22:統一感のない屋敷
「デリックがあちこちに子供を作ってくれたおかげで、アルドリッジ家の血筋はめちゃくちゃよ。本当にデリックの子供なのか、誰との子供なのか、一つ一つ証明していかなきゃいけない。……ただ一人を除いては」
「なるほど。血筋で言えば、イザベラ様のたった一人のご息女ルーシー様こそが『紛うことなき正当なアルドリッジ家の血筋』と言えますね」
「それに離縁したとはいえルーシーの父親は正真正銘の貴族。そこを主張されると、彼女に着く者が出始めかねない」
「そう考えると、条件付きとはいえイザベラ様が譲る姿勢を見せてくださったのは良かったですね」
「ただその条件が厄介よね。いくらルーシーの審美眼は本物とはいえ、それで結婚出来るとは思えないし。いくら説得しても、良縁と美術品を並べたら間違いなく美術品に飛びつくわ」
どうしたものかとシャロンが溜息を吐く。
次いで顔を上げたのは、フィルが戻ってきたからだ。
薔薇のアーチを潜り、シャロンの向かいに腰かける。その表情には疲労の色さえ見え、シャロンが「どうだった?」と尋ねれば溜息交じりに首を横に振った。
「それとなく聞いてみたけど、ルーシーには結婚する気は全く無さそうだよ。『良い人がいればね』なんて言ってるけど酷い棒読みだった」
「本人がそれじゃどうしようもないわね。それに、並みの男じゃイザベラお義姉様が納得しないわ」
イザベラは当主の座を使い脅してまで娘の将来を案じているのだ。適当に見繕った男で納得するわけがない。
まず絶対的な条件として『将来安泰』、それと同等の条件として『ルーシーの幸せ』。
となれば、彼女の趣味趣向を受け入れていることは必須だ。それも好意的に。
アルドリッジ家の権威と資産のためなら浮世離れした趣味にも目を瞑ろう、という男は山のように居るだろうが、そんな男達はイザベラが即却下するはずだ。なにせイザベラは不誠実な弟に家督を奪われ、政略結婚の果てに夫と離縁した身。愛が無く家名目当ての男は何より嫌う存在だろう。
「ルーシーの趣味を好意的に受け入れてくれる男性……。さすがに同じ価値観とは言わないけど、認めてくれる人……」
シャロンが譫言のように呟く。
そんな男がそう簡単に見つかるだろうか。仮に見つかったとして、どうやってルーシーとの結婚まで漕ぎつけるのか。なにせルーシー当人に結婚する気がない。
そこまで考え、シャロンはふと顔を上げた。視線の先にいるのは、フィルの分の紅茶を用意するエドワード。
漆黒の髪に、宝石のような紫色の瞳。見目の良い整った顔つきは時に涼やかで麗しく、笑えば愛嬌を感じさせる。所作も洗練されており、有事に見せる立ち振る舞いの美しさは貴族の子息顔負けだ。すらりとした体躯と長い四肢は彫刻のようにバランスが取れており、それでいて庭師という力仕事なために鍛えられて体力もある。
庭師とはいえ、アルドリッジ家の専属なだけあり高給取り。いわゆる手に職というものだ。将来なにがあっても仕事には困らないだろう。
そしてルーシーの趣味を十分に理解し、彼女の審美眼については高く評価している。
「エドワード、念願の逆玉の輿のチャンスよ」
「ご冗談を」
シャロンの提案に、エドワードがきっぱりと断りを入れた。
相変わらず愛想の良い笑顔だが目の奥が笑っていない。心なしか今の笑顔は冷え切った印象を受ける。
もちろんシャロンも本気ではなく「残念ね」とすぐさま引いた。
そのやりとりにフィルが肩を竦める。そうして何かを思い出したかのように「そういえば」と話し出した。
「ルーシーが、屋敷がおかしいって言っていたよ。結婚の話よりもそっちのほうが熱が入ってた」
「屋敷がおかしい?」
「前にイザベラ伯母様が話していた『統一感の無さ』だよ。この屋敷は統一感が無いからどうにかしたほうが良いって」
「あぁ、そのこと。随分と気にしてるのね」
統一感云々、イザベラさえも頭を悩ませていた発言である。
だがよほどルーシーは気になっているようで、結婚の話はおざなりだったというのに、屋敷内の装飾に関しては熱心にアドバイスしてきたという。
それを話すフィルも聞くシャロンも呆れ顔だ。だがエドワードだけは感心したと言いたげな表情を浮かべ、挙句に「さすがですね」とルーシーの発言を褒めた。
「ルーシー様が感じている『統一感の無さ』ですが、確かにその通りです」
「どういうこと?」
「元々屋敷については旦那様が指示を出しておりました。その時々に連れている女性と共に。そして旦那様亡き後は装飾を最小限にし一年喪に服し、今はシャロン様が管理をされています」
「……なるほど、そういう事ね」
エドワードの話に、シャロンが頷いて返した。
この屋敷は、デリック生存時は彼が当主として管理をしていた。
彼の趣味を基調にしつつ、時にはご機嫌取りのため落としたい女の好みに合わせ、時には女からの貢物を戦利品代わりに飾る。
デリックと彼の隣にいる女の気まぐれで、屋敷内は慌ただしく内装を変えさせられていた。なにより、肝心の『デリックの隣にいる女』がころころと変わるのだ。
そしてデリック没後は一年間喪に服し、以降の管理はシャロンが引き継いでいる。
本音を言えば、屋敷丸ごと変えてデリックの面影を一掃してしまいたかった。だがそこは『亡き夫を想う未亡人』を演じるため我慢し、少しずつ少しずつ、彼と女達の面影を消している最中だ。
結果、デリックと女達の好みが溶け合うことなく混ざり、それを今シャロンがゆっくりと浸食している。
さながら絵の具を乱雑にパレットに出し適当に数度かき混ぜたかのようで、ルーシーはその違和感を感じ取ったのだろう。
統一感が無い。
なるほど確かに、誰もが己の趣向を反映させるだけで統一しようなど考えもしなかった。
ルーシーが感じたこの屋敷の違和感は、アルドリッジ家の歪んだ人間関係そのものとも言える。
「ルーシーはそれを屋敷を歩いただけで感じ取ったのね」
凄い、とシャロンが小さく呟いた。
ルーシーの審美眼がどれほどかを改めて思い知らされた気分だ。先程までの呆れの気持ちは消え、感心さえしてしまう。
そして感心すると同時に一つの案が浮かんだ。
「どうにかしようと考えていたのが間違っていたのかもしれないわ。だってルーシーの真価は私達じゃ分からないもの」
「真価、とは。どうなさるおつもりですか?」
「布と宝石と装飾品の世界に行きましょう。そこでなら、ルーシーの真価を理解できる人に会えるわ」
明確な言葉をわざとはぐらかすように告げ、シャロンは悪戯っぽく笑みを零した。




