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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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47/52

47:シャロンと偽物の王子様(2)

 


「失礼」と声が掛かり、一人の青年がシャロン達へと近付いてきた。

 シャロンの手にあるイヤリングをじっと見つめ、なるほどと言いたげに一度深く頷く。癖のある濃紺色の髪がはらりと揺れた。


「確かに、ルーシーの言った通りですね。これはどう見ても作った時期も人物も違う。同じデザインを基にしてはいますが、対とは言えません」

「ねぇ、やっぱりそうよね。誰が見たってわかりそうなのに、みんな不思議そうに私を見てくるんだもの」


 ようやく賛同者を得られたからかルーシーの声色は嬉しそうだ。それにつられ、青年も笑みを零す。

 彼を見て、シャロンが「あら」と小さく呟いた。


 一つに縛られた癖の強い濃紺色の髪、少し長めの前髪からは同色の瞳が覗く。だが暗い雰囲気や陰鬱とした印象は無い。

 細身の体に纏うのは、黒を基調にしたシンプルなスーツ。全体のシルエットは面白みのないシンプルなものだが、ネクタイやボタン、細部の刺繍には拘りが見える。全体を見れば場に馴染み、それでいて個別に向かい合えばセンスの良さがわかる装いだ。


「やっぱり貴方も分かるのね」

「えぇ、ルーシーの言う通りです。さすがに、どうして皆が分からないのか、とは言いませんが」


 チラと横目でルーシーに視線をやり、青年が苦笑を浮かべる。どうやら彼女と同じ審美眼ではありつつも、それが人並み外れているという自覚はあるようだ。対してルーシーはいまだ周囲を不思議そうに見ているのだから、思わずシャロンが苦笑を浮かべる。

 だがそこに割り込むようマルクが咳払いをした。

 わざとらしく荒い咳払いは、自分を他所に話を進めるなと言いたいのだろう。

 気付いた青年がマルクへと向き直った。


「あ、申し訳ありません。ついイヤリングが気になってしまって……」

「いや、構わないが……」


 青年を見るマルクの視線は鋭く、時折は衣服や靴に注がれる。

 誰なのか、どの程度の人物なのか、装いや持ち物から値踏みしようとしているのだろう。


「きみはシャロンの知り合いか?」

「えっと、僕は……。すみません、先に名乗るべきでしたね。どうにもこういった場には慣れてなくて」


 マルクに問われ、青年が慌てた様子で返す。

 先程イヤリングについて断言していた口調とは一転し、果てには「こういう時の挨拶は……」と譫言のように呟いた。挨拶の口上を慌てて考えているのだろう。

 誰が見てもパーティーの場に慣れていないと分かる。

 それを格下と取ったのか、マルクが些か居丈高な態度で「マルク・アスタルだ」と告げた。渋々己から名乗ってやったと言いたげな声色と表情である。


 青年の隣に立つルーシーがちょんと彼の腕を突っつくのは、今度は青年が名乗る番だと伝えるためだ。

 マルクが、そして彼の背後で苛立たし気にやりとりを見ていたイリオ達が、それどころか野次馬までもが青年に視線を向ける。

 そんな視線の中、青年が佇まいを直す。


「失礼しました。僕はロイド。ロイド・オルソンと申します」


 はっきりとした声色で、青年が己の名前を告げた。



『ロイド・オルソン』

 青年が口にした名前に、マルクが目を丸くして彼を見る。

 周囲のざわつきが増し、中には身を乗り出してロイドの姿を見ようとする者まで出始める。先程まではシャロンとアスタル家のやりとりを窺っていたのに、一瞬にして彼等の興味はロイドへと移ってしまった。


 だがそれも仕方あるまい。

 今まで誰もが「今日こそはロイドが来るかもしれない」と期待しワトール家のパーティーに赴き、そしてそのたびにロイド不在に残念がっていたのだ。

 それがまさか、こんな場面で姿を現すなんて……。


「ロイド、素敵な装いね。一瞬誰が来たのか分からなかったわ」

「ありがとうございます、シャロン様。自分で着るのはどうにも慣れませんが……でもシャロン様にはお世話になっているので、少しでもお役にたてればと思いまして」


 慣れぬ場に、慣れぬ装い。名前を明かせば注目が自分に集まることは分かりきっている。

 僻地で暮らすほど人見知りな彼からしてみれば、この場に来ることも、名乗ることも、すべて苦渋の選択だったろう。

 それでもと奮い立ってくれたロイドに、シャロンが感謝を告げた。

 野次馬たちの囁きは未だ続き、彼を褒める言葉がちらほらと聞こえてくる。素敵、と呟かれた声は随分と熱っぽい。


 世界が認める稀代のデザイナー、芸術の申し子。

 その正体が華奢な体つきの寡黙な青年……となれば、なるほど年若い令嬢達が焦がれるのも無理はない。細枝のような彼の体つきも、『繊細なデザインを作り出す繊細な青年』と魅力に変わるのだ。

 だがいかに令嬢達が焦がれるように見つめたとしても、ルーシーとロイドが顔を見合わせ笑う様を見れば入る隙は無いと理解するだろう。


「ロイド・オルソンの名にかけて、このイヤリングは対では無いと断言します」

「私も、ルーシー・アルドリッジの名前にかけて断言できるわ」


 ロイドにあてられたのか、ルーシーまでもが家名を口にする。それほどまでに二人の目にはこのイヤリングは全くの別物と映っているのだろう。――ここまでくると、彼等の目を通してイヤリングを……いや、世界を見てみたくなる――

 その宣言を聞き、野次馬達が今度はマルクへと視線を向けた。

 彼はロイドとルーシーの話に、取り繕う余裕をなくして表情を引きつらせている。反論をしたいが二人を前に言い出せない、歯軋りをした口元からそんな焦燥感が窺える。


 なにせ、ルーシー・アルドリッジとロイド・オルソン。

 プロ顔負けの審美眼を持つ令嬢と、世界に名の知らぬ者はいない芸術の申し子だ。

 その二人が己の名を出してまで断言した。となれば、並みの、どころかプロの鑑定士でさえ反論は躊躇われる。どれだけ職歴の長い鑑定士であっても、己の判断が違っていたかもとルーペを磨いて見直すだろう。

 マルクの額には薄っすらと汗が浮かび、ついには背後に立つイリオをチラと横目で見た。イリオもまた眉間に深い皺を寄せ、それでも何も言えずにいる。


 潮時かしら、とシャロンが考えた。

 野次馬達もそろそろ次の展開を望み始めているはずだ。





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