36:アスタル家(1)
たとえどんな会話がなされようと、どんな想いが交差しようと、薔薇の籠は美しく、柔らかな風を受けて優雅に揺れる。
シャロンは先日の一件を決して口にはせず、エドワードもまた触れることなく以前と変わらぬ態度を取り続けていた。何一つ変わらず、親密になるでもなく、互いを避けることもない。
二人の態度や仕草を見て、先日の一件を感じ取るのは無理だろう。レイラとフィルでさえ想像もせず、真夜中にシャロンが一人で庭に出ていたと知っても「声を掛けてくれればよかったのに」と言ってくるだけだ。
◆◆◆
そんな日々が続く中、シャロンのもとに生家アスタル家から手紙が届いた。
いや、正確に言うのであれば、届く頻度が尋常ではなくなった。手紙自体はデリック没後からずっと続いているのだが、最近は父からの手紙が一日に一通、それに加えて日によっては兄達からも届く始末。
今まではうんざりとした気持ちで流し読みしていたシャロンだが、さすがにこれは異様に思えていた。
文面こそ当り障りないものだが、執着、執念、そういった重苦しいものが漂っているのは気のせいではないだろう。
「アルドリッジ家の恩恵を手放したくないのは分かるわ。だけどあまりに必死すぎる」
呆れを隠さずシャロンがテーブル上の便箋を一瞥する。
今朝届いたものだ。父と兄から。それに昨日届いた手紙もある。
その隣に置かれているのは、これまた同様にアスタル家からの手紙。こちらはシャロン宛ではなくフィル宛であり、彼宛の手紙も最近になり頻度が高まってきている。
これにはシャロンも思い当たる節があった。
ここ最近、招かれた茶会やパーティーをシャロンはあえてイザベラと共に出席するようにしていた。
イザベラはアルドリッジ家の正当な血縁者。デリックが跡継ぎを指定せずにこの世を去り、そのうえそこかしこに子種を蒔いていたことが判明したから猶の事、彼女の発言や動向に注目している者は少なくない。
それが分かっているからこそ、シャロンとイザベラは互いの仲の良さを周囲に見せつけるのだ。
「デリック亡き後も、シャロンが私の妹であることに変わりはないわ。フィルとレイラを立派に育てあげてくれたんだもの、彼女には心から感謝しているの」
「イザベラお義姉様は優しく聡明な方です。フィルが跡を継ぐ際には、お義姉様も助力してくださると聞いて安心しました」
穏やかに話しながら、互いに顔を合わせて微笑む。
アルドリッジ家の当主を巡って争うつもりはない、フィルが継ぐことで同意している。と、そう周囲に伝えるためである。
おかげで周囲はイザベラを『弟亡き後も義妹を妹と呼び、支え助力する慈愛の持ち主』と高く評価し、そしてシャロンに対しても『薄情な夫亡き後も家を支え、義姉を慕う健気な淑女』と好意を抱いてくれる。
双方にとって、これほど美味しい話は無い。
「私達がパーティーの場で話すことで、誰もがフィルが次代当主と知ったわ。面倒だからアスタル家の前ではやらなかったけど、目敏いあの人達のことだもの、どこかから聞きつけたんでしょうね」
侮蔑を隠さぬ口調で話し、シャロンは呆れをこめて小さく首を横に振った。
デリック存命時はフィルの事を歯牙にもかけなかったのに、いざ彼が次代当主となると知るやこれなのだ。我が血縁ながら、恥もプライドも感じられない掌返しには眩暈すら起こしかねない。
だが当主決定を前に手紙の頻度が上がる程度のことはシャロンも想定内だった。
唯一、想定外と言えば……。
「まさか、レイラにも手紙を寄越すなんて」
重苦しい声色で話し、シャロンがテーブル上の手紙を睨みつけた。
そこに置かれているのは、シャロン宛の手紙とフィル宛のもの。
……そして、レイラ宛のものまである。
イリオ・アスタルは元々アスタル家の次男であり、本来ならば家を継ぐ予定ではなかった。だが兄が不祥事の末に追放され、次男のイリオがその座について今に至る。
元より権威や資産に貪欲で、他者を利用することに躊躇いのない性格をしていた。そのうえひどく古臭い考えを持っている。その最たるものが男児優遇の思考だ。
息子は己の意思を引き継ぎ、家と血筋を繋げる大事な存在。対して娘は良家に嫁がせて家を繁栄させる駒でしかない。
結果、イリオは手元に残る息子を贔屓し、いずれ家を出る娘にはぞんざいな扱いをする傾向にあった。といっても、娘に対し暴力を振るうことも無ければ、貧しい思いをさせることも無い。
十分な生活を保障し、美しく着飾らせてやった。
だがそこに情は無い。
「あの男にとって娘は商品でしかないわ。いずれ売る物だからこそ、高値がつくようにメンテナンスは惜しまない」
「なにそれ、酷いわ……」
「そうね。ひどく古臭い考え、頭にカビが生えていてもおかしくないわ。でもそんな男なのよ」
現にシャロンは愛も情もない30歳も年上のデリックに嫁がされた。以降連絡が途絶えたのは、シャロンが駒としての役割を果たし、用済みとなったからだ。
シャロンには二人の兄の他に妹も一人いるが、聞いた話では彼女も年の離れた男に嫁がされたというではないか。さすがにシャロンとデリックのような年齢差ではないが、他者が聞けば即座に裏があると分かる年齢差である。――シャロンはデリック亡き後、すぐに妹に手紙を出した。辛ければ直ぐにこちらに身を寄せるように、と。だが幸い妹は嫁いだ先で順風満帆な人生を送っているようだ――
「イリオ・アスタルにとって娘とはそんなものよ。所詮は家を出ていく存在。考えるのは娘の幸せではなく、どれだけ自分にとって利益のある男に嫁がせられるかだけ。それが、まさかイリオからレイラに手紙を出すなんて……」
「私がカミーユと付き合っていることは社交界に知れ渡ってるわ。お母様の話を聞く限り、イリオ・アスタルが私に粉を掛けてくるわけがないんだけど……」
イリオの考えが理解できず、そして理解できないからこそ気持ち悪いと言いたげにレイラが眉を顰めて手紙を見つめる。
内容は当り障りない『祖父からの手紙』なのだが、それもまた嫌悪を抱かせるのだろう。
そんな中、エドワードが「よろしいでしょうか」と発言の許可を求めてきた。




