12:恋に悩むご令嬢(2)
ハミルトンの婚約者であるクラリスは、今年15歳になるまだ年若い令嬢だ。
茶色の髪は少し強めのウェーブを描き、レースとリボンのヘッドピースが愛らしさを感じさせる。まるで人形のような外見である。それも、職人が愛と熱意を注ぎ込んで作り上げた特注の人形だ。
だがその可愛らしい顔に、今は強い決意と厳しさを見せていた。愛らしい人形には似合わぬ表情。
「お待たせしてごめんなさいね」
「あ、あの、シャロン様、突然のご訪問、申し訳ありません」
「いえ、気になさらないで。それで、何か話があると伺っているのだけど」
「ハミルトン様の事です! シャロン様、いったい何をお考えなんですか!」
クラリスがきつく睨みつけてくる。
だがシャロンは臆することなく「そのことね」と返して彼女の正面に座った。紅茶を手配したメイドに下がるように告げて、部屋に二人きりになる。
ひとまずクラリスにも座るよう促し、ふぅと一息吐いて紅茶を飲む。
優雅な所作のシャロンに対して、それを睨むクラリスの眼光は鋭い。
「ハミルトン様が、最近シャロン様にご執心だと聞きました」
「えぇ、彼ってば毎日手紙をくれるのよ」
隠すことなくはっきりと告げれば、クラリスが小さく息を呑んだ。
小さな手をきゅっと掴んで、僅かに俯いたものの、眉間に皺を寄せてパッと顔を上げる。
「シャロン様はハミルトン様より年上ではありませんか。それなのに……」
「あら、でもたったの5歳差よ?」
気にする年齢差ではない、とシャロンが断言する。
シャロンは今年25歳、ハミルトンは20歳。その差はたった5歳である。年齢差だけで考えればクラリスとハミルトンの年齢差と同じだ。
それを指摘すれば、クラリスが僅かに言い淀んだ。
「で、でも、シャロン様の方が年上ですよね」
「確かに女性の方が年上なのは珍しいけど、あり得ない話じゃないでしょ。それに年齢差なんて、外野に言われたところでどうにか出来るものじゃないでしょ」
自身は30歳も年上のデリックに嫁がされた。その際に誰もがアルドリッジ家の名に恐れをなして異論を唱えなかったのだから、シャロンもまた年下の子息と恋をしたっていいではないか。
誰にも文句は言わせない、今更外野の横槍など聞く気にもならない。
その考えをクラリスも察したのだろう、彼女はシャロンを咎めるように更に眼光を鋭くさせた。隠そうともしない敵意を感じさせる。
あからさまな態度に、シャロンは冷ややかにクラリスを見つめた。
今でこそクラリスははっきりとした口調で話をしているが、エドワードの調べでは彼女はハミルトンには強く出られないという。
二人の家の力関係、それと惚れた弱みというものか。ここまでシャロンに対して敵意を露わにしているところを見るに、後者の割合が高そうだ。
ハミルトンを愛し、彼の浮気性を知ってなお、他所の女のもとへと向かう背中を見送るだけ。
デリックからの愛など不要と切り捨て、アルドリッジ家の名を得るためと開き直ったシャロンには理解できない心境だ。
「それほどお困りなら、ハミルトン様に直接仰ったらいかが?」
「そんな……! そんなこと、出来るわけがありません」
「あら、どうしてかしら。そもそも私は彼と一度食事をしただけよ。それだって彼の方から誘ってきたから応じたに過ぎないし、貴女と婚約しているのを知ったのも誘われたあとだったのよ」
右も左も分からぬ社交の場、そこで声を掛けてきたのがハミルトンだった。誘われるままに食事に出かけたが、実は彼には婚約者がいた……。
つまりシャロンは騙された身である。
そう話せば、クラリスがぐっと言葉を詰まらせた。
シャロンの言い分も分かるのだろう。
視線を泳がせ、しばし考えこみ……、
そして最後に、しょんぼりと項垂れてしまった。
「……そう、ですね」
と呟かれる声には、先程までのような覇気は一切無い。
ここまでは憤りに任せて進めたが、シャロンの正論を受けて張り詰めていたものがふつりと切れてしまったのだろう。
肩を落とし身を小さくする姿は、元の愛らしさと相まって憐れみを誘う。
「確かに、こんな浅はかな行動に出るなんて、こういうところが子供じみていると言われるんですね。ハミルトン様が私を見てくださらないのも当然です……」
自らの非を認め、クラリスが切なげな溜息を吐く。
次いで深々と頭を下げた。
「突然の訪問のうえ、このような無礼をどうかお許しください……」
真摯に謝罪するクラリスに先程までの威勢はない。
ゆっくりと顔を上げれば眉尻はこれでもかと下がっており、幼い顔つきをより幼く見せる。そのうえ、令嬢らしい謝罪では足りなかったのか、「ごめんなさい」と一人の少女としても謝るのだ。
まるで親に叱られた子供のようではないか。
これにはシャロンも言葉を詰まらせ……、
「私も言い過ぎたわ。そうよね、貴女だって精一杯悩んだんたもの。失礼だなんて思わないわ、もう謝らないで」
と、彼女を必死で宥めた。
一瞬で絆されてしまったのだ。
なにせクラリスは十五歳。レイラとフィルと同い年である。シャロンからしてみればまだまだ子供でしかなく、しょんぼりと俯いて謝る姿に子供達の姿が重なってしまう。
とりわけ彼女の外見は実年齢より幼く、レイラ達と並んでも二つ三つ年下に見られるだろう。
そんなクラリスが俯き、弱々しく謝罪をしてくる。これに胸を打たれるなという方が無理な話だ。
そして同時に、ハミルトンの薄情さに怒りが湧く。
今までは『若気の至り』と思えてきたが、こんなに愛らしい少女を悩ませるなんて許されない不届き者だ。
シャロンが厳しい口調で訴えれば、クラリスがきょとんと眼を丸くさせた。大きな瞳をぱちくりと瞬きさせる様はより子供らしく、シャロンの庇護欲を更に燃え上がらせる。
「若気の至りだろうと火遊びだろうと、不誠実な男を許してはおけないわ。私に任せなさい」
「で、ですが先程まで、シャロン様は私がハミルトン様と話し合うべきだと……」
「それはアルドリッジ家夫人としての意見。そして今は、アルドリッジ家の母としての意見よ」
気が変わったわけではなく、ましてや手のひら返しをしたわけでもない。もちろんクラリスに同情して自分の考えを覆したなんてことも無い。
ただ、先程までは『大人の女』として話し、そして落ち込むクラリスの姿を見た途端に『子供を持つ母親』に切り替わっただけである。
そして母親に切り替わったからこそ、不埒な男は許せなくなる。
「火遊びも程々にしないとどうなるか、教えてあげたほうがよさそうね」
そうシャロンは呟いて、やんわりと口角を上げた。