20:ドレスと宝石と家督
シャロン達がアーチへと視線を向ければ、イザベラが顔を覗かせた。
美しい銀の髪を風に揺らし、物珍しそうにアーチや薔薇の一角を眺めている。
「イザベラお義姉様、どうなさいました?」
「良い天気だから外に出てみたの。ご一緒しても良いかしら」
「えぇ、もちろんです」
「良かった。素敵な場所ね」
穏やかな口調で話し、イザベラがアーチを潜る。
その瞬間、愛想のよい笑みを浮かべていたエドワードの表情に微かに影が掛かった。紫色の瞳が微かに鋭くなる。
もっとも、傍目には普段通りの見目の良い笑顔としか映らないだろう。彼をよく知る者ですら見落としてしまいそうな、ほんの僅かな変化である。
シャロンはそれを「エドワード、お茶の準備を」と声を掛けることで教えてやった。
エドワードが己の変化を悟られたと察し、コホンと小さな咳払いをした。己を落ち着かせるためか、そんな己を律してくれたシャロンへの感謝か、もしくは一瞬とはいえ感情を表に出してしまったことを恥じているのか。
そうしてイザベラから茶葉を指定されると、用意すべく恭しく一礼して薔薇のアーチを潜って出ていった。
「楽しそうだったけど、何の話をしていたのかしら」
「今朝方、ルーシーからメイド服を変える提案を頂いたんです。自らデザインを起こしたと仰っていました」
「まぁ、あの子がそんな事を?」
「どれも素敵なデザインでした。メイド達が着るものですから彼女達に選んでもらおうと思い渡したんですが、きっと今頃、休憩室では討論会が開かれていますね」
コロコロとシャロンが笑う。
だがイザベラはこの話を笑って聞き流す気は無いらしく、深く溜息を吐いた。「まったくあの子は」という呟きにはらしくなく感情が出ており、娘の自由奔放さに日頃から頭を悩ませているのがわかる。
「母親ながら、あの子が何を考えているのかさっぱり分からないのよね。この屋敷に来た時も統一感がどうのと話していたし」
「統一感ですか?」
「そうよ。屋敷の内装に統一感が無いんですって。『ちぐはぐで落ち着かない』とまで言っていたわ」
「それで指摘して回ってくださっているんですね」
「あの子は少し自由に育てすぎたかもしれないわ。だからこそ娘の将来を心配しているの。……ねぇ、シャロン。子供の幸せを願う親の気持ち、貴女ならわかるでしょう」
穏やかに微笑み、イザベラが同意を求めてくる。
それに対し、シャロンは警戒心を胸の内に抑え、平静を取り繕った声色で「もちろんです」と返した。穏やかに微笑んで、疑うことなく義姉の話を聞いているふりをして。
だがイザベラの言う通り、子供の幸せを願う気持ちはシャロンにもわかる。レイラとフィルの幸せのためなら何だってする。
……そしてその気持ちがわかるからこそ、イザベラの言葉に身構えてしまうのだ。
彼女もまた、娘ルーシーの幸せのためなら何だってするだろう。
「娘には幸せで安定した未来を与えてあげたいの。たとえば、アルドリッジ家の当主のような、ね」
「当主ですか。それは……」
やはり奪還するつもりか。そうシャロンは心の中で呟き、イザベラを見据える。
話を聞いていたフィルもまた表情を真剣なものにかえ、イザベラを見る瞳に警戒の色を宿した。
「イザベラお義姉様、アルドリッジ家は……」
「でもね」
シャロンが核心を突こうとするより先に、イザベラが話を続けた。まるで言及を遮るようなタイミングではないか。口論になるかと身構えていたシャロンは勢いを削がれ、ぐっと言葉を詰まらせた。
イザベラが深く溜息を吐き、首を小さく横に振る。眉尻を下げ、誰が見ても迷いを抱いていると分かる表情と仕草だ。そこにはアルドリッジ家の家督を掛けて言い争う闘争心は見られない。
「さっきも言った通り、ルーシーは自由奔放で母親の私でさえ何を考えているのか分からないの。あの子の頭の中はドレスや宝石でいっぱいよ。アルドリッジ家を継いでもうまくいくかどうか……」
「そんなことは……」
そんなことはない、と言いかけてシャロンは途中で口を噤んだ。
ここはお世辞でも「そんなことはない」と否定してイザベラとルーシーの顔を立てるべきだろう。だがそれが分かっても言葉が出ないのは、事実ルーシーにアルドリッジ家を治めるのは不可能だからだ。
彼女にはその手腕が無い。そもそも当人にやる気がない。
無理やり当主の座に就けばどうなるか……。
さすがに一代で傾きはしないだろうが、その兆候ぐらいは作り出しかねない。
「私はルーシーの母親だけど、同時にアルドリッジ家の女でもある。家の繁栄を願う気持ちはちゃんとあるわ。だから」
「だから……、なんでしょうか?」
「フィルを当主にしたいと思ってるの。ルーシーへの心配事が無くなれば、だけど」
イザベラが微笑んで断言した。
五十歳を超えてもなお衰えぬ、優雅で品の良さを感じさせる頬笑みだ。だが言い知れぬ圧を感じるのは気のせいではないだろう。優しい口調でいて、有無を言わさぬ強さを纏っている。
そんな笑みを正面から受け、シャロンはなるほどと心の中で呟いた。
ルーシーへの心配事が無くなれば、フィルを当主にしたい。
つまり、フィルを当主にしたければ、ルーシーをどうにかしろということだ。




