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【完結】シャロン・アルドリッジは返り咲く  作者: さき


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23/52

23:芸術の申し子

 



「ロイド・オルソンに会えるなんて嬉しい。ずっと尊敬していたの。私、彼がデザインしたドレスならすべて覚えてるわ」


 そう浮かれた口調で話すのはルーシー。頬はほんのりと色付いており、瞳は輝いている。身を乗り出して話す様はまるでピクニックに出かけて興奮する子供のようだ。

 彼女の隣にはイザベラが座り、年甲斐もなくはしゃぐ娘を落ち着かせつつ、それでも愛でるような優しい目で見つめている。

 正面でそれを見せつけられるシャロンは、ただ苦笑を浮かべるしかない。



 アルドリッジ家の屋敷から、とある人物の仕事場へと向かう最中。

 馬車はもちろんアルドリッジ家のものである。規模と豪華さは見事なもので、造りも良く振動も最小限に抑えられている。

 ――ちなみに、フィルは「四人乗ったらさすがに狭いから」と理由をつけてエドワードと共に御者台に居る。本音は女だらけの空間に居たくないだけだろう――


「こんな素敵な機会を設けてくれて、ありがとうシャロン」

「ルーシーってば、これで何回目? もうお礼は十分よ。でも喜んでもらえてよかった」

「だってそれだけ嬉しいんだもの。他でもない、あのロイド・オルソンよ」


 名前を口にするたび、ルーシーの瞳の輝きが増していく。それどころか、先程イザベラに落ち着くよう言われたというのに、再び身を乗り出して彼のデザインしたドレスがいかに素晴らしいかを語りだした。

 この興奮ぶりを見るに、何度宥めても効果はないだろう。

 現に再びイザベラに宥められ、落ち着き……と思った矢先に、今度はロイドのデザインしたスーツについて語りだすのだ。そしてまたシャロンに礼を告げてくる。

 到着するまで何回繰り返すのかしら……、とシャロンは心の中で呟き、御者台に逃げたフィルを羨んだ。



 ルーシーがそれほどまでに尊敬する『ロイド・オルソン』とは、流行の最先端をゆく天才デザイナーである。

 誰も考えなかった斬新なドレスを生み出したと思えば、一転して古き良きスタイルを活かしたスーツを仕立てる。

 彼のデザインは華やかでありつつも厳かさを失わず、繊細でいて時に大胆。

 それらは総じて『ロイドモデル』と呼ばれ、一度公表されれば他のデザイナー達がこぞって真似をするほど。ロイドモデルのドレスやスーツを纏えばどんな令嬢も子息も魅力的に輝き、彼のセンスに掛かれば安いビーズさえも一級の宝石と並ぶ。

 そのうえロイドの才能はデザインだけに留まらず、時に戯曲を書き上げ舞台演出までこなし、絵画や美術品についても専門家顔負けの知識を持つという。


 そうしていつしか、世間は彼を『芸術の申し子』と呼ぶようになっていた。


 そんなデザイナーなのだから、ロイドの予定は数年先まで埋まっている。当然だが容易に会えるものではない。そのうえロイド本人が極度の人見知りで、表舞台に出ることを極端に嫌がっているのだ。

 社交界において、彼の姿を知る者は極僅か。彼のデザインしたドレスやスーツで溢れているのに、当人を知る者が滅多にいないというのもおかしな話だ。


「そんなに凄いデザイナー、よく約束を取り付けられたわね」

「友人のミア・ワトールです。ワトール家はロイドがまだ無名の頃に支援し、今でも懇意にしていると以前に聞きました。それを思い出して、どうにか会う機会を作れないかと頼んでみたら、ロイドに話を通してくれたんです」


 実を言うと、駄目で元々といった気持ちでいた。

 なにせ相手はロイド・オルソン。国内どころか諸外国に名を馳せる天才デザイナー。彼の名前は、ドレスとは無縁で育児に奮闘していたシャロンの耳にも届くほど。

 それほどの人物となれば、いくら友人伝手とはいえおいそれと会えるわけがない。事情を綴った手紙を出しはしたものの、早々に他の手段を考えていた。

 だがミアからの手紙には了承の言葉が綴られていた。それどころか既にロイドに話を通し、日取りを決めようとまで話を進めてくるではないか。


「頼んだ身でありながら信じられなくて、しばらく呆然としてしまったの。エドワードに『どうなさいました?』と尋ねられて、ようやく我に返って手紙を読みなおしたのよ」

「私もシャロンから話を聞いた時には信じられなかったわ。『あのロイド・オルソン?』って二回も確認しちゃった」

「あらルーシーってば、二回じゃないわ。五回よ。正確に言うなら『あのロイド・オルソン?』が三回で、その後に『本物のロイド・オルソン?』が二回」


 その時のことを思い出してシャロンが訂正すれば、ルーシーが楽しそうに笑った。

 隣に座るイザベラも娘につられて機嫌がよさそうだ。母親というものは子供が楽しそうにしているだけで心が軽くなるもの。それはシャロンも共感できる。


 そして共感するからこそ、レイラを連れてきてあげられなかったことが悔やまれる。

 彼女もルーシー程ではないとはいえお洒落や流行に敏感で、ロイド・オルソンのデザインを見ては褒めていた。もちろん彼デザインのドレスも持っている。

 だが生憎と予定が合わず、今朝方レイラは出掛けてしまった。なんとも残念な話ではないか。

 優先すべきはルーシーの件だが、どうにかしてレイラもロイドと会わせてやりたいところだ。うまく繋がりを作れればいいが……。


「でも、それにしては出ていく時のレイラはあまり残念そうじゃなかったのよね……」


 ふと、自分達より先に屋敷を発ったレイラの姿を思い出す。

 彼女は「ロイド・オルソンがどんな人だったか、帰ってきたら教えて!」としきりに話し、同行するフィルやエドワードを羨んでいた。だが出かける際には後ろ髪を引かれる様子はなく、むしろどことなく浮かれているような素振りすら見せていた。

 友人と遊ぶとは聞いていたが、普段と雰囲気が違っていたような……と改めて出かける際のレイラを思い出す。


 だが次の瞬間はたと我に返ったのは、イザベラに「着いたみたいね」と声を掛けられたからだ。

 気付けば馬車はゆっくりと速度を落とし、停まるとエドワードが扉を開けて到着を告げてきた。



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