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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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33/52

33:シャロンの逃げ場所

 


 あれはデリックに嫁がされてから二年経った頃、シャロンが十二歳の時だ。

 レイラとフィルは三歳。赤ん坊の時よりも意思の疎通ができるようになったものの、反面、自我が強くなり手に負えないことが増えた。

 些細なことですぐに癇癪をおこし、機嫌を損ねると何を言っても嫌だと駄々をこねる。平時であってもひっきりなしにシャロンを呼び、一瞬でもメイド達に任せようものなら拗ねて手に負えなくなる。

 自分に意識が向けられていないと怒り、泣き、体力が尽きるまで遊びまわってそれに付き合わされる日々。


 もちろん、デリックは屋敷にはいない。たまに帰ってきてもシャロンや子供達の顔を見ようとはせず、屋敷について指示を出してまたどこかへ行ってしまう。それだって他所の女を連れているのだから、シャロンもわざわざ彼に会う気も起こらなかった。

 それどころか、時にはシャロンの両親がデリックの後ろを媚売って歩き、娘に挨拶もせずに帰っていくのだ。


 そんな日々を、シャロンは必死になって過ごしていた。

 耐えられないと限界がきてしまうのは当然だ。


 そんな時、シャロンはアルドリッジ家の庭に逃げ込むようにしていた。

 ここならば一人になれるし、さりとて、子供達を放ってどこかに逃げたとも思われない。

 庭師がいるものの屋敷内よりは人が少なく、草木や木々の合間に蹲れば人目を避けることもできる。風が吹くと葉擦れの音がするのも、押し殺してもなお漏れる声を隠してくれるのでちょうどいい。


 シャロンにとって、庭だけが『シャロン』という一人の少女でいられる場所だった。

 押し付けられた『デリック・アルドリッジの妻』という肩書も、『レイラとフィルの母』という肩書も、ここでだけは下ろすことができる。抱いた不満も不安も疲れも、咲き誇る花達が聞いてくれる。


 ◆◆◆


 その日も、シャロンは庭の隅で一人蹲り泣いていた。

 もう嫌、なんで私だけ、どうして私なの。

 そんな言葉を、薔薇のイヤリングを握りしめながら足元の花に訴える。

 大粒の涙は白い頬を伝ってボタボタと地面に落ち、時折は花弁に落ち、鮮やかな花を揺らした。


 そんな中、「シャロン様?」と声を掛けられた。

 驚いて振り返れば、一人の少年の姿。日中でも夜の闇を彷彿とさせる漆黒の髪を風に揺らし、紫色の瞳を丸くさせてこちらを見ている。

 年はシャロンと同年代。まだ若く幼さが残っており、タータンチェックの茶色いズボンと首に巻いたスカーフ、そして道具を下げたベルトがいかにも庭師の少年らしい。

 どうしてこんなところ男の子が……とシャロンはふと考え、先月から庭師見習いとして雇っている少年だと思い出した。


「エドワード、だったかしら……。こんなところでどうしたの」


 慌てて立ち上がり、スカートに着いた土を払う。

 泣いていたと気付かれないよう、誤魔化しながら頬を拭った。


「シャロン様、今……」

「花を見ていたの。綺麗に咲いているでしょう。今日は陽射しが強いけど、風があるから木陰にいると気持ちが良いわ」

「今、あの……」

「貴方は仕事? 今日は暑いから無理をしないで気をつけてね。あぁ、そろそろレイラとフィルが起きる時間だわ」


 捲し立てるように話し、そして返事も聞かぬうちに話を終わりにする。そうしてシャロンは逃げるようにエドワードの横を抜けようとした。

 泣いていたことがバレないよう俯きながら。手の中にある薔薇のイヤリングをぎゅっと握りしめて……。


 だが去ろうとした瞬間、「シャロン様!」と強く名前を呼ばれた。

 驚いて足を止め、己の名を呼んだ人物を見る。


「エドワード……?」

「……シャロン様、好きな花はありますか?」

「花? そうね、薔薇が一番好きだわ」


 脈絡のないエドワードの質問に、それでもシャロンは律儀に答えた。

 どうして今好きな花を問われたのか分からないが、彼の紫色の瞳には真剣な熱意が宿っている。

 雑談で尋ねたのではないだろう。だからこそ正直に答えたのだ。

 それを聞き、エドワードが小さく「薔薇ですか」と呟いた。


「そうよ。薔薇が好きなの。未練がましく、いつまでも……」

「未練がましく? シャロン様、何の話をしてるんですか?」

「……だって諦められない。私だって本当なら、綺麗なドレスを着て、パーティーに出ているはずなのに……!」


 胸の内に溜まっていた泥のような靄が、喉を競りあがって口から出ていく。

 エドワードに言ったところで現状が変わるわけがない。むしろ彼は今シャロンが何の話をしているのかすら分かっていないろう。現に彼は眉根を寄せ、不思議そうにこちらを見ている。

 勤めている屋敷の夫人に愚痴られるなど気分の良いものではないはずだ。

 彼は無関係、ただの庭師だ。わけの分からないこと言ってしまったと謝らなければ。


 そうして屋敷に戻って、レイラとフィルが寝ている子供部屋に行く。二人におやつを食べさせて、遊びに付き合って、お風呂に入れて、夕飯を食べさせて、寝かしつけて……。

 その間に何度泣かれるだろうか。少しでも休める時間はあるだろうか。

 最近はいつまでも遊びたがって中々大人しく寝てくれない。先日など、絵本を三冊読んでようやく寝かしつけたのだ。そのころにはシャロンも疲れてくたくたになり、虚ろな意識で自室に戻りベッドに倒れ込んだ。


 綺麗なドレスを着る暇も、お茶会で楽しく雑談をする暇もない。

 薔薇のイヤリングを着ける暇すら許されない。


「どうして私だけ。友達はお茶会をしてパーティーに出て、ドレスを仕立てて綺麗にしてるのに。なんで私だけ……! 私だって自由に過ごしたい! 薔薇のイヤリングを着けて着飾りたい!」


 声を上げ、涙を拭うことも忘れ、シャロンが手にしていた薔薇のイヤリングをエドワードに投げつけた。カチャンと小さな音を立て、イヤリングが地面に落ちる。

 それがまたシャロンの惨めさに拍車を掛けた。


 美しく咲き誇る花々の中、地面に落ちた作り物の薔薇はまるで自分のようだ。

 なんて哀れ。





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