24:芸術の申し子……?
ロイド・オルソンの家は些か僻遠な場所に建てられていた。
僻地という程ではないが、周囲には木々が生い茂り他の家屋は見当たらない。たとえるならば避暑地の別荘と言ったところか。
家自体も一般家屋にしては大きく、とりわけ屋根伝いに繋がる古い工房が目を引く。レンガ造りの立派な窯があるが使われている様子はないあたり、前の家人が陶芸家で家ごと譲り受けたのかもしれない。
誰も目的が無ければここまで来ないだろうし、来たとしても、まさかポツンと建つこの家屋がロイド・オルソンの家とは思うまい。
「ミア・ワトール様の紹介で参りました」
エドワードがドアノッカーを数度鳴らし用件を伝える。
次いでゆっくりと扉が開かれ、一人の青年が顔を覗かせた。
濃紺色の髪は癖が強いのかうねり、目元まで伸びた前髪の下から同色の瞳が覗く。背は高いが線は細く、スラリとしたどころか些か痩せすぎてまるで細枝のようだ。年は二十後半ぐらいか、だが若さや鋭気は感じられない。
小奇麗な服装をしてはいるものの、うねり無造作に伸ばされた髪型と目を隠す前髪から陰気な印象を受ける。屋敷の使いだろうか、それにしても客を迎える役割にはあまり適していない雰囲気だ。
もちろんおくびにも出さないが、内心ではシャロンは些かぎょっとしていた。
「……ようこそいらっしゃいました。どうぞ」
「失礼ですが、貴方は」
「ぼ、僕がロイド・オルソンです」
エドワードに促され、青年が名乗る。ボソボソとした喋り方だ。おまけに声も低くて聞き取りにくい。
そのうえ名乗るや「どうぞ」と屋内に戻っていってしまうのだから、これは追うしかない。
……追うしかないのだが。
この青年が? とシャロンは困惑し、歩きつつもチラと横目で皆の様子を窺った。
イザベラとフィルも同じ心境なのだろう、二人とも表情に困惑の色を浮かべている。エドワードは品の良い従者然とした振る舞いと笑みで青年と話しているが、彼の隣から離れないのは警戒してのことか。
そしてルーシーはと言えば……、
「素敵。ここでロイドのドレスが生まれているのね」
と、一人歓喜し瞳を輝かせていた。
元々あまり人を疑う性格ではないからか、もしくはロイド・オルソンを尊敬するあまり深く考えていないのか、それとも彼女だけが分かる確証があったのか。
なんにせよルーシーに疑っている気配は一切無く、この陰鬱とした青年がロイド・オルソンだと信じきっている。
「ねぇ凄いわ、シャロン。見てあのカーテン、あんな布は見たことが無いわ」
「え、えぇ、そうね……。確かに屋内の装飾は洒落てるけど……」
「この絨毯、私、本で見たことがある」
「絨毯? ルーシー、足元を見て歩いていると転んでしまうわよ」
瞳を輝かせて話すルーシーを宥めつつ、シャロンは前を歩くロイドを見つめた。
エドワードと話してはいるものの彼の方を見ようとせず、視線をあちこちに向けたかと思えば俯いてしまう。猫背気味なのか姿勢も些か悪い。とりわけ隣を歩いているのが見目麗しく立ち振る舞いも優雅なエドワードなのだから、ロイドの陰鬱とした挙動が余計に悪目立ちしている。
おおよそ美の最先端にいるデザイナーとは思えない。二人を知らぬ者に「片方がロイド・オルソンだ」と告げれば、間違いなくエドワードをロイドと呼ぶだろう。
だが、芸術家というのは変わり者が多いと聞く。
美的感覚や技術に特化している反面、常人では理解しがたい性格をし、突飛な行動をとったかと思えば誰もが見惚れる作品を作り上げるのだ。
それが芸術の申し子ロイド・オルソンほどの人物ならば、見た目や言動がデザイナーらしくなくとも頷ける。……のかもしれない。ひとまずそういう事にしておくべきか。
なにより、仲介してくれたのは親友のミアだ。
彼女はルーシーの性格や芸術品に目がないことを知っているし、跡継ぎを条件にイザベラからルーシーの将来を託されていることも伝えておいた。
すべて承知の上で協力をしてくれたのだ。目の前の青年がどれだけデザイナーらしくなくとも、親友のことは信用できる。
「こ、ここが応接間です。……少し散らかっていますが、こちらへ」
ロイドが説明しながら一室の扉を開ける。中を見て、シャロンは思わず唖然としてしまった。
応接間と彼は言ったが、いったいこの部屋のどこが応接間なのか。
室内はあちこちに布が掛けられ、それでは足らないと折り畳み重ねられ、一角では本が山をなしている。壁は至る所に画用紙が貼り付けられ、空いているところと言えば天井くらいか。
部屋の中央にはソファとテーブルが置かれ一応は空けているものの、片付けたというより物を両脇にどかしたという方が正しい。
とうてい『少し散らかっている』では済まされない部屋だ。
応接間と物置を間違えているのではなかろうか。
「新作のドレスをいくつか用意しておきました。……といっても、まだ試作段階で人前に出せる代物ではないのですが、せっかくですしよろしければご覧ください」
ボソボソと喋り、ロイドがお茶の用意をすると部屋を出ていった。
エドワードが手伝いを申し出て着いていくのは、いまだ彼を警戒しているからだろう。
そうしてロイドとエドワードが部屋を出ていくと、扉が閉まるのとほぼ同時にフィルがシャロンを呼んだ。
「お母様、彼は……」
「言いたいことは分かるわ。貴方は彼のことをどう思う?」
「どうも何も、僕が想像してたロイド・オルソンとはかけ離れてるよ。ただエドワードと歩いてる時にやたらと彼の服やデザイナーを尋ねていたから、デザイナーっていうのは間違いないと思う。……それに」
フィルとシャロンがほぼ同時に部屋の一角に視線を向ける。
辛うじて応接間らしい一角、そこにはトルソーに飾られたドレスが六着並んでいる。ヘッドドレスや髪飾りまで付属されており、散らかった部屋の中でこの一角だけ切り取られたかのように華やかだ。
ロイドはこのドレスを『試作』と言っていた。そのうえ『人前に出せる代物ではない』とまで。
だがシャロンの目にはどのドレスも美しく見える。形も細部のつくりも今の流行を的確に押さえており、これ以上どこを変えるべきなのか分からない。
これを全て試作と呼ぶのだから、やはりあの青年はロイド・オルソンなのだろう。
そう考え、シャロンはふと今までルーシーが無言でいることに気付いた。
この部屋に入る直前まではあれほど興奮して話していたというのに、今はロイドのドレスを前にして真剣な顔つきで眺めている。正面から見たと思えば時には後ろから、かと思えば一歩引いて全体を眺め、近寄ってはボタンや金具を凝視する。
そうして一着一着ドレスを吟味したのち、首を傾げながらこちらを向いた。
「おまたせしました」と、ロイドとエドワードが部屋に戻ってきたのはちょうどその時だ。
「あ、あまり良い茶葉ではありませんが」
「ねぇ、あなた誰?」
ロイドの言葉を遮り、ルーシーがはっきりとした口調で尋ねた。




