46:シャロンと偽物の王子様(1)
シャロンの姿を見つけ、マルクが片手をあげてこちらに歩いてくる。
彼の隣に並び近付いてくるのはイリオ、そして二人の背後にはシャロンの兄達もいる。彼等の口調や態度は随分と馴れ馴れしい。
思わずシャロンの胸に嫌悪が湧くが、それを何とか宥め、優雅に微笑むと挨拶を返した。「ごきげんよう」という声は我ながら驚くほどに落ち着いている。
「ワトール家のパーティーならシャロンに会えると思っていたんだ。手紙では、貴女の心を動かすことが出来なかったようだから」
マルクが苦笑を浮かべた。
これは連日送られる手紙に対して、シャロンが一度として返事をしなかったことを言っているのだろう。責めているわけではないが理由を聞いている色はある。
それに対して、シャロンは上品に笑って「手紙は苦手なの」とだけ返した。
もちろん嘘である。
同時期に届いた他の手紙にはきちんと返事をしている。アスタル家からの手紙だけ流し読みで火種にしていただけだ。
「そういえば、貴方からの求婚をもう皆さんご存じのようね。それにイヤリングのことも……。驚いてしまったわ」
「僕も周りから『思い出の王子様』なんて呼ばれて冷やかされてるよ」
参ったとマルクは言うが、その表情も口調も満更でも無さそうだ。
それを前に、シャロンは「白々しい」と心の中で呟いた。アスタル家が言いふらしたと裏は取れているが、彼等はあくまで『周囲が勝手に盛り上がっている』としたいのだろう。
そんな中、ひそひそと囁き合う声が聞こえてきた。
今日のパーティーの招待客が、シャロンとアスタル家の動向を窺っているのだ。もちろん案じてではなく野次馬根性で。
元よりシャロンは社交界の注目の的で、そのうえこの異例の求婚である。
外野が見逃すまいと近付いてくるのも無理はない。割って入って詳細を聞き出そうとしないだけマシだ。
むしろ好都合、一人でも多く野次馬が集まれば良いとシャロンは思っていた。この場において、いや、今この瞬間から、野次馬は証人になる。
「そのイヤリング、今日も着けてきてくれたんだな」
「……これ?」
「あぁ、思い出のイヤリング。それを着けていると出会った時を思い出す」
マルクが翡翠色の目を細めて微笑む。遠い昔の輝かしい記憶を思い出しているかのような表情だ。爽やかで見目が良いだけに様になっている。
だがそんなマルクに対して、シャロンはわざとらしく「そうね」と呟いて己の耳に触れた。耳元でカチャリとイヤリングが揺れる。
中央に飾られた宝石が輝く、赤い薔薇のイヤリング。
シャロンの大事な思い出の品。
……思い出の品だった、と言うべきか。
「ようやく両耳に着けられたわ」
「待たせてすまなかった。ずっとシャロンに渡したかったんだが、どうしても貴女を見つけられなくて……。でも待たせてしまった分、これから君を幸せにすると誓うよ」
「イヤリングは左右で着けるものよね。だから、捨てる時も二つ一緒に捨てないと」
「……え?」
マルクの話を一切無視し、はっきりとシャロンが「捨てる」と口にする。それを聞いたマルクが間の抜けた声をあげた。話が理解できないと言いたげな表情だ。
だがわざわざ説明してやる義理は無く、シャロンは手早く両耳のイヤリングを外した。耳が軽くなった気がする。いや、耳ではなく心か。
そうして二つのイヤリングを掌に置き、カチャリと揺らした。
美しい薔薇のイヤリング。
見るたびに昔を思い出していた。それも今日で終わりだ。
「わざわざ用意してくれて助かったわ。これでようやく、二つ揃えて捨てられる」
「……捨てる? それに、わざわざ、とは」
「あら、そのままの意味よ。わざわざそっくりに作ってくれたのよね」
「そんな、これはあの時シャロンから預かったものだ。ちゃんと見てくれ、同じだろう」
予想外の展開にマルクの表情に僅かながらに焦りが浮かんだ。穏やかだった瞳に鋭さが宿り、右の目元がピクリと揺れる。
周囲も異変を感じ取ったか、それとも単なる好奇心か、不思議そうにシャロンとマルクを見つめてくる。不思議そうに、先程より注目して。
「並べて見ればわかるだろう。これはあの時シャロンが預けてくれたものだ」
「いえ、違うわ。見ればわかる」
「劣化のことを言ってるのか? 常に身に着けていたものと保管していたものでは差が出来るのは当然じゃないか。このイヤリングは、直してから今日まで大事にしまっていたんだ」
「そうじゃない。見れば分かるの。……私じゃないけど」
最後にポツリと呟くように付け足し、シャロンは背後へと視線を向けた。
マルクも、それどころか周囲で様子を窺っていた者達までもがシャロンの視線を追いかける。
そこに居たのはルーシーだ。ひと昔前のドレスに身を包んでいるが、全体の色合いや着こなしにセンスの良さを感じさせる。クラシカルな麗しさだ。
この場の視線を一身に受けているというのに彼女は動じることなく、普段通りの穏やかな口調で「分かるわよ」と言ってのけた。
軽い足取りでシャロンの元まで近付き、手のひらにあるイヤリングを覗き込んでくる。
「似せてはいるけれど、薔薇の細工方法も違うし金の彫り込みも違う。留め具に至ってはまったく別物じゃない」
「そ、それは……預かってから直したからで……」
「いいえ、この細工技術も金具も最近のものよ。これは15年前のイヤリングを模した、1年以内に作られたイヤリングだわ」
ルーシーが断言する。相変わらず、さも当然と言いたげな口調だ。
今に至っても、そしてマルクや周囲の反応を見ても、彼女にとってイヤリングの真偽を見定めるのは『普通の事』でしかないのだろう。
まったくもって普通なわけがない。会場中の来賓を、それどころかワトール家に仕える者達も全て搔き集めても、この話を『普通』などと言える者は居るまい。
……ただ一人を除いては。




