21:アルドリッジ家の血筋
ルーシー・アルドリッジは自由奔放で、そして些か浮世離れした性格である。
家業には一切見向きもせず、興味は専らドレスや装飾品について。流行を追い華やかに飾ることに敏感で、宝石や芸術品にも目が無い。
もっとも、それ自体は貴族であればそう珍しいことではない。
社交界に生きる者達は自身と屋敷を飾ることで権威を示し、芸術品を買い漁る。とりわけ女性達はこぞって流行のドレスを纏うのだ。
だがルーシーは度合いが違う。
芸術品を見ると目を輝かせるどころか食い入るように見つめ、愛用のルーペを取り出しで鑑定しだすというのだからよっぽどだ。
それも愛用のルーペは宝石を散りばめた特注品で、目利きはプロ顔負け。それどころか平然と鑑定士と肩を並べ、時には依頼され宝石や芸術品の真偽を見定めるのだという。
そんなルーシーを、どう落ち着かせるか……。
シャロンは小さく溜息を吐き、らしくなく頬杖をついた。名家夫人にはあるまじき仕草ではあるが、今は咎める者もいない。
用件を伝え終えるやイザベラは去り、次いでレイラも用事があると言ってそれに続いた。
フィルは事態解決のヒントを探すためルーシーと話してくると屋敷へと戻っていき、今この薔薇の一角にはシャロンとエドワードしかいない。
「参ったわ、まさかルーシーを押し付けてくるなんて……」
「元よりイザベラ様には家督奪還の意思はなかったのでしょう。むしろシャロン様にルーシー様を任せるのが目的だった、と」
「一年喪に服して更に半年。今までは私が当主の仕事をこなしていたけど、世間はそろそろ正式な当主を望んでいるわ。私もその声を待っていたんだけど、どうやら読まれていたみたいね」
「シャロン様が社交界で人脈を築いているのも把握しているんでしょう。当主の座を賭けて脅すにも、ルーシー様を押し付けるにも、今がまさに好機というものですね」
「一筋縄ではいかないと思っていたけど、まさかこんな条件を出してくるなんて」
どうしたものか、と頬杖をついたまま盛大な溜息を吐いた。
仮にこれが他家の夫人や令嬢が相手であれば、もっと強気に出ることができただろう。条件を拒否して徹底抗戦の姿勢を見せたって良い。
だがイザベラ相手ではそうもいかないと項垂れつつ話せば、エドワードが「どういう事でしょうか」と尋ねてきた。
「どれだけ厄介だろうと一筋縄でいかない女性だろうと、彼女はイザベラ・アルドリッジよ。そして私も、シャロン・アルドリッジなの」
「なるほど。世間からしてみれば、結局のところアルドリッジ家の内輪揉め。シャロン様が徹底抗戦しイザベラ様を撃退したとしても、『義姉からの頼みを無下にし追い返した』と言われてしまうわけですね」
「なにより厄介なのが、彼女は誰もが認める『正当なアルドリッジ家の血筋』であること。デリックの隠し子が山のようにいると世間に知られた今、彼女の発言一つでフィルとレイラの正当性が覆されかねないの」
デリックはあちこちの女性に手を出しており、おかげで彼の亡き後、隠し子が次から次へと現れた。エドワード達が真偽を探り、半数近くに減ってもなお山のようにいたのだ。
そういった者達に対して、シャロンは相応の金を払うことで場を収めることにした。つまり金で解決したのだ。
トータルすると結構な額にはなったが、痛手というほどでもない。遊び歩き散財していたデリックの後始末と考えれば安い方だ。
幸い、屋敷の者達もシャロンの行動に異論を唱えることなく、それどころか手配を手伝ってくれていた。彼等も過去幾度となくデリックの薄情な様や散財癖を目の当たりにしており、金で解決できるならと考えていたのだ。
「だけど、もしも屋敷内で反論が上がっていたら……。それどころか、レイラとフィルだけを『アルドリッジ家の正当な子供』と呼ぶことに異論を唱える者が出たらどうなっていたか」
「なるほど、確かに厄介な事になりますね」
シャロンと二人の子供の間に血の繋がりはなく、彼等を産んだ実母が今どこにいるのかも分からない。
噂によれば、デリックはその女性を気に入り、別荘の一室を女のために宛がっていたという。対して女は本当にデリックを愛していたのか、それとも金目当てだったのか……。
だがどちらにせよ出産時には既に愛想をつかしていたようで、レイラとフィルを産んですぐに女は屋敷の金を持ち出し姿をくらませた。呆れた話だ。
もっとも、その時すでにデリックは他所の女を連れ歩いていたのだから、これはどっちもどっちと言える。
そして、レイラとフィルが生まれ女が姿を消して間もなく、シャロンがデリックに嫁がされ子育てを押し付けられて今に至るのだ。
あの無責任なデリックが子供を放り出さずにいたのは、気まぐれか、多少なり情けを抱いたのか……。それとも「女に逃げられ子も育てられぬ男」と陰口を叩かれるのを危惧したか。
なんにせよ身勝手で碌な理由ではないだろう。あの男に限って、善意や愛情などがあるわけがない。
「二人の産みの母親は消息不明、それにデリックは一度として子供たちと向き合おうとしなかった。そのうえいまやデリックの隠し子がたくさん……となれば、揚げ足取りはいくらでもできるわ」
もしも誰かがそこを突けば、レイラとフィルの立場は危うくなりかねない。
もちろんその際にはシャロンは全力で二人を守り、持てる権利全てを駆使して「アルドリッジ家の正当な子供はフィルとレイラのみ」と断言するつもりだ。
誰が敵であっても譲る気はない。
母の強さというものを見せつけてやる。
……だが、その敵がイザベラ・アルドリッジだったなら。