19:審美眼と熱意の向かう先
イザベラは明確な言葉にはせず、それでいて態度ではルーシーこそが正式な後継者だと訴えていた。
だがあの話し合いの場で彼女はそれ以上は言及せず、申し訳程度に困惑の態度を見せるシャロンの反応を見ると話を終いにしてしまった。それどころか「子供達の前で話すことじゃないわね」とレイラとフィルに謝罪までしたのだ。
そのあとは互いの近況を話し合い、長閑なお茶会は終わりになった。
イザベラとルーシーは観光をしてくると出かけ、そして三日が経過しても一度たりとてその件については触れてこない。
「ルーシーを跡継ぎにしたいのなら、あのまま押し通しても良かったはず。それなのに話を進めてこないってことは、お母様の反応を窺っているってことかな」
「そうね、その可能性は高いわ。なによりルーシーはアルドリッジ家の後継者としては力不足。彼女の頭の中にあるのはドレスや装飾品の事だけ。それはイザベラお義姉様が誰より分かっているはずよ」
深刻な声色でフィルとシャロンが話す。
場所は庭園の一角。もちろんいつもの薔薇で囲われたエリアだ。
ルーシーに対するシャロンの評価は些か厳しめだが、フィルも妥当な判断だと言いたげに頷いている。
あんまりな評価だとは誰も言うまい。なにせルーシーは当事者でありながら相変わらず第三者じみた態度を貫き、先日の話し合いと言う名の腹の探り合いでも紅茶を堪能するだけだったのだ。
「この間も『ちょっと出かけてくる』っていうから周辺の視察や根回しかと思ったのよ。そうしたら、夕方に嬉しそうに布と本を抱えて帰ってきたわ」
「僕も『フィルに言いたいことがあるの』って真剣な顔で話しかけてくるから、てっきりアルドリッジ家についてかと思ったんだ。まさか僕に似合うネクタイの色と柄を教えてくれるなんて……」
ルーシー相手では、自分達の警戒が悉く空回りしてしまう。そうシャロンとフィルが肩を竦める。
やはりルーシーの頭の中にはドレスや装飾品の事しかなさそうだ。むしろそれらが人並み外れた量で詰まっている。
イザベラには残念な話だが、『アルドリッジ家当主になる』という考えは欠片も持っていないのだろう。
次いでシャロンが視線を向けたのは、薔薇の生垣を眺めるレイラ。
ここ最近、彼女は花の手入れや庭園の整備に興味があるらしく、今もアーチを整えるエドワードの横について真剣な表情で眺めている。あれこれと質問もしており、真似事なんてしだす始末。
「仮にルーシーがレイラみたいに優れた女性だったなら、イザベラお義姉様も本気で家督を奪いにきたでしょうけどね。……それとも、もしかしてイザベラお義姉様はレイラを味方に引き込んで、レイラに家督を継がせようとしているのかも」
そうシャロンが冗談交じりに話せば、聞こえていたのかレイラがパッと振り返った。それに合わせて、銀色の美しい髪がふわりと揺れる。
眉根を寄せて怪訝な顔をし、挙句に「冗談はやめて」と一刀両断してきた。
「アルドリッジ家はフィルが継いで、私は素敵な殿方と結婚して家に繁栄をもたらすの。前々からそう話していたじゃない。それが私の幸せよ」
「奇遇ですね、レイラ様。私も同じ幸せを目指しております。格上の素敵な女性と結婚して、己の地位を今より高め、庭師人生では得られない権威と名声を得る。それこそが幸せというものです」
レイラの訴えに、エドワードが便乗して己の理想を語る。普段通りの爽やかな笑みを浮かべ、果てには「お互い頑張りましょう」とレイラを鼓舞するではないか。これにはレイラも眉を顰め「玉の輿同盟……?」と呟いた。些か不服そうだが、その不服そうな表情を見てエドワードが更に笑みを強めるのだから、相変わらず喰えない庭師だ。
だが庭師としての技術は高く、冗談交じりに話しながらも手元では慣れた手つきで生垣を整えていく。
そんなエドワードと、そして彼の足元に庭いじりの道具が並んでいるのを見て、シャロンは彼を呼んだ。
「随分と大がかりに変えるみたいだけど、何かあったの?」
「先日、ルーシー様が庭園内を指摘して回られたんです。幸いこの薔薇の一角への指摘はありませんでしたが、さりとて感嘆の吐息も無く、『綺麗ね』の一言のみでした。それがどうにも……」
「なるほど、ルーシーも相変わらずね」
「悔しいかなご指摘は全てごもっとも。ルーシー様の審美眼は本物です」
どうやらルーシーのそっけない態度はエドワードの庭師魂を燃えあがらせたようだ。
いや、燃え上がっているのは彼だけではない。思い返せば、庭園では他の庭師もせっせと仕事をしており、屋敷内もメイドが慌ただしく働いていた。
シャロンも、今朝は早くから新調するカーテンの色合いを確認させられたり、絨毯はどうの通路に飾っている花はどうのと報告されている。――生憎とシャロンはそこまで屋敷内の装飾に拘りが無く、何度「勝手にやって」という言葉を飲み込んだか――
なにより……。
「そういえば、朝一にルーシーからメイド服の変更案を手渡されたわ」
「メイド服の変更案ですか。そういえば、野暮ったいだの古臭いだのと言われたとメイドが話していましたね」
「えぇ、それも全部自分でデザインしたんですって。デザイン画の束を渡されたわ」
呆れた口調でシャロンが話す。
ちなみにその変更案は、目を通して近くに居たメイドに手渡しておいた。「貴女達が着るものだから、皆で相談して決めて」とそれらしく告げたが、内心は「好きにして」である。
「屋敷をルーシー色に染められるのはご免だけど、滞在中は好きにさせておくわ。気に入らなければ後で戻せば良いだけだもの。それに、エドワードの言う通り彼女の審美眼は本物なのよね」
目を通す程度にしか見ていないが、どのデザイン案も優れていた。
メイド服ゆえ華やかさや煌びやかさは無いが、お洒落と感じるデザイン。だが浮ついた印象はなく、アルドリッジ家のメイドとしての格調高さや厳かさを感じられた。けして前には出ず、それでいて主人や屋敷を引き立てる。もちろん実際に着て働くメイドの事を考えて機能性も考慮されている。
デザイン案を見た後に既存のメイド服を前にすると、なるほど確かに野暮ったく古臭いと感じてしまうほどだ。
そんなデザイン案を束になるほど用意したのだから流石と言わざるを得ない。
「あの熱量を家督奪還に向けていれば、きっと母子ともに手ごわい敵になったわね」
肩を竦めながら話せば、フィルも苦笑し頷くことで同意を示してきた。
そんな会話の中、シャロンはふと他所に視線を向け「あら」と声を出した。こちらに向かってくる一人の女性を見つけたからだ。
次いで「お客様ね」とフィルに声を掛け、彼と、そしてレイラとエドワードにも第三者の接近を伝えた。