37:アスタル家(2)
発言の許可を求めるエドワードに視線を向ければ、彼は上着の内ポケットからいつもの手帳を取り出した。数ページ捲ると少しばかり眉根を寄せるあたり気分の良い報告ではないのだろう。
そのうえコホンと咳払いをするのだから、いったい何の報告かと誰もが続く言葉を待つ。
「調べたところ、アスタル家の懐事情はあまりよろしくないようです。財政難の兆候が見えています」
溜息交じりなエドワードの話に、シャロンは「財政難?」と思わず尋ね返した。
アスタル家はアルドリッジ家に比べれば劣るが、かといって下位の家というわけではない。社交界でもそこそこの地位を築いており資産も十二分にある。次代はもちろん、三代、四代先だって資産の底は見えないだろう。
といってもエドワードがこんな嘘を吐くわけがない。
それが分かっていてもにわかには信じがたいのは、記憶にあるアスタル家と『財政難』という言葉が結びつかないからだ。
「調べ違いじゃなくて? デリックの後ろ盾が無くなったからって財政難に陥るような家じゃないわ」
「本来ならそのはずです。ですが旦那様亡き後も以前の通りに振る舞い、周囲に利用されていたようです。その分を取り戻そうと躍起になったのか、リスクの高い事業や果てには賭け事にも手を出してますね」
「……なるほど、そういう事ね。呆れた」
シャロンが盛大に溜息を吐いた。我が父親ながら呆れてしまう。
エドワードの調べは信用できる。彼が『財政難の兆候』とまで言い切ったのだから事実危ない状況にあるのだろう。
仮にもアスタル家は貴族の家、アルドリッジ家にこそ劣るが中の上とはいえる。それがたった一代で……と思えども、たった一代愚かな当主が着いたばかりに朽ちた家だってある。
欲にまみれた父の顔を思い出し、あり得ない話ではないと肩を落とした。
だが呆れると同時に合点がいった。
以前のアスタル家であれば、花屋の店員と付き合っているレイラのことなど歯牙にもかけないだろう。馬鹿なことを、勿体ない、と鼻で笑い飛ばした可能性だってある。
だが今のアスタル家にそんなことを言っている余裕は無い。
息子だの娘だの拘りは捨て、アルドリッジ家ならば誰でもと節操なく恩恵を欲しているのだ。
財政難ゆえに金そのものが必要なのか、もしくは賭け事や事業で後ろ盾が必要になったのか、どちらかは分からないが必死さは理解できた。
「それでレイラにまで……。ごめんなさいね二人とも。手紙は読まなくていいわ。届いたら直ぐに捨ててちょうだい」
「それでしたら、私が頂戴してもよろしいでしょうか。うまくいけば明日の三時のティータイムにタルトに変えてお返しできます」
冗談めかして、エドワードが手紙の処理を申し出る。
先程アスタル家の現状を話していた険しい表情もどこへやら、普段の彼らしい態度に戻っている。
これにはフィルとレイラも毒気を抜かれたか、フィルは苦笑交じりに「よろしく」と手紙を彼に預け、レイラに至っては「ベリーのタルトになって返ってきてね」と手紙に囁くことでリクエストしている。
良かった、とシャロンが安堵の息を吐いた。少なくとも、フィルもレイラも手紙を怪訝に思ってはいるものの、そこまでの不快感は抱いていないようだ。
エドワードが冗談めかして手紙を預かることも、二人の気分を晴らすためだろう。
既に彼は手紙を受け取るやすぐさま内ポケットにしまっており、目の前から消えると不快感も幾分だが和らぐ。
シャロンがチラと彼を見上げた。視線で感謝を告げれば、意図を察したのか、エドワードも頷いて返してきた。
手紙の処理は彼に任せよう。
メイドや給仕に伝えて、アスタル家からの手紙は誰宛だろうと自分の元に持ってきて貰っても良い。エドワードだってまとめて処理した方が楽なはず。そして皆で美味しいタルトを食べてお終いだ。
財政難となればアスタル家もしぶとく付きまとってくるだろうが、いずれは諦めるはず……。
そうシャロンが考えた矢先、アーチから一人のメイドが顔を覗かせた。シャロンに用があるらしく、エドワードが代わりに彼女のもとへと向かい、一通の封筒を受け取って戻ってきた。
「噂をすればなんとやら、ですね」
「また手紙? ついに一日二通になったのね。こんな無駄遣いをしてるから財政難になるのよ」
そうシャロンが肩を竦めつつぼやき、封筒を開いて中の便箋に目を通す。
さすがに正直に実状を綴るわけにはいかないのだろう、書いてあるのはやはり当り障りのない挨拶だ。
それと……、
「……私に会わせたい人がいる?」
「どなたですか?」
「それは書いてないのよ。物体ぶってるのか、それとも気になった私が返事を書くとでも思ってるのかしら」
残念でした、と冷たく言い切り、シャロンは便箋を封筒に戻してエドワードに渡した。
「美味しくなって帰ってきてね」と告げるのは、もちろんタルトを焼く火種にしてもらうからだ。その冗談にエドワードとフィルが笑い、レイラが「ベリーのタルトよ」と念を押す。
アスタル家が財政難だろうがどんな手紙を送ってこようが、アルドリッジ家には関係ない。
フィルとレイラは自分を慕い、なにかあればエドワードが手を貸してくれる。
薔薇の籠は今日も美しく、平穏だ。
……そう、シャロンは考えていた。




