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君が本を閉じるまでに  作者: れおぽん
4/11

名前を知っている彼女

彼女に初めて出会った次の日。


昨日の遅れを取り戻すためにも、今日こそはしっかりと勉強しなければ。


そう固く決意して、僕は図書館に向かった。


いつものように一階の勉強スペースは学生で埋め尽くされていて、僕は二階のカウンター席へ向かった。


僕だけの空間。


僕だけのはずだった空間。


前日のことがどうしても脳裏にチラついた。


階段を登りきると、いつもと何も変わらない会議スペースが見えてきた。


昼間の誰もいない、僕だけの空間。


僕はいつものカウンター席に腰かけ、早速参考書を机の上に並べた。


大きなあくびをした後で、なにか足音が聞こえた。


まさか。


彼女だった。


しかし今日は僕の隣ではなく、全く離れたところに席をとった。


ほぼ端と端。


そんな昨日とは全く違う彼女との距離。


少し拍子抜けした僕だったが、これなら変に気を取られることなく勉強に集中できる。


視界にさえ入らなければ、彼女を意識することも無い。


実際、僕は勉強に集中することが出来た。


図書館に来てから三時間くらい。


僕も彼女も一度として席を立たず、あっという間に時間が過ぎていた。


勉強も一段落し、一息ついた時。


ふと無意識に彼女の方を見てしまった。


彼女は凛とした姿で、文庫本らしきものを読み進めていた。


髪を耳にかける仕草はもはや気品しか感じない。


その全ての挙動がなにかのフィルターにかけられたように美化されている気がする。


しかし、彼女は昨日のように僕の方を向くことはなかった。


結局、もう三時間。


今日は昨日の分を取り戻せたかもしれない。


そう少し感慨深くなっているとあることに気がむく。


今日図書館に来てから六時間。


その間、彼女は多分一度も席を立っていない。


なにか物音を立てた記憶もない。


聞こえるのは文庫本らしきものをめくる静かな音だけ。


しかし僕にはもう限界だ。


今日のところは帰ることにしよう。


そう満足したところで、僕は帰り支度を始めた。


リュックを膝の上に乗せ、帰宅前に大きく伸びをしたところで突然肩を掴まれた。


僕の右後ろから顔を覗かせたのは、彼女だった。


僕が驚いている姿に微笑し、「昨日はごめんね」と僕の肩に手は置いたまま。


どうやら彼女は昨日のことを気にしていたらしい。


僕の勉強の邪魔をしてしまったと。


「いいんだ。僕が勝手に緊張してただけだから」


そう言うと、「私の事、意識してくれてたんだ」と彼女が返す。


なんてことを言ってしまったのだと、顔が熱くなった。


「当たり前でしょ……あんなに近くにいたら、意識もするよ」


開き直っていることがバレたのか、気づかれなかったのか。


多分気づかれていたんだけど、彼女は少し微笑んだだけで、それ以上に僕に何か言うことは無かった。


すると彼女は僕の肩に置いた手を外し、昨日と同じ場所に腰かけた。


椅子をくるりと回し、僕の方を向いた彼女と目が合った時、気づけばこんなことを口にしていた。


「君の名前を聞いてもいいかな」


彼女は少しはにかむと、からかう様にこう続けた。


「レディーに名前を聞く時はまず自分から名乗るものだよ」


人さし指を振り、片目をつぶって僕を可愛らしくあやした彼女に、自己紹介をする。


「僕の名前は――佐伯まひろ」

「私の名前は――藤田夕陽」


この時、僕の中での彼女は、"名前も知らない彼女"から"名前を知っている彼女"になったのだった。

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