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君が本を閉じるまでに  作者: れおぽん
6/11

大樹の導き

 僕が彼女の名前を知ってから、一つ目の夜が明けた。


 いつもよりも朝日が眩しくて辛く感じたはずの朝なのに、僕はなぜか満たされていた。


 父のがさつさにも苛立たず、母の臭いおならにさえ心は穏やかなままだった。


「母さん。臭いぞ」


「嘘! まひろが何も言わないからばれてないと思ったのに!」


 そんな馬鹿っぽいやり取りも、僕は諦観していた。


 そんないつもとは様子の違う僕をやはり不思議がる母であったが、父は相変わらず僕には興味がないようだ。


 冬休みもまだ始まったばかり。


 僕が昼間から図書館にいけるのはすでに学校が冬休みに突入しているからに他ならない。

 

 僕は日課である朝の散歩をしに近くの公園へ向かった。


 これだけ寒いんだ。外に出れば自然と目が覚めた。


 両手を防寒に着たロングコートのポケットに突っ込み、さらにその中に仕込んだカイロで温まった。


 やはりこの時期は少しの風が肌を刺激する。


 冬休みといっても平日は平日。


 町は出勤の時間帯で忙しそうだった。


 父も僕が家を出るときにはもう出社していたし、母もどこかに出かけたようで僕が鍵をかけなければいけなかった。


 木々は葉を落とし、なんとも寒そうだ。


 まるで父の頭のみたいに。


 数分歩いて僕は公園にたどり着いた。


 誰もいない公園は寂しいもので、風に軋む無人のブランコがやけに不気味だ。


 僕は木製のベンチに腰かけ、深く呼吸をした。


 朝の澄んだ空気はとてもおいしい。


 味云々ではない美味さは空気にしか感じないかもしれない。


 見上げた空は一面鮮やかな青一色でいつまでも見ていられそうだった。


 そんな空が僕に思い出させるのは昨日の情景で、彼女に差し込んだ夕日が何度も頭の中で映されていた。


 あの景色を写真に収めてコンテストにでも出したら入賞すること間違いない。


 そんなことを考えていたのが神様にでも通じたのかもしれない。


 気づけば彼女が目の前にいた。


「おはよう。まひろくん」


「おはよう」


 突然のことに僕はロボットのように返答するだけ。


 そんな僕を笑ったのか否か。

 

 彼女は微笑んでいた。


 指と指を絡ませたそのたたずまいはどこか可憐で、儚げで。


 それでもやはり、自然と見惚れていた。


「なんで、ここに?」


 そう僕が尋ねると、彼女は僕を指さして言った。


 いや、僕のさらに奥を指さしたんだ。


「あれを見に来たの」


 彼女が指さしていたのはこの公園に数百年とある大木だった。


 僕は大木の方を振り向いて考えた。


 なぜ彼女はこの木を見に来たのだろう。

 

 人の行動のすべてに理由を求めていたらキリがないけど、精一杯頭を働かせた。


 実はこの大きな木がパワースポットとして有名だとか、この木にはリスが住み着いているとか、はたまた彼女は大木マニアだったりするのかも。


 いくら考えてもそれらしい答えは得られなくて、


「この木を見てるとね、すごく命を感じるの」


 すぐ横からの声がして、それはいつのまにか僕の隣にいた彼女のもので。


 彼女は僕を見て。


 ずり落ちたメガネを直して。

 

 また僕を見て。

 

「ずっと好きだったの」


 彼女の視線は僕をまっすぐと見つめていて、そらすことなんてできなかった。 


「僕も、好き……かもしれない」


 そんな曖昧な、逃げたようなセリフしか言えない。


 

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