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君が本を閉じるまでに  作者: れおぽん
9/11

 そうだ。


 彼女は、彼女だったんだ。


 出会ったことも忘れて今まで生きてきた。


 あの出会いの日のうちに退院が決まって、それはただの一目惚れのまま終わったんだ。


 彼女は道で目を惹かれる美人と何も変わらない。


 あの頃の僕にとって、彼女はそんな無意識の片隅に消えていた。


 それでもあの時彼女に心を奪われたのは事実で、真実で。


 気づけば足が勝手に動いていた。


 父の靴を履いて飛び出たことも、飛び出した先で車に轢かれかけたのも、僕の意識に干渉することはなかった。


 斎場の場所は分かっていた。


 公園のベンチから見える場所にあったからだ。


 でも道端に立てかけられた看板に見知った名前はなかったはずだ。


 下に名前が同じだからってそれはただの他人の葬式で、僕には関係のないものだとばかり。


 思えば彼女が後ろの大樹を好きだといったのも、僕に葬儀の場を見させたくなかったからかもしれない。


 とても冠婚葬祭にはふさわしくない格好の僕を、黒服に身を包んだ人々は凝視した。


 それでも奥に進む。


 奥へ、奥へと。

 

「君、まひろくん?」


 不意に飛び込んできた高い声に僕は足を止めた。


「まぁ……大きくなったのね。私のこと覚えているかしら」


 そこには、彼女が――いや、彼女の母親がいた。


 一度病院で見たことのある顔。


 隣で花瓶に花を移し替える姿を見たことがあった。


「あなたは藤田さんの、お母さんですよね」


 だが僕の言葉になぜか驚いていて、


「あなたと初めて会ったときは”もう”黒沢の時じゃなかったかしら。なんでその名字を?」


「――彼女に、教えてもらいました」


 彼女の母親は少し考えてから、


「いいえ、そんなはずはないわ。だってあの子は……あれから一度も病院を出られなかったのに」


「いいえ。確かに彼女に教えてもらいました」


 わかっている。


 僕の隣にいた彼女は、彼女であって、彼女ではない。


 僕たちは今日公園で、あるはずのない邂逅を果たしたのだから。


 葬式をやってるすぐ近くで、その仏様と話せるなんてね。


「じゃあ、お見舞いに来てくれたことがあったのかしら」


「いいえ。僕と彼女はあの日以来一度も会っていませんでした」


 そう、三日前のあの日までは。


「だったら、あの子に教えてもらうなんてできないじゃない!」


 彼女の母親は言葉を強め、「ふざけたこと言わないで」と僕のことを鋭い目つきで睨む。


「でも、三日前、彼女に会いました。図書館で。初めて会った時とは違ってメガネをしていました。僕が勉強している横でずっと文庫本を読んでいました――」


 そう言って、思い出す。


「――そういえばあの本、栞……」


 僕があの日の情景を思い出してそれを口にしたとき、彼女の母親の目からは大粒の涙が溢れ出していて。


 あれは、僕が彼女にあげた栞だった。



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