45:ラストステージは華やかに
厳かであり華やかなワトール家主催のパーティー。
招待された客達は楽しそうに談笑を続け、ワトール家のもてなしに満足気に過ごしていた。
だがよく見ると誰もが落ち着きなく周囲を見回し、皆が皆心ここにあらずと言えるだろう。楽団が奏でる音楽に耳を傾ける者はおらず、囁き声が絶えず続く。
そんなパーティーの中、シャロンは主催であるミアと話していた。
幸い周囲に人はおらず、声を潜めれば会話も聞こえない。しばらくすれば来賓達がそれとなく近付いて聞き耳を立ててくるだろう、いまは束の間の作戦会議である。
「わざわざパーティーを開いて貰って、良かったの?」
シャロンが尋ねれば、ミアが勿論だと頷いて返した。
シャロン復帰のためのパーティーを開いてくれた親友は、今回もまた場を提供してくれたのだ。
だがそんなミアに感謝を抱きつつ、それでもシャロンは乗り気になれずにいた。
イリオの鼻っ柱を圧し折るとなれば、当然だが彼等と衝突することになる。
さすがに乱闘騒ぎにはならないだろうが、口論の末にパーティーが騒然とするかもしれない。下手すればそのままお開きになる可能性だってあるのだ。
いくら親友とはいえ、そこまで巻き込んでいいものなのだろうか?
「パーティーを駄目にするかもしれないし、ワトール家に迷惑が掛かるわ。やっぱりアルドリッジ家で開いた方が……」
「駄目よ。アルドリッジ家はデリックの悪評がまだ残ってるじゃない。それにフィルが当主になるんだから、極力騒ぎは抑えた方が良いわ」
好き勝手に生きその時々で違う愛人を連れ歩いていたデリックは、当然だが周囲からの評価は低い。皆権威の前に口を噤んでいたが内心では不快を覚え、多少のやんちゃは男の甲斐性と考える社交界の男達でさえ眉を顰めていた。
そのうえ亡くなった時に居たのは愛人とベッドの上なのだから、没後でも悪評が覆るわけがない。
仮にアルドリッジ家主催のパーティーで騒動が起きれば、周囲はその悪評を引きずるだろう。新当主の座にフィルが就いても一新せず、なにかあれば「やはりデリックの息子」だの「これだからアルドリッジ家は」だのと陰口を叩かれる。
当面、アルドリッジ家は慎重にならねばならない。
「その点、うちは多少騒動が起こっても問題ないわ。なにかあっても無関係を貫けば良いだけだもの」
「ミア、ありがとう」
「以前に『他所の女を連れて歩くデリックを殴ってやりたいと思ってた』って言ったけど、それと同じくらい、薄情なイリオ・アスタルを殴ってやりたいと思ってたの」
悪戯っぽく笑うミアに、シャロンもつられて笑みを零す。
だがミアの表情に僅かに影が掛かった。そのうえシャロンを見つめてくる彼女の視線に、気遣うような色が含まれる。
「場を提供するのは望むところだけど……。本当に良かったの? まるで見世物状態よ」
「そうね。さすがにここまで話が広がるとは思わなかったわ。でも逆に考えれば、事が終わった後に説明しなくて済むじゃない」
「逞しいこと」
話が広がっている、とは何のことかと言えば、今回のマルクからの求婚と薔薇のイヤリングについてである。
『シャロンは幼い頃に出会った少年に薔薇のイヤリングを片方託していた。そして今、彼女はあの時の少年マルクと再会を果たし、託していた薔薇のイヤリングを渡されると共に愛の告白をされた……』と、そんな話がまことしやかに社交界で話されているのだ。
言わずもがな、この話を広めたのはアスタル家である。
既に成功したつもりでいるのか、もしくは外堀を埋めて同調圧力を掛ければシャロンが応じると思っているのか。
なんにせよ呆れてしまう話だ。馬鹿な話を広げる時間と余力があるのなら、真っ当な金策の一つでも考えればいいのに。
「若い令嬢の間では、シャロンとマルクの話をロマンチックと思って憧れている子もいるみたいよ」
「ロマンチックねぇ……」
「十五年を経ての奇跡的な再会。更に養子とはいえ兄と妹という背徳感がスパイスになってる。これでシャロンとマルクが結ばれでもしたら、きっとどの令嬢達もこぞって薔薇のイヤリングを着けてパーティーの最中に落とすでしょうね」
地面が薔薇のイヤリングで埋まりかねない、そう肩を竦めつつミアが話す。
それに対してシャロンもまた苦笑で返した。
「若い子達の夢を壊すみたいで申し訳ないわ」
マルクからの求婚を一刀両断してやる意思は変わらないが、それを年若い令嬢達に見せつけるのはなんだか気が引ける。
夢見がちな彼女達に現実を教えると考えるべきか、いやしかし夢を持つのは大事だし……と母親気分で悩んでいると、ミアが周囲を見回し「ところで」と話し出した。
「せっかくのシャロンの晴れ舞台なのに、逆玉庭師の姿が無いんだけど」
ミアが周囲を見渡し、逆玉庭師ことエドワードの姿を探す。
普段ならばこの話題を出せば「逆玉の輿ではありません」と訂正をしながら――誰が聞いても逆玉の輿だが――どこからともなく現れるのだが、今日はそれもない。
「御者を頼もうと思ったけど、用事があるらしいの。何か企んでるみたい」
「何かって?」
「分からないわ。調べることがあるって随分と慌ただしくしてたけど、最後まで私には教えてくれなかったの。いったいなにを調べてたのやら」
「シャロンにも教えてないの? あのエドワードが?」
ミアの口調は信じられないと言いたげだ。
それに追い打ちをかけるように「薔薇の一角の手入れも、最近はカミーユに協力してもらってるの」と話せば、ミアの驚きがより増す。あまりに露骨に驚くものだから、シャロンは思わず笑いそうになってしまった。
「あの庭師がそこまでするって、何を調べてるか気にならないの?」
「言わないってことは、まだ私が知らなくても良いってことでしょう。エドワードなら悪いようにはしないはずだもの」
「信頼してるのね。でもせっかくのシャロンの晴れ舞台を見ないなんて、勿体ないわ」
「今どこでなにをしてるか分からないけど、きっと見逃さないと思うわよ」
多分ね、とシャロンが肩を竦める。
エドワードはあの話し合いから今日まで、庭師としての仕事や己の拘りを後回しにして、偽のイヤリングを作った技術者探しと『とある噂』の真偽について調査をしていた。よほど忙しいのか庭園にもあまり顔を出さず、シャロンが彼を見かけたのは足早に去っていく後ろ姿だけだ。
調査だけとは思えない。他に何か企んでいる、それは分かる。
だがそこまでするのはなぜか?
薔薇の籠をカミーユに任せてまで熱心に働くのは、ただ仕える家からの命令などという簡素な理由ではない。
彼を動かすのはシャロンへの想いと、そして……、
イヤリングの少年に対しての嫉妬だ。
マルク・アスタルが持っていたイヤリングは偽物、つまり彼は『イヤリングの少年』ではない。
だが偽物とはいえ、シャロンが彼の誘いを断ち切る瞬間はエドワードにとってなによりの爽快であるはずだ。シャロンが、過去への未練ごと断ち切ろうとしているのだから猶更。
その瞬間を彼が見逃すわけがない。
「どうせいつも通りどこからともなく現れるはずよ。もしかしたら、私が想定している以上の事をしてくるかもしれないわ」
「良いじゃない。サプライズは大好きよ」
ミアの声は楽しそうに弾んでおり、まるで余興の話をしているかのようだ。
表情は期待に満ちているが、その期待は『友人が理不尽な求婚ごと過去の未練を断ち切る期待』が半分、そして『疎ましく思っていたアスタル家がしてやられる様を特等席で観賞できる期待』が半分、と言ったところか。
そこにはパーティーが騒々しくなることへの不安は一切無く、中止になった場合の自家に降りかかるデメリットなど欠片も考えていない。
ましてや、騒動に巻き込まれて夫婦仲に亀裂が……なんて考えるどころか、話しても笑い飛ばすだけだろう。
ワトール家は順風満帆な貴族。シャロンと同じ政略結婚だったとはいえ、彼女と夫との間には確かな愛と信頼がある。仮にパーティーが中止になったとしても、周囲も彼等に対しての不評は抱かないだろう。巻き込まれて災難だと夫妻を労うだけだ。
何があろうとワトール家は被害者の立場を貫ける。労われたミアが『友人が未練を絶ち切れてよかった』と穏やかに微笑めば万事解決であり、友人想いという高評価さえつきかねない。
「親と夫には恵まれなかったけど、友人には恵まれたわ」
「そうね。だからこそ、夫が切れた今、親も切ってしまいなさい」
冗談めかして、それでいて冷ややかな笑みを浮かべてミアが告げてくる。
それに頷いて返し、シャロンは遠くで談笑をするイリオの姿を見つけて目を細めた。




