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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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32/52

32:真夜中の庭園にて

 


 椅子に座ったエドワードの視線がテーブルの上に注がれる。

 そこに置かれたイヤリングを見つけたからだ。彼の眉根が僅かに寄せられ瞳に鋭さを宿したように見えたが、月明かりと外灯だけでは断言しにくい。


「何か悩みごとでも?」

「少し考え事をしていたの。ルーシーもレイラも、素敵な人を見つけられて良かった……って」


 ここ数ヵ月の慌ただしさと変化を思い出し、シャロンは屋敷へと視線を向けた。

 レイラの部屋と、ルーシーが使っている客室の窓。どちらもカーテンが閉められ明かりも漏れていない。きっと眠ってしまったのだろう。


 ルーシーとロイドは相変わらずだ。

 どちらも頭の中はドレスと芸術品で詰まっているため明確な進展こそ無いが、お互いを大事に思っているのは見ていて分かる。

 漂わせる空気も会話の内容も恋愛めいたものはないが、あれもある意味で『二人の世界』と言える。今はまだ友人のような二人だが、いずれは夫婦として語り合うだろう。――もしかしたら、あまりの遅さに痺れを切らしたイザベラが背を押すかもしれない――

 対してレイラはと言えば、シャロンに話した翌日にはカミーユに全てを打ち明けていた。その決断力と行動力はさすがの一言。

 顔合わせをしたカミーユも礼儀正しく誠意を感じさせ、レイラが見初めるのも頷ける好青年だった。


 どちらのカップルもきっとうまくいく。

 互いを愛し、尊敬し、幸せな道を寄り添って歩むのだ。


 ……自分とは違い。


「ルーシーとレイラが羨ましいって、私にも二人みたいな出会いと恋があっても良かったのにって、そんな馬鹿なことを考えてしまうのよ」

「シャロン様……」

「今更どうしようもないことは分かってるわ。私が考えるべきは、シャロン・アルドリッジとしてどうやって生きていくか。幸いフィルを当主にすることに異論を唱える者はいないし、これからはアルドリッジ家の名のもとに自由に贅沢に生きられる。……だけど」


 すっとシャロンがテーブルの上に手を伸ばした。

 エドワードが小さく肩を揺らした気がする。手を差し伸べられたと思ったのだろうか。

 だがシャロンの手は彼には届かず、テーブルの上にあるイヤリングを持ち上げた。カチャリと音がして薔薇の細工が揺れる。

 それを右耳に着け、溜息交じりに苦笑を漏らした。


「……もっと別の人生があったんじゃないかって考えてしまうの。夜中に一人で過ごす事の無い、そんな人生が」

「イヤリングを預けた少年のことを、今でも忘れられないのですか?」

「違うわ。未練がましくイヤリングを着けてるだけよ」

「今ならばその少年を探すことも可能です。……探せと仰るなら、私が」

「無理よ。名前も知らないし、もう顔も声も覚えていないわ」


 15年前に一度だけ言葉を交わした少年。彼の名前も分からなければ、どの家が主催したパーティーだったかも覚えていない。

 そもそも彼がパーティーに招待される身分なのかも分からないのだ。

 もしかしたら幼いながらに給仕を務めており、休憩中にシャロンと出会ったのかもしれない。ただの一般家庭の子供で、興味本位でパーティーに潜り込んだ可能性だってある。

 探すのは不可能だ。

 それに、探したところでどうしろというのか。


 そうシャロンは苦笑を浮かべて話した。自虐的な笑みになっていると自分でもわかるが、無理にでも笑い飛ばせと自分の中で自分に言い聞かせる。だがエドワードは普段の愛想の良い笑みすら浮かべず、目を細めてシャロンを見つめてきた。

 同情か、憐れみか、彼らしくない表情だ。

 その視線に耐え切れず、シャロンは「もう遅いわ」と告げて立ち上がった。自分から誘っておいて我儘と思われるだろうか、だがこれ以上ここに居ても弱音を吐露するだけだ。


「付き合わせてごめんなさいね。今夜の事は忘れてちょうだい」

「どうかご無理をなさらないでください」

「……風が強くなってきたわね。そろそろ雨が降るのかしら。心配な薔薇の手入れをしてあげて」


 エドワードに呼び止められても、シャロンは聞こえなかったふりをして話を続けた。

 逃げるように足早にアーチへと向かう。ここを抜ければ出かけた弱音を飲み込める。そう不思議と自分の中で確証が湧く。

 アーチを抜けて薔薇の一角を出れば、自分は『アルドリッジ家夫人』だ。ただの弱気な女性ではなく、名家を背負う強い女。弱音なんて吐くわけがない。


 だがアーチを潜ろうとした瞬間、


「シャロン様!」


 と、名前を呼ばれ腕を引かれた。

 驚いて振り返れば、そこにいるのはもちろんエドワード。彼の紫色の瞳が今夜はいつもより濃く見える。

 真剣な表情。麗しく、そして男らしい勇ましさ。

 この瞳を見つめていては駄目だ。そうシャロンはざわつき始める胸の内を抑え込み、素知らぬ顔で彼の視線から逃げるように顔を背けた。


「どうしたの、エドワード。また蜂がいたの?」


 以前にもこうやって彼に引き留められた。あの時エドワードは蜂がいたと話し、すぐにシャロンの腕を放してきた。

 今夜は違うと内心で分かっていても、まるで逃げ道を探すようにシャロンが居もしない蜂を探す。

 だというのに、今夜の彼はいつまで待っても腕を放す様子はない。シャロンがもう一度「蜂が居たのよね」と促しても応じず、それどころかはっきりと「違います」と断言した。


 腕を引いてもびくともしない。

 シャロンが躊躇いつつ「エドワード……」と彼を呼んだ。声がいつもより弱々しくなっているのが自分でもわかる。


「貴女のためにここを作りました」

「私のため……」

「えぇ、貴女のためだけに。ここで出会った、逃げるように身を隠して涙する少女のために」


 過去を思い出すように、エドワードが目を細める。

 生温い風が強く吹き抜け、木々と、そして周囲を囲う薔薇を揺らした。




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