンは露ほども思っていない。もちろん覚悟のうえで嫁入りしたなど嘘もいいところ。自分で言っていて寒気がする。

 だがここまで言えば、イリオも家族の繋がりを強いることは出来ないはずだ。とりわけ自分達が無理に嫁入りさせたのだから猶更、繋がりを強いればシャロンの健気な覚悟を踏みにじる男と悪評がたちかねない。


「そ、そうか、立派だな……。だが、デリック様を失くし不安も多いだろう。何かあれば頼ってくれ」

「ご安心ください。デリック様亡きあとも私には頼れる家族がおります」

「家族……?」


 シャロンの言葉にイリオの眉がピクリと動いた。

 その瞬間、さっと人影が現れ……、


「お母様、テラスに出たら星空がとても綺麗だったの。一緒に行きましょう」


 と、レイラが横に並んでシャロンの腕を掴んできた。ぴったりとくっつき「ねぇ!」と同意を求めてくる。

 フィルも続くように近付き、さすがにレイラのように密着こそしてこないが「夜風が気持ちいいから」とシャロンを誘った。

「美味しいケーキがあったの」「いや、お母様ならケーキよりもお酒の方が」と二人が交互に話す。すでに二人ともテラスに行く気になっており、その声色は随分と弾んでいる。

 懐かしい、とシャロンは小さく笑みを零した。彼等が幼いころ、左右から手を取られて同時に話しかけられて対処に困ったものだ。思わず当時を思い出してしまう。


「レイラもフィルも落ち着いて。お母様は今アスタル家の方と話しているのよ」

「やだ、私ってば。お母様とのパーティーが嬉しくてつい……。イリオ様、失礼いたしました」


 レイラが己の行動を恥じて頭を下げて詫びる。

 その仕草は優雅でいて品の良さを漂わせ、そして年頃の愛らしさも含んでいる。普段は淑やかな令嬢だが、母と過ごす楽しさでついはしゃいでしまった……と、これを咎められる者がいるだろうか。フィルもまた品良く頭を下げ次いでレイラと顔を見合わせて笑うのだから、微笑ましさは倍増である。

 さすがにイリオも苦言することは出来ないようで、歯痒そうな表情を浮かべていた。予想しない溝を作られ接し方に迷っている顔だ。

 本来であれば祖父として対応したいところだが、他人行儀な態度がそれを許さない。

 チラと視線を向けてくるのは橋渡しをしろと伝えているのか。シャロンはそれに気付き、だが配慮してやる気は無いと「イリオ様」と恭しく彼を呼んだ。 


「子供達に誘われましたので、これで失礼いたします」

「あ、あぁ、そうか……。何かあれば連絡を寄越してくれ」

「お心遣い感謝いたします。さぁレイラ、フィル、行きましょう」


 シャロンが穏やかに告げれば、レイラが嬉しそうに再び腕を取ってきた。フィルはさながら紳士のエスコートのように「こちらへ」と一歩先を歩く。

 このやりとりにミアも微笑ましそうに笑い、「親思いの子達ね」と後押しした。周囲で様子を窺っていた者達も頷いている。

 中にはシャロンの子育てを褒める声もあり、親子三人支え合う絆の深さに感嘆の吐息を漏らす。

 子供達に連れられて歩くシャロンの耳に、「ではまた……」と歯切れの悪いイリオの声が聞こえてきた。




 イリオ・アスタルが何を考えているかなど、手に取るようにわかる。


 アスタル家はシャロンを差し出したことでアルドリッジ家からの恩恵を受けていた。金銭面でも権威的にも、かなり強い後ろ盾になっていたのだろう。

 その繋がりは一代で失うには惜しい。となれば当然デリック亡き後も後継者にも媚びへつらい、後ろ盾の継続を求める。


 だがアスタル家の者は誰一人として、アルドリッジ家の嫡男であるフィルに媚びを売ることはなかった。むしろ今に至るまで歯牙にもかけず、顔を合わせようともしなかったのだ。

 なぜか?

 デリック・アルドリッジが家庭を一切省みなかったからだ。

 おおよそまともとは言えないあの男が、顔を見もしない息子に当主の座を譲るわけがない。


 よその女に男児を産ませているのではないか。

 金を受け取って他家の男児を家に入れるのではないか。

 むしろ金どころか、色香に負けて質の悪い女に言いくるめられている可能性だってある。

 そもそもあれだけ自由奔放を拗らせた男が、自分の死後のことなどまともに考えているわけがない……。


 そんな推測が飛び交う中、デリック・アルドリッジはこの世を去った。

 後継者も決めず、遺言一つ残さず。

 己の栄光はとうぶん続くと考えていたのだろう。



「デリックが後継者を決めずに死んだんだもの、跡継ぎは当然、正当なアルドリッジ家の嫡男であるフィルになるわ。イリオはさぞや焦ったことでしょうね」


 コロコロと上機嫌でシャロンが笑う。

 そこに亡き夫を語る夫人の切なさは欠片もないが、もちろん周囲に人がいないのを確認したうえでの態度である。

「慣れない場に出て疲れてしまった」という建前で人払いは頼んでおいた。仮に誰かが通りかかっても、すぐさま表情を儚いものにするぐらいの器用さは持ち合わせている。


 ここにいるのは、シャロンの他にはレイラとフィル。そして、三人がテラスに出るやどこからともなくふらりと現れたエドワードだけだ。


「父さんが何も残さず死んだのは予想外だったんだろうね。僕は返事なんて一通も出してないのに、いまだにイリオから手紙が届くよ」

「まぁ、あの男ってばどこまで恥知らずなのかしら。ごめんなさいねフィル、アスタル家が迷惑をかけて」

「お母様が謝ることじゃないよ。それにどれだけ届いても読む気は無いし。ねぇ、エドワード」


 フィルが同意を求めれば、エドワードが涼やかな笑顔で「アスタル家からの手紙はよく燃えます」と頷いた。

 曰く、フィルはアスタル家からの手紙が届いても、封も切らずにすぐさまエドワードに渡しているらしい。そして目の前で破り、ケーキやクッキーに変えてもらう。

 それを聞き、シャロンは思わず「親子ね」と笑った。示し合わせずとも同じ行動をしていたと考えれば、くすぐったい喜びが胸に沸く。

 フィルもまた同じ気持ちなのか、どことなく居心地の悪そうな表情で咳ばらいをした。素直になれない年頃のいじらしさであふれている。それもまた愛おしい。


 だがこれ以上笑ったり愛でていれば、フィルの機嫌を損ねるだけだ。

 もっとも、機嫌を損ねたとしても怒鳴ったり暴力に訴えたりなどしない。フィルは出来た男で、怒りを抱いても紳士的に振る舞うはずだ。そう育てて来た。

 照れ屋なのでこの場から逃げてしまう可能性はあるが。


「世間じゃ予期せぬ死かもしれないけど、私達からしてみればデリックが遺言状も残さず死んだのは幸運だわ。あの男、いったい誰にアルドリッジ家を継がせる気だったのやら」

「旦那様亡きあと、実子を名乗る者が山のように現れましたからね。一部は我々の調べで虚偽と判明しましたが、残りは……」


 言いかけ、エドワードが言葉を濁す。

 シャロン達を気遣ってのことか。もしくは、一応の礼儀としての気遣うパフォーマンスか。

 どちらにしろ気に掛けるまでもないと、シャロンは片手をひらと振って「続けて」と命じた。



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