48:決別
「ルーシーもロイドもさすがね。普通は見ただけじゃ分からないわ」
「こんなに違うのに分からないものなのね。不思議だわ」
「私達も見ただけで分かればいいんだけど。それなら、イヤリングを作った技術者の証言なんて必要ないのに」
ねぇ、とシャロンが穏やかに微笑んでルーシーに同意を求め、次いでマルクへと向き直った。
ロイドが現れた時は苛立ちを、そしてロイドの正体を知った時は困惑と焦りを宿していた彼の顔も、今は随分と青ざめている。
「あいつめ、喋ったのか……」と聞こえてくる品のない声はイリオのものだ。イヤリングを作らせた技術者を思い出しているのか、パーティーの場に似合わず苛立ちと嫌悪を露わにしている。
だがイヤリングを作った技術者にとって、キナ臭いアスタル家と格上のアルドリッジ家ではどちらに着くべきかなど比べるまでもない。
そのうえアルドリッジ家側にはロイド・オルソンまでいるのだ。芸術の申し子、装飾品に関わる者がその名前に従うのは当然とも言える。
「ルーシーとロイドの見立ては正解よ。このイヤリングは私のものを模して、年内に作られたもの。留め具は当時のものが無かったから似たものを使ったんですって。わざわざご苦労なことね」
シャロンが冷ややかに言い捨て、手に乗せたままのイヤリングに視線を落とした。
ようやくイヤリングが二つ揃った。
15年間、何度この光景を夢見てきたことか。
だがこんな結末は想定しておらず、さりとてこんな結末になってもショックを受けず悲壮感にも暮れていない。むしろ爽快感さえあり、イリオ達に一矢報いてやったと気分は晴れやかだ。
そんな晴れやかな気分のままシャロンが振り返れば、こちらの様子を見守るレイラとフィルの姿があった。
口を挟むまいと考えているのかじっとシャロンを見つめているが、目が合うと穏やかに笑みを浮かべた。レイラに至ってはパチンとウインクまでして勝利を祝ってくる。
「マルク、残念だけど、わざわざイヤリングを用意してくれても貴方と結婚は出来ないわ」
「……シャロン」
「このイヤリングも、もういらない」
そう告げて、シャロンはゆっくりと見せつけるように手を傾けた。
乗せていた二つのイヤリングが傾きに耐え切れず、小さな音を立てて二つ重なり、そして手のひらからスルリと滑っていく。
落ちていく様が妙にゆっくりと感じられた。
まるで1秒が10秒に引き伸ばされたかのようで、今手を握りしめればまだ間に合うと馬鹿な考えが浮かぶ。
もしも、あの日の少年に会えたら?
本物のイヤリングを彼は持っていて、それを渡されたら?
マルク・アスタルこそ偽物だったが、かといって本物にもう会えないというわけではない。夢物語のような話だが『絶対』ではないのだ。
そんな考えが浮かぶ。
……だけど、
「シャロン・アルドリッジには、この薔薇のイヤリングは必要ないの」
迷いごと未練を絶ち切るように、そして誰より自分に言い聞かせるように明確に拒絶の言葉を口にした瞬間、カチャンカチャン、と二つの高い音が鳴った。
イヤリングが床に落ちた音だ。そしてこれは決別の音でもある。
薄情なアスタル家への決別と……そして、十五年前から続く未練への決別。
「さようならマルク・アスタル。私の知らない家の、私の知らない三男さん」
冷ややかに、マルクと彼の背後に立つイリオに決別を言い捨てる。
正式な届けこそ出していないが、観衆の前で宣言すれば周知されるだろう。むしろ社交界においては届けより効果があるかもしれない。
既に一部ではイリオ達に対して厳しい視線を向けている者もおり、浅ましい、そこまでアルドリッジ家の金が欲しいのか、と、そんな侮蔑を込めた囁き声さえ聞こえてくる。
これでアスタル家の評判は地に落ちた。
シャロンの胸は今までにないほど清々しく、胸の内に押し隠していた10歳の幼い自分までもが勝利に歓喜している。一度吹っ切れてしまえばなんと心の軽い事か。
心残りと言えば、エドワードにこの光景を見せてやれなかった事だ。
彼が居たならば、きっといつも通りの爽やかな笑みを浮かべ、それでいて瞳の奥に冷笑の色を宿していただろう。普段は薔薇の一角で紅茶を振る舞うが、今夜だけはワインを持ってくるかもしれない。
そう考え、せめて話をしてやろうとエドワードを探しに行こうとし……、
「イリオ、お前はまた人を陥れようとしたんだな」
という声に、歩き出そうとした足を止めた。
見ればイザベラがこちらに歩いてくる。その隣には見慣れぬ男性。
年は彼女と同じか少し上程度、シャロンからしてみれば親の年代と言える。真っ赤な髪が目を引く男だ。
見覚えのないその男に、シャロンは誰なのかと問うようにイザベラに視線を向けた。だが彼女は穏やかに微笑むだけで答える様子は無く、それどころかルーシーやレイラ達まで訳知り顔で笑っている。
シャロンだけは男の正体が分からず、この場では尋ねることも出来ず誰かの発言を待つしかない。
そんな中、マルクの背後で苛立たし気に表情を歪めていたイリオが「どうしてここに」と呟いた。
忌々しそうにイザベラの隣に立つ男を睨む。
その表情は只の知人に向けられるものではない。相当の、それもかなり複雑で嫌悪を抱く関係なのだろう。
露骨に嫌悪するイリオに対して、イザベラの隣に立つ男は冷静だ。だがイリオを見る瞳には冷ややかな侮蔑の色を宿し、目元の鋭さは隠しきれていない。
睨み合う二人の風貌はどことなく似ているように見え、シャロンは小さく「まさか」と呟いた。
「まさか……ハンス伯父様?」
窺うように男の名前を問えば、彼はシャロンへと向き直ると厳しい表情を一転して穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
その顔もまたどことなくイリオに似ている。二人並んで穏やかに笑えば、きっと血の繋がりを見出せるだろう。
……二人が歩んだ道を考えれば、並んで微笑むなどあり得ないのだが。
「今ハンスって言ったか? どうしてあいつがこんな所にいるんだ」
「ねぇ、ハンスってどなたなの?」
「俺は何度かハンスに会った事があるが、あの顔は間違いなく彼だ。家を追い出されてから行方が知れないと聞いていたが、戻ってきていたのか?」
皆が口々に囁き合う。
ハンスを見て驚愕する者、そんなまさかと疑う者。年若い者はそもそもハンスの事を知らず、不思議そうに周囲に尋ねている。
反応は様々だが、生憎と今のシャロンにはそれに対応してやる余裕は無かった。シャロンとて、この状況でハンスが現れたことに驚いているのだ。
ハンスはイリオの兄、元アスタル家長男。シャロンにとっては伯父にあたる。
本来ならば彼がアスタル家を継ぐはずだったが、不正に手を染め、それを暴かれると共にアスタル家を追放された。
その後、次男であるイリオがアスタル家を継いだ。以降アスタル家はハンスの行方を調べることもなく、それどころか肖像画や彼に関する痕跡を全て消して、話題に出すことすらも禁じてしまった。まるで元から居なかったかのように扱われたのだ。
すべてはシャロンが生まれるよりずっと昔に起こったこと。おかげでシャロンは生まれてから一度も彼の顔を見ることなく、そんな人物が親族に居たという知識だけで今に至る。
そんなハンスが、なぜここにいるのか。
それもイザベラと一緒に……。
「久しぶりだな、イリオ。お前は昔から目的の為に他者を平気で蹴落としていたが、まさか実の娘の人生まで踏みにじるとはな」
「ハンス、どうしてお前が」
「イザベラ様が声を掛けてくださったんだ。真実を明らかにし、アスタル家を奪い返す機会だとな」
ハンスが淡々と告げた言葉に、イリオが目を見開き、周囲が一瞬の静けさの後に今日一番のざわつきをみせた。




