3/11
僕と彼女のイヤーピース
不意に彼女が目を開けて、僕と目が合った。
焦った僕は目を逸らし、必死に参考書に意識を移そうとする。
それでも不敵に笑う彼女から他に興味を移すことなんてできなかった。
彼女の笑った顔は、やはり可愛かった。
時間が止まっているように感じて。
それでも時計は不変の速度で時を刻む。
まだほんの数分のことなのに。
僕にはわかる。
このままでは受験勉強に集中できないまま時間が過ぎてしまう。
この時期の数分は余計に重く感じる。
その日僕は、早々に帰宅することを決めた。
「ごめんね。僕は帰るから、イヤホン外してもらってもいいかな」
そう言って淡々と彼女からイヤホンを受け取ると、さっさと席を離れた。
決して振り返らずに。
丁度、部屋の出口まで来た時、「バイバイ」という彼女の声が聞こえた。
僕に手を振る彼女が容易に想像できる。
それでも僕は彼女に一瞥することもなく、図書館を後にした。
たったの数十分で帰ってきた我が子を見て僕の母はとても不思議がっていたけど、適当な理由を言って場を濁した。
結局、僕はその日何も手がつかなかった。