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11:恋に悩むご令嬢(1)

 


 あの夜以降も、ハミルトンからの手紙は届いた。もちろん花も添えて。

 どうやらお預けを食らったことで彼の狩猟本能に火が付いたようで、文面からは以前にも増して熱意が感じられる。だが連れ出そうとする直接的な誘いはしないあたり、ハミルトンなりに『待て』の命令を守っているのだろう。

 もしくは『待て』の命令を守る姿勢を見せることで、シャロンの「よし」の一言を期待しているのかもしれない。

 それでいて時折さり気なく色気づいた言葉を綴ってくるあたりも、なんとも巧みではないか。忠実に『待て』を守る犬がチラと乞うように主人を見上げる、そんな光景が便箋から思い浮かぶ。


 これもまたハミルトンの戦略なのだから、やはり相当女遊びに長けている。

 順風満帆な人生を歩み結婚生活に少しマンネリ感を抱いている夫人であれば、若く健気な青年の一途さを見せつけられて胸を焦がすのかもしれない。

 可愛い、とそんな事を思い、一夜くらいなら……と誘いだされてしまう者も出かねない。


 だが残念ながらシャロンはそんな気持ちにならず、ハミルトンの一途な手紙にも気まぐれに返事を出すだけだ。

 そしてその気まぐれが、彼の心をより激しく燃えさせる。

 ただの火遊びのはずが大火事になり始めているのだが、もちろんハミルトン本人は気付いていないだろう。



 ◆◆◆



 そんなある日、シャロンは庭園の一角でお茶をしていた。

 エドワードが作った、薔薇の生垣で囲われた一角だ。今日はフィルとレイラも居り、親子三人で長閑にお茶を楽しんでいた。

 ちなみに給仕はエドワードである。庭師の仕事ではないが、彼はこの薔薇の一角にシャロン達以外が入るのを好まず、ここでのお茶だけはいつも支度と給仕を担っている。


 テーブルの上には、紅茶とお茶請けのクッキー。

 そして今朝もまた届いたハミルトンからの手紙と花。それをエドワードがチラと一瞥した。

 なんとも言えない表情だ。一見すると普段通りの笑みではあるが、心なしか不満気である。

 それに気付いたシャロンは、彼とテーブルの上を交互に見た。


「気になるなら、その花は貴方にあげるわ」

「……よろしいのですか?」


 どうぞ、とシャロンが片手をヒラと振って促せば、エドワードがそれならとテーブルに置かれた花を手に取った。黄色い美しい花だ。同色のリボンが巻かれている。

 エドワードはそれをしばし見つめると、傍らのティートロリーの籠にさっと入れてしまった。

 貰ったにしてはぞんざいな扱いではある。けして主人から譲りうけた物の扱いではなく、ましてや庭師としての花の扱いでもない。

 だが、そもそも彼は花を欲していたわけではないのだ。


 エドワードはこの薔薇の一角を作り上げ、そしてシャロン達以外が足を踏み入れることを快く思っていない。

 強い拘りで徹底していると日頃から思っていたが、どうやら花さえも許せないらしい。


「嫉妬深い男」とシャロンは心の中で呟いた。


「それにしてもハミルトンは熱心ね。つれない態度を取っていれば他所の女のところに行くかと思ったけど」

「調べた限りでは、ハミルトン様は他所の女性に手を出しては、仲間内で自慢し合っているようですね。さながら狩猟の成果を競い合うかの如く」

「なるほど、それで私に粉をかけてきたのね。今まで一度たりとも社交界に姿を現さなかった、噂の渦中にある未亡人。確かに自慢できる獲物だわ」


 己を獲物と称してコロコロと上機嫌でシャロンが笑えば、エドワードもまた楽しそうに「シャロン様が獲物ならば夢中になるのも仕方ありません」と冗談に乗って笑う。

 大人の余裕というものだろうか。対してレイラはハミルトンに母が侮辱されたと不満そうで、フィルに至っては母の発言もまた問題だと言いたげである。


「お母様、もう少し品のある話を。せめて言葉を選んで」

「あら、フィルってば真面目ね。でも社交界で生きるならそれぐらい真面目な方がいいわ。世には男を手玉に取る怖い女性がたくさんいて、素敵な男性をものにしようと常に虎視眈々と狙っているのよ」

「お母様!」


 言ったそばから! とフィルが声をあげた。

 どうやらこの手の話は苦手らしい。真面目に育てすぎたかしら……とシャロンが思わず考える。

 真面目で誠実なのは良いことだが、多少は遊び心も必要だ。真面目一辺倒では予想外の事態に陥りかねないし、それを狙う女も世には多いのだ。

 もちろん、適度な遊び心である。デリック・アルドリッジのような度の過ぎた遊び心はいただけない。――そもそもあの男の不誠実さは遊び心などという軽い表現では済まされないが――


 だがそんな雑談も、アーチからメイドが顔を覗かせると同時に終いとなった。

 入るのは気が引けるが用事がある、と態度で示すそのメイドに、エドワードがいち早く気が付いて歩み寄る。

 なにやら言葉を交わし、メイドがこちらに一礼して去っていった。


「シャロン様、お客様がお見えです」

「私に? 誰かしら。予定はないはずだけど」

「それがどうやら……」


 その名前を聞いて、レイラとフィルは眉をひそめて顔を見合わせた。

 対してシャロンはわざとらしく「まぁ」とだけ呟いた。テーブルの上を見れば、今朝も届いたハミルトンからの手紙が置いてある。これを持っていくべきかと考え、さすがにそれは意地が悪いかと思ってやめた。


「お待たせしたら悪いわね。それじゃフィル、レイラ、お母様はちょっと席を外すわ。エドワード、長くなりそうだから私の分は片付けてちょうだい」

「かしこまりました」

「お母様、行くの? 大丈夫なの?」

「そうだよ。来客って言っても……」


 フィルとレイラが歯切れ悪く引き留めてくる。

 だがそれに対してもシャロンは優雅に笑ってみせた。

 アルドリッジ家の夫人として、来客を待たせるわけにはいかない。



 たとえその来客が、ハミルトンの婚約者だとしても。




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