13:やんちゃ子息の火遊び
それから数日後、シャロンは再びハミルトンの誘いに応じることにした。
演奏会からの夕食。
今夜のエスコートもまた見事なもので、シャロンが褒めれば「子供が背伸びしているだけです」と照れくさそうに笑う。
あどけなさを感じさせるその表情は、仮にシャロンが単なる年上の夫人であれば胸を焦がしていただろう。可愛い、いじらしい、と絶賛していたかもしれない。
あえて子供っぽさを出し、釣り合えるよう頑張っているとアピールすることで相手を立て、母性をくすぐる作戦に出たようだ。年上の女を落とすときの常套手段か。
おおかた、シャロンに対する認識を『社交界の右も左も分からぬ女』から『一筋縄ではいかぬ年上の女』へと変えたのだろう。
だが残念なことに、既にシャロンは『一筋縄ではいかぬ年上の女』どころか『二児の母』に切り替わってしまったのだ。しかし今はまだハミルトンには気付かれぬよう、彼が振りまくあどけなさには胸を打たれるような素振りを見せておく。
◆◆◆
「シャロン様、貴女は不思議な人だ。会うたびに貴女をもっと知りたいと思ってしまう」
熱っぽい声色でハミルトンが告げてきたのは、夕食の後、場所は彼の家の庭園。
別れが惜しいと訴える彼に絆され、シャロンは連れられるままハミルトンの家を訪れていた。酔いを醒ましたいと案内された庭園は見事なもので、少し肌寒い夜風が酒で火照った体に心地よい。
夜遅い時間だからか、もしくは事前に人払いを命じていたのか、周囲に人の気配もなく、サァと噴水の軽やかな水音だけが聞こえてくる。
「故人を悪く言うのは気が引けますが、貴女みたいな素敵な人と結婚できたのに、家庭を顧みずにいたデリック・アルドリッジが信じられません」
「まぁ、そんな」
「僕ならば貴女を無下になどしないのに。……でも、貴女を他の男の目に晒したくなくて閉じ込めてしまうかもしれない」
「嫌だわ、冗談を。そうしたら私は結局社交界に出られないじゃない」
ハミルトンの話に、シャロンが上機嫌で笑う。彼の話を面白がる気持ちと、そして熱意的なアピールが満更でもないという気持ち、それらが混ざった笑みだ。
それを好機と見たのか、ハミルトンがシャロンの手を取り、ぐいと身を寄せて正面から見つめてきた。
身長は比較するまでもなくハミルトンの方が高く、頭一つ以上の差がある。だというのにまるで上目遣いで見つめられているように感じるのは、それだけ母性をくすぐるのが上手いということか。
しれっと一人称を『俺』から『僕』にしているのも巧みだ。指摘しても、どうせはにかんで「貴女の前で男らしくありたかったので無理をしました」とでも言う気なのだろう。
「シャロン様、貴女をもっと深く知りたい。駄目でしょうか」
「ハミルトン様……」
「今夜は帰らないでください。どうか僕に、誰も知らない貴女を教えてほしい……」
どこか熱っぽい声でハミルトンが求めてくる。
それに対して、シャロンは僅かに躊躇いの表情を見せて返した。
だが手を解くことはしない。もちろん彼と距離を取ることも。ただ顔をよそに向け、「そんな」と躊躇いがちな声を出すだけだ。
その表情に色香を感じ取ったのか、ハミルトンの瞳が僅かにぎらつく。あどけなさを残す青年とは思えない、男の目だ。
きっとシャロンの態度を思わせぶりな駆け引きと取ったのだろう。もしくは、駆け引きどころかあと一押しを欲していると思ったのかもしれない。
「シャロン様……」
ハミルトンが普段より少しばかり低い声でシャロンを呼ぶ。
次いで縮まった距離を更に詰め、顔を寄せ……。
「嬉しい。私のこと、すべて、受け入れてくれるのね」
というシャロンの言葉に、そして少しばかり強調された「すべて」という単語に、ぴたと動きを止めた。
「すべて?」と聞き返してくる声は些か間が抜けている。
それを聞き、シャロンは穏やかに微笑んで彼の胸元にすり寄った。まるで主人に甘える子猫のように。それでいて表情は妖艶で、上目遣いにハミルトンを見上げた。
改めてもう一度「私のこと、すべて」と言い直す。
すべて、とはもちろんすべてだ。
「私のことも、私の今までのことも、アルドリッジ家のことも。もちろん子供達のことも。すべて受け入れてくれるのよね?」
「い、いえ、それは……」
「ハミルトン様、私が寄りかかれる殿方になってくださるのね。嬉しいわ。あの子達にもまだ父親が必要だと思っていたの」
「ち、父親だなんて……。それに、レイラ様もフィル様も、僕と年齢がそう変わりませんし……」
「私だってあの子達と十歳程度しか変わらないんだもの、年齢なんて親子の絆には関係ないわ。それにあの子達はどうにも子供っぽくて」
まだ子供っぽさの残る二人に比べて、ハミルトンは大人だ。きっと良き父親となってくれるだろう。
そうシャロンが擦り寄りながら告げる。ハミルトンが次第に青ざめていくのがわかるが、それについては気付かないふりをしておいた。夜の暗さのせいとでもしておこう。
「いえ、ですが僕には婚約者が」
「クラリスよね? ハミルトン様は気になさらないで。彼女の家との取り決めなど、アルドリッジ家の権威の前では些末なもの」
「そ、そんな、彼女とはいずれ……」
ハミルトンの声が僅かに震えだすが、シャロンはそれすらも気付かぬふりをした。そのうえ「彼女はお子様すぎるんでしょ」と過去のハミルトンの言葉を用いて笑う。
だが事実、アルドリッジ家とクラリスの家では同じ貴族とはいえ大きな差がある。
仮にシャロンがアルドリッジ家の権威を使ってハミルトンとクラリスの婚約を白紙に戻したとしても、誰も文句は言えないだろう。陰では言いたい放題だろうが、耳に入らなければ同じこと。いや、耳に入ったとて気にしなければいい。
誰にも文句は言わせない。……誰も文句を言ってくれなかったのだから。
「大丈夫よ、誰にも私達の邪魔なんてさせない。それに私、ハミルトン様になら閉じ込められても構わないの。だから幸せになりましょう。親子四人で」