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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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44:薔薇の嫉妬(2)

 


 深く溜息を吐き、それどころか肩を落とし、エドワードがわざとらしく落胆の姿勢を見せる。

 胸中はさぞや複雑なのだろう。そして胸中が複雑なのを隠すために、わざとらしく落胆して冗談に見せようとしているのだ。

 彼は嫉妬深く、そして案外に分かりやすい。


「カミーユはレイラの恋人よ。大事な娘の恋人を歓迎するのは、母親として当然の事でしょう」

「ですが限度というものがあります。あまりにシャロン様がお喜びになると、薔薇の籠ごとカミーユに貴女を横取りされてしまいそうで不安になるのです」

「馬鹿ね、変な冗談を言わないで」

「調査を終えて戻ってきたら、薔薇の籠は開かれ、アルドリッジ家には期待の新人庭師が……なんて事になったら泣くに泣けません」


 溜息交じりに首を横に振って嘆くエドワードに、シャロンは楽しそうに笑って返した。「大袈裟ね」と笑い飛ばせば、エドワードもまた小さく笑う。

 傍目には、きっと主人と庭師の冗談めいたやりとりに映るだろう。

 己の不在を大袈裟に嘆いて見せる庭師と、それを笑い飛ばす主人。長閑な庭園の楽しい掛け合いだ。


 だが本当は、シャロンはエドワードの訴えを大袈裟だとは思っていない。

 彼がどれだけ薔薇の一角を大事にしているか、どれほど強い拘りを持っているかを知っている。


 ……そして、どんな想いが込められているかも。


 だからこそシャロンはあえて冗談めかした態度に便乗して返したのだ。

 彼の気持ちを知っていてなお向き合わず、アプローチさえ冗談と言い捨てる。応えるでもなく拒絶するでもなく、ただ手元に置き続けるだけ。

 非道と咎められても当然だ。いい加減、彼の気持ちが冷めてしまってもおかしくない。

 そんなことを考え、シャロンは小さく首を横に振った。エドワードがじっと自分の事を見つめてくる。まっすぐに向けられる色濃い瞳、この熱が、いったいどうして冷めるというのか。


「せっかく美しく薔薇が咲いているんだもの、手入れが届かずに朽ちるより良いでしょう」

「そうですね。……ですが、私はシャロン様となら朽ちても構いません」

「エドワード……?」

「貴女となら喜んで薔薇の養分になり共に朽ちます。……ですが、その時は私と貴女だけです。すべての花をこの手で枯らして、二人だけで薔薇の籠に残り扉を閉めましょう」


 先程の大袈裟で冗談めかした口調とは一転し、今のエドワードの声は真剣みを帯びて熱すら感じさせる。

 溶かされそうな熱だ。その熱に浮かされるまま、シャロンは視線をティーカップへと移すとゆっくりと持ち上げた。いつもより緩慢な動きで、エドワードから向けられる視線を感じつつ時間を掛けて一口飲む。

 そうしてカップから唇を離すと、吐息を漏らすかのように、


「……そうね、私も貴方となら」


 と、囁くような小声で呟いた。

 一瞬、微かにエドワードが息を呑む音が聞こえる。

 見れば真剣だった表情に僅かながらに驚きの色が交じり、次いでゆっくりと目を細めた。何かを言おうと彼の唇が動き、だが何も発せず、出かけた言葉を飲み込む。

 言葉にならない、とは今のエドワードの様子を言うのだろう。

 次いで彼は己を落ち着かせるように深く息を吐いた。


「このイヤリングは、以前ルーシー様から頂いたものでしょうか。気に入っておられるんですか?」

「シンプルだから使い勝手が良いの。さすがのセンスだわ」

「……本音を言えば、貴女が薔薇のイヤリングを外した際には、私が新たなイヤリングをお贈りしたかったんですが。まさかルーシー様に先を越されるなんて」

「ルーシーにも嫉妬してるの?」


 シャロンが茶化しながら問うも、エドワードからの返事は「はい」というはっきりとしたものだった。

 隠すでもなく、誇張するでもなく、単純に胸の内をまっすぐに語ってくる。


 シャロンの右耳に常に薔薇のイヤリングが飾られていることで、否応なしにシャロンの記憶にある少年を意識させられていたという。所在も知らぬ過去の相手ゆえにどうすることもできず、ようやく薔薇のイヤリングが外れたかと思えば、今はルーシーからの品が陣取っている。

 不満そうに話すエドワードに、シャロンは「そんなことを言われても」と苦笑しつつ己の耳に触れた。指先に触れるのは先日ルーシーから贈られたイヤリングだ。

 まさかこんな些細な事にまで嫉妬するなんて……と、未練がましく薔薇のイヤリングを着け続けていた自分を棚に上げて思う。


「これからは装いや気分に応じて付け替えても良いのよね」

「装いや気分に応じて、ですか。これからは毎日シャロン様のイヤリングを見てはあちこちに嫉妬しなくてはいけませんね」


 大変だ、とエドワードが溜息を吐く。

 これは暗に、自分が贈ったイヤリングだけを着け続けてくれということなのだろう。

 シャロンからの返事を得て、些か発言が大胆になっている。

 存外に分かりやすい男だ、とシャロンは苦笑を浮かべて「気苦労が絶えないわね」とだけ告げた。

 だがエドワードはこの答えでも満足だったのだろう。


「しばらく忙しくなりますので、せめてイヤリングはルーシー様からの物だけを着けていてください。でないと気がかりで調査が進みません」

「そうね。どんな装いにも合うイヤリングだし、当分は愛用させてもらうわ。貴方も、何を調べるかは分からないけれど頑張って」


 詳細を聞かぬままエドワードを鼓舞する。

 先程彼は「耳にした噂の真偽を確かめる」と言っていた。それに加えて、偽のイヤリングを作った技術者を探すようにも命じられている。本人は涼しい口調で「忙しくなる」と言っているが、仕事量は相当だろう。女遊びに耽るやんちゃな子息を調べるのとはわけが違う。

 だが不思議と何を探るのかと聞く気にはならない。彼が言葉を濁しているあたり、今はまだシャロンが知るべき事ではないのだろう。


 何を探るのかは分からない、だが、それがシャロンのためだとは分かる。

 それだけ分かれば十分だ。


「では、失礼いたします」


 恭しい態度でエドワードが一礼し、部屋を去っていく。

 静かに音を立てないように扉が閉められ、シャロンは深く息を吐いた。



 ほんの少し胸が熱く、相変わらず読書には集中出来そうにない。




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