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02:シャロンとアルドリッジ家(2)

 


 馬車を待たせている正門へと向かえば、二人の男女がシャロンを待っていた。

 どちらも銀色の髪をしており、男女の違いこそあるが顔つきと雰囲気が似ている。

 とりわけ、シャロンを見つけて表情を明るくさせれば猶のこと、瓜二つだ。


「お母様、凄く綺麗よ! やっぱりお母様は黒より鮮やかな色の方が似合ってるわ!」

「ありがとう、レイラ。貴女もとても綺麗よ。銀色の髪に水色のドレス、まるで宝石みたい」

「お母様、たしかに似合ってはいますが……。その、いささか胸元が開きすぎなような……」

「まぁフィルってば、そんなに褒めないで。貴方もとっても似合ってるわ」


 フィルの言葉を途中で遮り、シャロンは微笑んで返すと彼の頭を撫でてやった。

 銀色の綺麗な髪だ。少し猫毛でふわふわと柔らかい。掬うと指の合間を擦りぬけて気持ち良い。

 何度この髪を櫛で梳いてやっただろう。他所の男児と比べれば大人しく手の掛からない子だったが、時には櫛で梳いてやっている最中に逃げ出すこともあった。

 あの小さかったフィルが、いつの間にこんなに……と、あの時よりもずっと高い位置にある銀色の髪を撫でながら思う。


「あ、あの、お母様。そろそろ放してほしいんだけど……」

「あら、もう終わり? この後あなたを抱きしめて、頬にキスをしてあげる予定なのに。フィルは昔から頭を撫でて頬にキスをすると喜んでくれたでしょう?」

「……生意気な発言をお詫びします。一切の問題なくとてもよくお似合いです」


 母には勝てないと判断したのか、フィルが項垂れて全面降伏の姿勢を見せる。

 それに気分を良くし、シャロンはコロコロと笑いながら彼を解放してやった。そそくさと離れて距離を取る姿に更に笑みが強まる。

 そんなフィルを、やりとりを見ていたレイラが「お母様に敵うわけないじゃない」と楽しそうに茶化した。フィルが何か言い返そうとし、図星だからかそっぽを向く。


 そのやりとりも含めて、なんて愛おしい……とシャロンは目を細めた。


 フィルとレイラは男女の双子である。そしてシャロンの子供だ。

 といってもシャロンの実子ではない。二人の実際の親は、デリック・アルドリッジと、彼が手を出した女性だ。

 今どこで何をしているのか、シャロンはおろかレイラとフィルさえも知らない。探そうと思えば探せるのだが二人がそれを望まず、ならばシャロンも言及する事はないかと今に至る。


 シャロンはデリックと結婚させられると同時に、まだ1歳にも満たない赤ん坊だった二人を押し付けられた。ゆえにシャロンと彼等の年齢差はたった10歳程しかなく、親子というより姉弟といったほうが通るだろう。

 それでもシャロンは二人を育て、母と名乗り、二人も強いられることなく母と呼んでくれる。

 嫁入りさせられた直後、育児など当分無縁だと思っていた身で、それでも育て上げたのだ。むしろ、乳母に丸投げが常の社交界において、シャロンほど子供達に手をかけ育てた者はいないだろう。


 胸を張って自分の子供だと言える。

 ……今は些か胸元が大胆に開かれているので、胸を張ればフィルにまた何か言われそうだが。


「さぁ、私の可愛い子供達、夜会に行きましょう。お母様は夜会が初めてだから、二人がエスコートしてちょうだいね」


 やんわりと笑って馬車へと乗り込む。

 続くレイラは「任せて!」と瞳を輝かせ、対してフィルは「お母様のお望みとあらば……」と溜息交じりだ。やはり母の大胆な胸元が気にかかるのだろう。

 三人が乗り込むと、やりとりを見守っていたエドワードが扉を閉めた。


「では参りましょう」


 という言葉はどことなく楽しげだ。シャロンはその言葉に「お願いね」と笑んで返した。

 彼は庭師である。だが今日は御者の仕事を命じている。


 そうしてしばらく待てば、馬車がガタと揺れ、軽快な音と共に小窓の外に見える景色が流れていった。

 アルドリッジ家の屋敷も次第に小さくなり、道を曲がるとついに屋根の一辺すらも見えなくなってしまう。

 それを見て、シャロンの胸が沸く。

 ようやく出られたと、爽快感と解放感が混ざり合い、なんとも言えない気分の良さだ。


 実際には閉じ込められていたわけではない。

 嫁入りしてから15年、いつだって好きに屋敷を出ることができたし、現に散歩や買物と外出することはあった。デリックの同行こそ一度として無かったが、レイラとフィルを連れてピクニックに行ったことも、別荘に連泊したことだって数えきれないほどある。

 だというのに、不思議と今この瞬間『解放された』という言いようのない実感が沸きあがる。


 だがアルドリッジ家からの解放かと問われれば、それもまた違う。

 ただ『デリック・アルドリッジの妻』からの解放だ。

 なにせ……。


「さようならデリック。貴方に感謝出来るのは、私に可愛い子供達を与えてくれた事と、『アルドリッジ家の未亡人』という最高の肩書を残してくれた事ね」


 そう今は亡き夫へと呟いて、シャロンは己の真っ赤なドレスを軽く撫でた。




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