晩餐会 3
~全魔導士のアインレーベン~
テーブルに並べられた食事は、なくなることを知らないかのように、未だ依然そこにある。
しかし誰も手を付けていないというわけではなく、きちんと皆が食事をしても尚のことだ。
そしてそれはアデレアも同様。
とてもおいしい食事に少しずつ手を付け、その小さなお腹を満たしていく。
それは当然ミラがよそってくれた食事で、先程まで話していたリリアーナ姫が遠くで別の偉族達に囲まれている姿を見ながらゆっくりと口へ運んでいた。
隣でその光景を見るミラは口を開く。
「アデレア様。
リリアーナ皇女の事、気になりますか?」
「うん。」
「あれ、アデレア様、もしかして皇女様の事をお思いに?」
「ううん、そうじゃなくてね。
ただ...。」
呑気に冗談めかしくそう口にするミラに、未だ皇女を眺めながらその真意については表に出さないでいるアデレア。
ミラも少し首を傾げ、その動向を見守ろうとするものの、アデレアが答えるつもりがないとわかると、微笑みを浮かべ目の前の景色に目を移す。
横目でそれを確認したのはアデレアだった。
そしてひっそり自分の中だけで思考を浮かべる。
(馬車の時の娘、あの子じゃなかったのかな。)
今になってさらに不安が出てきたアデレアは、初めての友達という対象に対して失礼に当たるかどうかの思考に過剰反応を示してしまう。
壇上に立っていたあの事件の時にいた男の人。
格好は違えど顔は一緒のはずだし、近しい間柄であるならばあの時声をかけられたことも何かの繋がりがあるのでは?
そう考えるとますます目が離せなくなるアデレア。
そしてそんな彼の様子を見る従者含め、皆の視線は明るい色へと移っていく。
「な、なんでしょう?」
とその突き刺さる好感触の視線に照れを浮かべながら、アデレアは周囲の従者に声を飛ばす。
バレたとなれば仕方ない、従者の皆は視線を一気に逸らすと、ミラだけが「なんでもないですよ。」と微笑みと一緒に返事をくれる。
しかしまた同じ行動をするという選択肢が無意識になくなったアデレアは、どうしようかと時間を持て余す。
そして馬車の事件のとある少女、当の本人を探していないという欠点に気が付き、照れ隠しの意味も含め例の友達の姿を探すことに専念した。
そうして辺りを見回しながら、なんの時間かわからない、そんな時を過ごしていった。
「改めまして御前を失礼いたします、陛下。
リタウレ・アル・リードレインにございます。
此度はこのような素晴らしい会へのご招待、誠に嬉しく存じます。
ここ数年間、せっかくのご厚意とその機会を無下にしてしまった無礼、どうかお許しください。」
そしてかの皇帝陛下が挨拶をし回っている様子を待ち、ついにその番が回ってきたリタウレは、丁寧に落ち着きをもって対応する。
その挨拶を受け取った皇帝陛下は、何よりも嬉しそうな顔を浮かべ、アデレア含め従者を見回して言葉をつづけた。
「いやいや、なんの。
そんなにかしこまらんでよい。
先程の挨拶でも申したが、今日は私的な会ゆえ、楽しんでくれることが何よりだ。
それに、ゴクライにはめっきり世話になっておる。」
「勿体なきお言葉です。」
「して、君がアデレアくんかね?」
優し気な雰囲気の皇帝陛下、そんな彼の視線が次はアデレアへと移る。
先程からリタウレに対しても誰とも変わることなく対応して見せている陛下のその落ち着きに、これまで鼻の下を伸ばしていた偉族達とは違う謎の風格を感じ取るアデレア。
そしてこの年にしては、考えすぎとばかりに思える彼はその余裕に負けないよう、震える足をばれないように、威厳の前に姿を顕した。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。
此方はアデレア・アル・リードレインにございます。
本日は素晴らしき晩餐会へのご招待、誠にありがとうございます。
この日が近づくにつれ、大変心待ちにしておりました。
まだ学もなく、身に着けてかなり浅はかな知識ではございます。
もし失礼にあたる作法がございましたら、心よりお詫び申し上げますのでどうかご指摘のほど、よろしくお願いします。」
「ほ...ほう。」
簡単な返事を返し、呆気にとられる皇帝陛下と目の前で綺麗なお辞儀を見せるアデレア。
そしてその後方にいる従者とリタウレは、見えないよう背中でガッツポーズ。
ついでに皇帝陛下の後方でも、リリアーナ皇女が笑顔で控えめな拍手をしていた。
そんな注目の的にいるアデレアは、皇帝陛下から思ってもない声音が聞こえたことに少したじろぎ、頭をあげてもいいものか思い悩んでいた矢先。
先に行動を起こし、口を開いたのは皇帝の方だった。
「おおお、いや、これはご丁寧にどうも。
よく来てくれたね、アデレアくん。」
そう言った彼は静かに手を差し出してきた。
作法担当のリュットに事前に教えてもらっていた情報通りでは、おそらくこれは握手の合図。
それを思い出したアデレアは謹んでお受けし、皇帝陛下の手を両手で握り返し、静かに力を強めた。
するとそこで、何やら手元にあたる感触を見つける。
堅くもなく、かといって柔らかくもなく、そして手のひらをチクチクと刺すような痛みの物体。
とここでアデレアはもう一つリュットが教えてくれていた知識、とは違う雑学的なものを思い出した。
それは握手をしたときに一緒に教えてもらっていたこと。
その通りであれば、とアデレアは皇帝陛下の手を放すとき、あえて彼の手をすべるように手を引くと、そのまま腰に手を当てて丁寧なお辞儀をした。
そして予想通り皇帝陛下の手から離れたそれは、ある意味アデレアに渡されたものと判断して、ポケットの中にそっとしまう。
一連の動きに一切の無駄のない、そして品を感じさせるその行動にて、皇帝陛下とアデレアとの間の秘密の交流が無事に終わった。
ポケットに何か入っている感触を確かに感じながら挨拶を終えたアデレアは一歩後ろに下がる。
そして偉族らしくリタウレと皇帝陛下の世間話が始まった。
誰にも気づかれていないのか、辺りを見渡すことができないアデレアはドキドキしながら一点を見つめながら、心の中で笑みを浮かべた。
こういう秘密の交流とやらは、緊張もするし何やら悪い事をしているような気分がするが、どこか楽しみすら感じることができたアデレアは、少し遅れて落ち着きを取り戻す。
顔の熱がなかなか引かない胸躍るような密交(秘密の交流)に、この年でそのすばらしさを見つけてしまったアデレアだった。
「アーデレーア君ッ!」
と突然聞こえた声と、肩に乗せられた手に大げさにも思える驚きの声を出し、振り返ってその正体を視界に映す。
そこには今まで皇帝陛下の後ろに控えていたリリアーナ皇女が笑顔でアデレアを見つめていた。
密交がばれたのではないことを安心したアデレアは、一息で胸をなでおろし、改めて笑顔で姫様に対応する。
「どうなさいましたか?」
「ううん、お父様がお話をなさっているので、私もアデレアくんにって。
さっきの挨拶すごかったね!
アデレアくん本当に5歳なの?」
確かに大人びていることには変わりないが、生まれて今日まで5年しか経っていないのもまた事実。
嘘偽りのないアデレアの「はい。」という返事に、じっと目を見てきたリリアーナもそれが本当だとわかると「すごいねぇ。」と再度褒めてくれた。
「ありがとうございます。」
「うん、今回はちゃんと褒めたよ。
今日は楽しい?」
「はい、とても。」
「それもまたよかった。
私もすごく楽しいの、アデレアくんと友達になれて、初めてこんなに大勢の方々とお話しできて。」
「え、友達って―――――」
「へッ、あぁいや。
違く...なくて、えっと―――――」
ついに失言した。
それを見逃さなかったアデレアは、会話の流れで彼女が確かに馬車での少女と同一人物であることを確信し、未だ隠したがる彼女を思って助け舟を出した。
「此方も嬉しいです。
お友達だと思っていたのが此方だけではなくて!」
両者承認での友人関係ではなく、今しがた友人関係が認められたということを前面に出す返事に、助けられたとばかりにリリアーナは乗っかって話を続ける。
その後はアデレアが住んでいる場所、リリアーナの勉強の事だったり、魔術の事などを重点的に会話をした。
一つ一つの話に、真剣に笑顔を浮かべて笑ってくれる両者は、とても話やすいと同じ感情を抱き、ともなれば余計なことまで口走りそうになって急いで止めることの繰り返し。
アデレアも魔術に関することは今はまだ使えないということで話を通し、何とか話題を切り抜けたり。
そんなこんなでお互いのことをよく知ったのだろうかという頃合い。
その二人の間の楽し気な雰囲気に、皇帝陛下とリタウレは笑みを浮かべながら邪魔しないようにそっと位置を変えると、またそれぞれが別の偉族達にあいさつ回りを行いに行く。
そしてその様子をチラッと確認したリリアーナが、今日はここまでだと悲しそうな顔を浮かべ話を切り上げようとした。
アデレアも、それがなんとも心寂しかったので、最後の話題として時間を掛け、兄弟についての話を持ち掛けた。
「姫様は、ご兄弟の方はおられるのですか?」
「ふふ、アデレアくんって私の事本当に何もご存じないのですね。」
「す、すみません。」
「あぁいえ、失望しているのではありませんよ。
本当の意味での自己紹介というものを、初めてしたような気がして、それがなんとも嬉しいのです。」
怒られたかと思ったが、リリアーナはそれ以上に嬉しいと、心底の笑みを浮かべ喜んでくれた。
「兄が二人、それと妹が二人の5人兄弟ですよ。」
「今日はこちらには来られていないのですか?」
「はい、此度は私の晩餐会ですので、皆さん遠慮して。
アデレア君は、ご兄弟はおられるのですか?」
「はい。
義兄が5人に、義姉が4人の10人兄弟で、此方は一番下の六男になります。
ですがご存じの通り、お会いしたことがないんです。」
「それは...私よりも過酷でしたね。」
「いえ、お屋敷ではミラやリュット、ロッドにジェフ達使用人達がいますので。
寂しいと思ったことは一度も。」
その屈託のない笑みに魅了されるのが名前を呼ばれたジェフ以外の面々。
この場に居合わせたのが運の突きか、ロッドは既に失神仕掛け、それを支えるリュットもくたばりかけている景色が見受けられた。
そしてその笑みに悲しげな表情を浮かべるのがリリアーナ皇女。
一切悲しみの含まれていないアデレアの笑顔が、それを何倍にも増幅させているかのように胸が引き締められる思いだった。
事情はどうあれ、これほど若過ぎるうちからしっかりしているのはそういう事なのかと。
どうしても彼のことを思ってしまって仕方ない、そんな彼女は無意識に、自分の視界端に細くて白い両手が見えていることに気が付く。
いったい何の腕なのか、ハッと我に返った彼女。
それはアデレアを抱きしめようとして伸ばした自分の腕だった。
状況を理解した恥ずかしさと、それなりに色恋の知識がある彼女だからこそ感じられるはしたなさに頬を染め、急いで片手をしまうと、アデレアの頭をなでる段階で留めることに成功した。
片腕を伸ばして、アデレアの銀のきれいな髪をなでていく。
ドレスグローブの上からでもわかる、その艶やかでサラサラと溶けていくかのように指先を滑っていく滑らかな髪。
そしてその行為に年頃の少年らしくない照れた表情を浮かべる彼。
嫌がることもなく、もっとしてほしいという欲も感じない。
ただ困惑しているけれど気持ちがいいことにあらがえないような、そんな表情を―――――
「リリアーナ、もうよかろう。
さぁいくぞ。」
「・・・。」
「リリアーナよ!!」
「はッ、はい。
ごめんなさい、アデレアくん!」
「あぁ、いえ。
ありがとうございます?」
「ええっと、それじゃあ、また。」
これはこれで何か想像を絶する中毒性を感じる、アデレアを撫でるという行為に、これ以上ない物悲しさが浮かんでしまう
まだドレスグローブがあったからよかったものの、素手でその髪をなでようものならすでに離れられなくなっていただろう。
寂しそうに既に離された手を見つめる王女...を見つめるリタウレ従者たち。
皆が抑えるとも知らぬかのようにしっかりと頷き、同感を露わにする、そして笑顔。
謎のこそばゆい感覚に襲われたアデレアは、王女へのお礼と同じくして首をかしげて止まる。
そして笑顔を浮かべた王女は、離れられるうちにそそくさとアデレアの元から去り、父親の後をつけて行った。
そんな父親である皇帝陛下も同じように、リリアーナと似通った笑みを浮かべると、ジールとガタイのいい男含め共にこの場から立ち去っていく。
「アデレアちゃん、リリアーナ皇女と仲良くなれましたか?」
「はい、お母様。」
「それはよかった、じゃあ晩餐会を続けましょうか。」
リタウレからの言葉に喜んで微笑みを浮かべ、続く言葉では従者たちが頷きを見せる。
晩餐会を続けるということは任務を続けることと同義。
アデレアを守護しつつ、失礼なく目立たないように立ち回ろうとの掛け声だ。
そう、アデレアの守護がメインであるが。
例えばこんな輩から。
―――――
「くそ...あのガキ。」
それはアデレアに向かった放たれた一言であった。
馬車での事件の時も同じ視線を送っていた男。
そしてその隣に控えるのも先程と同じ妹だ。
茶髪に緑を基調とした衣装、そして少し細身の質素な男。
左のベルトループからひざ辺りを通り右のベルトループに掛けられる結紐と呼ばれる綱、正装に必需のアクセサリーが付いているのが彼を偉族たらしめる唯一の特徴だろう。
まるでその目には憎しみしか宿っておらず、一切の覇気が見受けられない。
そんな彼、ゴクライの血筋にしてその三男、サーブ・アル・リードレインを見つめるのは、同じ血筋の四女クレア・アル・リードレイン。
同じ母親である第三側室のベルラ・アル・リードレインから生まれた二人は、今年13歳と10歳の血のつながった本当の兄妹である。
そして厄介なことに、また二人ともアデレアの地位を狙う輩でもあった。
それは母親であるベルラのことも関係しているだろう。
当然、彼女はリタウレをよく思っていない者の一人。
そんな側室から生まれた子もまた同じようにリタウレ含めアデレアのことをよくは思っていない。
馬車の件でも今リリアーナとあんなに親し気に接していたこともすべてが相乗効果で、サーブはアデレアを憎む視線をより一層強めた。
既に皇女に心奪われているサーブは、自分の愛しく思う人からの寵愛を受けた彼が、心底憎たらしくて仕方ないのである。
しかしここは当然皇帝陛下の御前。
何か行動を起こそうとすることなく、その怒りを自身の中にため込んでいく。
隣でそれを見ているクレア。
彼女もまたアデレアを好きにはなれないが、そんな兄にも嫌気がさしていた。
強情で欲深い、自分たちの関係が偉族でなければとうにこの場から離れていただろう。
だが妹として、兄を立てるのは当然仕方のない事。
そっとため息をついたクレアは兄を無理やり引き連れて、また挨拶回りに勤しむのであった。
―――――
「フレデリカ姉さん、ちょっと。」
「カタ―ジュ、あんたいったい何してるわけ?」
とここでもリードレイン家の義姉弟が安っぽい嫌悪感をむき出しにして争いをしていた。
そして同じように向けられる視線はアデレアに。
しかし嫌悪感はお互いの間で、銀髪の義弟に向けられるのは完全なる好意の視線。
仲のいいフレデリカとカタ―ジュの二人は、アデレアにどう接しようかと一悶着行っているところだった。
「私が先っていったわよね。」
「だって、姉さんが挨拶回りに時間をかけるから。」
「あのね、私たちは偉族なのよ?
こんなところで無為に失態をさらすわけにはいかないの。
それよりあんたこそ、アデレアちゃんに話したい一心でさっきから挨拶が疎かになってるようだけど?」
「いいよ、今日僕がここに来たのはアデレアに会うためだから。」
「能天気なのもいい加減にしなさい。
ピーレ伯母さまに怒られるわよ?」
「母さんは優しいから。」
「はぁ、そうね。」
既に諦めていたかのようにその名を口にしたフレデリカ。
優しさの化身とでもいうようなほんわかした伯母の姿を思い浮かべ、目の前のそれを受け継いだ笑顔を浮かべる義弟にもため息をこぼす。
そんな 彼女に気が付かないとでもいうように視線をまたアデレアに移したカタ―ジュは既に緩んだ笑みをさらに緩ませ、好青年を台無しにする微笑みを浮かべる。
今もフレデリカが何やらぶつぶつ言っているが、アデレアを見つめる集中力からは遠すぎで声が届かない。
そしてついに皇帝陛下の足が遠ざかった。
それに続きリリアーナ皇女もその場を去る。
ついにチャンスが来た、と一瞬で二人目を合わせ頷くと、フレデリカ先頭で急ぎリタウレの元に歩み寄った。
「お久しぶりです、リタウレ叔母さま―――――」
「あらフレデリカちゃん。
それにカタ―ジュくんも、お久しぶりね。」
近くで見ると、より一層リタウレのその美しさに引き込まれそうになる二人は、少しだけ頬を染める。
そしてリタウレも、二人がここに来た理由を何となくで察して、すぐにアデレアに向け手で意識を促す。
一連の行動に、二人ともが軽く会釈をして、素早い流れのまま目的の人物との接触を図った。
「こんばんは、アデレアちゃん。
私はフレデリカ、そして―――――」
「僕がカタ―ジュ、君のお義兄ちゃんだよ。」
緩み切った笑顔の元、同じようにより一層美しさの増すアデレアとの交流を果たした二人だった。