40:二つ並ぶイヤリング(2)
イリオが考えているであろうことを説明し、シャロンは思わず額を押さえた。
我が父ながら呆れるしかない欲深さだ。頭痛さえしかねない。
エドワードがそっとお茶のおかわりを注いでくるのは、彼なりの気遣いだろうか。見れば彼も眉根を寄せており、普段の愛想よく爽やかな笑みも今は鳴りを潜めている。
紫色の瞳には労りの色が込められており、シャロンも苦しいながらに笑みを返しておいた。うまく笑えているか分からないが。
美しい薔薇の一角。だが漂う空気は重い。
そんな中ルーシーだけはこの場においても暢気なもので、「見せてね」と一言告げてアクセサリートレイからイヤリングを手に取った。まじまじと興味深そうに眺め、時には一つずつ持って軽く揺らす。
相変わらずな彼女を横目に、フィルが「でも」と呟いた。
「どうしてわざわざマルクをアスタル家の養子にしたんだろう。お母様を自分の手元に戻したいのなら、アスタル家に戻らせてからマルクを婿入りさせればいい。わざわざ養子にしてから求婚なんて手間だし、届けの上では兄妹になる。二度手間どころじゃないよ」
イリオの考えが分からない、とフィルが首を傾げる。
彼の言う通り、マルクはアスタル家の三男、そしてアルドリッジ家に嫁入りしたがシャロンはアスタルの長女。二人の関係は兄妹になる。
そこで結婚となれば、これは倫理に反している。もっとも二人の間に血の繋がりはなく、しょせんは戸籍だけの兄妹だ。金や権威を使えば容易に黙らせることが出来るだろう。
いざとなればマルクかシャロンを他所の養子にし、改めて結婚させれば良い。抜け穴はいくつもある。
だがわざわざ抜け穴を通るのは手間でしかない。
そもそもシャロンとマルクは元々は他人なのだから、他人として出合わせ、そして結婚させれば良いだけの話。
なのになぜ、とフィルが怪訝そうに話せば、イザベラが「それはね」といつもより低めの声を出した。
「シャロンを『シャロン・アルドリッジ』のまま欲しいからよ」
「イザベラ伯母様、どういうことですか?」
「アルドリッジ家とアスタル家を繋ぐのは今やシャロンだけ。でもそのシャロンは夫亡き身、それもまだ若い。再婚の可能性は大いにあるわ」
そうでしょう? とイザベラがシャロンに同意を求める。
これに関しては子供の前ではっきりと答えるのも憚られ、シャロンは肩を竦めるだけにとどめておいた。
だがイザベラの言う通りである。
そもそもシャロンとデリックの結婚は欲深い政略ゆえでしかなく、二人の間には愛はおろか信頼も無い。
だが今やシャロンは自由の身。そしてまだやり直すには十分な年齢。
いつ愛し添い遂げたいと願う相手と出会ってもおかしくない。仮にシャロンが再婚しても、世間は「ようやく愛し合える伴侶を見つけられた」と祝ってくれるだろう。
「それの何がいけないんですか? お母様だって自由に生きていいはずです」
「もちろんいけないことなんて何もないわ。だけどもしシャロンが他の男性と再婚したら、アルドリッジ家から他家に嫁ぐことになる。イリオ・アスタルの事だから、他家に嫁いだシャロンはもうアルドリッジ家ではないと考えるでしょう」
現状アルドリッジ家の権限はシャロンにあり、近いうちにフィルへと受け継がれる。
彼が当主となってもシャロンが母として関与することは可能だ。だが仮に他家の男と再婚すれば、シャロンは『シャロン・アルドリッジ』ではなくなる。
フィルとの血の繋がりが無いから尚の事、シャロンとアルドリッジ家との関係はそこで途絶える。
少なくともイリオはそう考えているはずだ。
それを聞き、フィルが「そんなまさか!」と声を上げた。
「血の繋がりが無くても、他家に嫁いでも、お母様が母であることに変わりはありません! 関係が途絶えるなんて馬鹿げた話だ!」
「そうね、馬鹿げた話よ。だけどイリオはそう考えてるんでしょうね。だからシャロンを『シャロン・アルドリッジ』のまま、アスタル家と繋げたいのよ」
そのために、マルクをアスタル家の養子として招き入れた。
彼が婿入りすればシャロンは『シャロン・アルドリッジ』のまま。アスタル家三男とアルドリッジ家夫人の結婚となり、そしてアスタル家はシャロンにとって『夫の生家』となる。恋をして結ばれた相手となれば、頑なに関係を拒絶していたシャロンも話を聞くようになるだろう。
マルクを通じてシャロンに、そしてシャロンを介してフィルへと繋ぎ、アスタル家に融資をさせる。
他家の男に取られるより先に、他家の男を自分の家に入れ、シャロンを囲おうという考えだ。
「そんな……。お母様のことを何だと思ってるんだ……」
「そもそも、シャロンのことをまともに考えていたら、あんな男とは結婚させないわ」
実の姉ながら、イザベラがデリックのことを「あんな男」と断言する。
それに対して、シャロンは「お義姉様ってば」と品よく笑って見せた。もちろんイザベラの話を否定することも無ければ、デリックのフォローをする気もない。
デリック・アルドリッジはまさに「あんな男」であり、そしてそんな男と齢10歳の幼い娘を結婚させたイリオもまた「あんな男」である。
「フィル、大丈夫よ。イリオの掌で転がされるなんて二度とごめんだもの、マルクにはきっぱりと断ってやるから安心しなさい」
「でも、お母様。このイヤリングは……」
「ただの子供時代の話よ。今更、思い出の王子様と再会して恋に……なんて趣味じゃないわ」
未練はないとシャロンが断言する。威勢の良い発言ではあるが、気丈に振る舞おうとしているため声に覇気がない。それに気付いてか誰もがシャロンを案じるように見つめ、シャロンもまた向けられる視線に気付いて弱々しく笑みを取り繕った。
そんな中、一人イヤリングを眺めていたルーシーが「ねぇ」とこの場の空気を壊すように声をあげた。
「このイヤリング、どう見たって全くの別物なのに、どうしてマルク・アスタルは見え透いた嘘を吐いたのかしら」




