晩餐会 2
~全魔導士のアインレーベン~
顔を見合わす赤髪の彼女はとても可愛らしくアデレアに微笑みながら、隣に座って過ごしている。
パーティー会場をぐるっと見渡しながら、一人思考を巡らせるアデレアはある問題に直面していた。
(どうしよう、何か話したほうがいいのだろうか。)
先程からニコニコと会場内を見渡しては、次にアデレアを見て微笑む。
そんなことの繰り返ている彼女は、時たま「話しかけて」といわんばかりの視線を送ってきているのだ。
何を話したらいいのか、そんな疑問に直面したのは生まれて初めての事。
誰かとコミュニケーションをとることに対して、これほどまで頭を悩ますことになるとは、口調を教えてくれたロッドも言っていたが、話題づくりの極意を聞いておけばよかった。
そんな風に思うアデレアは、とりあえず誰かを呼ぶときは「様」を付けろと言われていたことを思い出し、それとなく会話を始めていく。
「リリアーナ様のお父様やお母様はどこにいらっしゃるのですか?」
「ん!」
話しかけられたことにこれ以上ないと思われた笑みも限界突破させ、アデレアの心をこれでもかと喜ばせる笑みを浮かべるリリアーナ。
「えっと、お母様はここにはおりませんの。
本日は寝室でゆっくりなさっていますわ。
お父様は...そうですね、後ほどお見えになられますわ。」
「そうですか...。」
(って、聞いてどうするつもりだったんだ、此方はぁッ!!!)
頭を抱え、不思議そうにも笑いながら見つけてくるリリアーナ様から視線を外し、自分に対し心の中でツッコミを入れる。
話が続かない、どうしようどうしようと考えているアデレアの耳に、リリアーナの声が何となく届く。
「本当に何も、ご存じないのですね。」
「えっ、何か仰いました?」
「あ、いえいえ、何でもありませんわ。」
聞き取れなかったことに対する会話もすぐに終わってしまう。
こんなに人とのコミュニケーションが大変だとは思わなかった。
アデレアは改めて自分の心がまだ幼いのだと、幼げのないことを思いながら、魔法の勉強をしている時より数多をフル回転させ一生懸命に色々な話題を考えていく。
「此方、ここに来るの初めてなんです―――――」
「その、此方っていうのは一人称ですか?」
「えっ、はい。
おかしいですかね?」
「あぁいえ、初めて聞きましたので。」
「此方のお母様がそう呼んでいましたので、此方はそれが普通なのかと。
リリアーナ様は私ですか?」
「そうよ!
それと、私のことは姫様って呼んでね。」
「姫様、ですか?」
「そう、姫様。」
「憧れているのですか?」
「...そういう切り返しが来るとは思っていなかったわ。」
話題転換からの話題発展、少女から救いの手が来たのでそれを逃さまいと乗ったつもりだったが、何やら思ってもない反応をされてしまった。
アデレアもおとぎ話を聞くことは大好きだった。
この世界に存在する勇者の過去の勇者譚にあこがれて、恋に落ちるお姫様とのロマンティックな物語も。
男は強くてかっこいいものに、女はお姫様に、憬れ成りたいと思うのは必須事項かと思っていた。
それゆえ彼女も話題作りに積極的に取り組んでくれているのかと。
「違うのですか?」
「ええ、まぁ。
ですが、そう呼んでいただけると、アデレアくん的にもよろしいかと。」
「わかりました?」
何となく噛み合っていない会話に疑問を抱きつつ、それでもなんと楽しい事なんだろうか、とコミュニケーションのすばらしさを実感するアデレア。
今でも笑顔に接してくれて、そう思わせてくれる姫様に感謝である。
「それで、ここにいらっしゃるのは初めてなのですね。」
「はい。
此方は生まれてこの方、外の世界に出たこともなかったのです。」
「私も同じようなものです。
今年で8歳、8年間お家の中で過ごしてきました。」
「そうなんですか、一緒ですね!」
「へっ、そう、ですね...。」
8歳とは驚いた、すごく大人びているなぁ、と自分を棚に上げて感心するアデレア。
5歳が何を思っているのか。
しかしその言葉を聞いた彼女は顔を真っ赤にして、アデレアから目線をそらす。
次から次へと彼女の表情はコロコロ変わる、本当にコミュニケーションは楽しいなと姫様を見ながらそう思った。
だが、自分よりも遥かに落ち着きのある態度と話し方をとる彼女に、早く大人になりたいなと尊敬の念を送る。
「...あの、どうかしましたか。」
「いえ、いえなんでも。」
赤らめた顔をアデレアからそらす彼女は一向にこちらに顔を向けようとせず、しかし耳まで赤くなっているその心理は今のアデレアにはわからなかった。
コミュニケーションの経験がないとは、ここまでやり辛いものなのか。
何か失礼なことを言って、怒らせてしまったのか。
それを尋ねるために掛けた声にフルフルと小刻みに揺れる彼女は、息を多く孕んだ声音でアデレアに返事を返す。
その意味はやはりアデレアには理解できない。
ただ何となく、かわいいなと思ってしまったことにはしたないと、口に手を当てハッとする。
そして彼女がまた視線をあげてくれるまで、ゆっくりと待つことにした。
「そうなんですか、一緒ですね!」
アデレアとの会話のその途中。
銀の少し長めの髪から覗かす整った顔立ち、そしてそこから突然繰り出される殺人的なまでの笑顔。
それを見た瞬間、リリアーナの思考は巡る。
会話の流れは何だったか、すでに忘れてしまっていた。
なぜなら思いもよらぬ瞬間に目の前に現れたものに一瞬で見染められてしまったからだ。
「へっ、そう、ですね...。」
眩しすぎる笑顔、美しすぎる相好、自分の声が上澄っているのを自分の耳が感知する。
今まで取り繕ってきた大人びた気の余裕はいづこへ。
顔が熱いのは、多分隠さなくてはいけないものだと一瞬で理解してアデレアから視線をそらしたリリアーナ。
手で口元を覆い、フルフルと震えてしまう肩を何とか落ち着かせようと試みる。
(か、かわいいいいいい/////)
幼いころから自覚していた、自分は重度に可愛いものを好む傾向にあるという事を。
自分を綺麗で可愛く着飾ることも好きで、または可愛らしいものを愛でることも好きで。
お堅い周囲のお世話係のみんなを可愛くお洒落にしてみたり、ぬいぐるみを大きなベッドの上にたくさん並べて寝てみたり。
そういう空間がとても好きだった。
これ以上ないと思っていた自分の身の回りの幸せ。
それをアデレアの笑顔があっさり超えてくれたことに、リリアーナは感謝と愛着が芽生える。
まぁそんなことを抜きにしたって、アデレアの可愛さはおそらく万人が認めることではあるのだろうが...。
兎にも角にも、これから話すべき内容を色々考えてアデレアに話しかけたのはよかったが、この一瞬でそれらすべてを忘れてしまったことに対する焦りがどんどん心に生まれてくる。
そして当たり前のように、取り繕っていた余裕も薄々無理をしていたのだと気付かれるであろう頃合いになって、そこに救いの手が伸びた。
「アデレア様、果実水をお持ちいたしました...。
あれ、って!?
リリアーナ皇女!?」
「んッ、しーーっ!」
そこにやってきたのは、しっかりとした気品あふれる一人の女性、にしてはなんだか間の抜けたような印象も孕んだ一人の人類種。
皇女と呼ばれたリリアーナはあたふたと今度は慌てだし、急いでミラに向け可愛らしく人差し指を口元に当てて合図を送る。
ミラはハッと口に手を当て、数度頷くと落ち着気を取り戻しアデレアにグラスを渡した。
「ミラ!
ありがとう!」
「「んぐッ...。」」
ミラ、と呼ばれたその女性は後々話を聞くとアデレアくんの使用人だということが判明した。
今はアデレアが召す物を取りに行っているところだったそうで、そのお礼にアデレアの見せた笑顔でこれまた二人して一斉に吹き出す。
もちろん二人とはリリアーナとミラの二人である。
この笑顔はいついかなる時でも万人の心を癒すことが可能らしい、対称のリードレイン家の面々以外は。
「...ってあれ、皇女?」
とそんなこともつゆ知らず例のごとく常識知らずのアデレアは、今まで隣にいたのがこの【アスレン帝国】皇帝陛下娘のリリアーナ皇女であるということを知らないで、ミラの言葉に首をかしげるのであった。
「申し訳ございませんでした、リリアーナ皇女。」
「あぁ、お気になさらないでください。
お忍びなのは私の勝手ですので。
それと、公私の場はわきまえているつもりではありますが、今はただ一人の女性として接していただけると嬉しいです。」
「そんな、恐れ多いです。」
幼いアデレアでもよくわかる状況で、リリアーナが皇女であるということを知らされた。
ミラは、特に適切な挨拶をしていない無礼を詫び、リリアーナはそれを大丈夫だと笑顔で容赦。
話を聞くと、皇帝陛下と一緒に挨拶に来る予定であったが、自分だけ気配を消して先に参加しているそう。
詳しくは聞いてないのでその理由はわからないが、とりあえずアデレアに会いに来たようで間違いないらしい。
もちろんアデレアの中では馬車の事件のその人で間違いないと同一視しているが、髪色の違う彼女は今でも白を切っている。
そのことに関する話だと、ただ単にお礼を言われるだけである気もするが、事の内容はそれだけでないらしく、今でも彼女は何かを話したげでもじもじしている様子を見せていた。
とりあえずその話に関してはアデレア自身がおいそれと尋ねることでもないのでそっと流し、無礼講でと言ってくれる姫様との会話の続きを楽しんでいく。
「気配を消しているというのは、魔術の一つですか?
すみません、あまり教養がないもので。」
「これは体術の一つですよ。
他人の視線を読むことで、意識外を移動するようしむけ、間接的に気配を消しているのです。
私のお家には、色々な先生がお見えになられますので、魔術も体術も、それなりに自信があります。
...アデレアくんも、その。
教養がないと仰るのなら一緒にお勉強しませんか?」
「それは、えっと。
社交辞令というやつですか?」
「私の本心です。
だめですか?」
「ぜひとも喜んで参加させていただきます。
でもよろしいのですか?」
「はい、誰かと一緒にお勉強するの、夢だったのです。」
二人して笑顔での会話。
皇女は持ち前の教養と行動力、そしてアデレアはリュットとロッドから教わった話し方とその態度をこれでもかと発揮する。
そうやって楽しそうに話す二人をよそに、それを見ているミラは...。
(あれ、二人ともかなり...幼い、よね。)
明らかに8歳と5歳の会話ではないなと、あり得ないほど大人びている二人に驚きと恐怖を感じていた。
「でも、アデレアくんはまだ5歳だよね。
教養がないって当たり前なんじゃ。」
「あー、そうでしたね。」
大人びすぎている、それはアデレア自身自分でも忘れながらに自覚しているところではあるみたいだ。
教養がない、とはよく言ったものだ。
この【アスレン帝国】では一般教育は6歳から。
あまりに大人びているアデレアとの会話で、再び彼の年齢を思い返せば今までの言動はあり得ないものであると、話をしている皇女と一緒にアデレア自身がそう思ってしまった。
皇女はもちろん、その本性を知ってのことではあるが、皇城に出入りする先生と彼女の身分からは言わずもがなしっかりして当然ではあろう。
そして、アデレアがその身分と歳にして、この場にいるもの達に引けを取らないほど聡明なのは、ひとえに屋敷にいる使用人達のおかげなのである。
彼らも彼らでその生い立ちは素晴らしいもの。
アデレアは一切そのことを知らないが、リタウレはそれを見越して、そして他の要因も合致して優秀な執事をお屋敷に住まわせていた。
それはリードレイン家とさらにそこから派生する他の家柄もの達からアデレアを守るため。
この【アスレン帝国】の教育機関は他の国とは違い、家柄に左右されていないため、入学のために資金とそれ以外の常識が備わっていれば誰でも教養を得ることができる。
そんな大勢の中で、現状のアデレアが教育をまともに受けられることができるのだろうか。
まともというのは、何不自由なくという意味。
現状がまともではないのに、そんな大勢の元でまともに勉強できるわけがない。
それゆえリタウレは屋敷の中で全ての教育を済ませようと考えているのだ。
こういう手法をとるのは、必要以上に資金が必要になり、またはずれの教師を雇用すればその資金をどぶに捨てるようなものであり、人生を棒に振るリスクの高いものである。
だから大金持ちで、さらに教育者たちとのコネクトを持っていて、もしかしたら人生と資金を無駄にしてしまった場合の保険があるものがイチかバチかに掛けるくらい。
イチかバチかとは、出世。
何せ当たれば優秀な師を独り占め出来るのだから。
そんな運もいず知らず、リタウレの屋敷に住まう使用人たちは彼女に恩があり、また学もあるためそういうズルにもってこいの人材だった。
リタウレも、安心してアデレアに勉強させてあげられる。
そして現状、みながアデレアにぞっこんであるのは言いようもない事実であった。
その初等教育は通常通り6歳から始めようと思っていた矢先、アデレアが急に魔法を発動させ、そのことに関して早急に対処する運びとなってしまったのだ。
まぁ、リュットとロッド、そしてアデレアの好奇心が現状の彼を子供らしからぬ存在へとたらしめているのだが。
一週間程度でここまでの作法と口調を身に着けられるのは、すべて彼らとアデレアの力。
自覚はしていない、そして怪しまれることもない。
何しろ彼らは皆がぞっこんで何でもできることに関しては、奇妙だという感情より先にいい子いい子と褒め称える気持ちが先行する、ある意味親バカなもの達ばかりなのだから。
それゆえこの会話でも、改めて自分の、そしてミラからすれば主人の奇妙さを感じ取った。
「そうでしたねって...アデレアくん変わってる。」
「お褒めにあずかり、光栄です。」
「それはよかった。
あぁ、そろそろお父様が来られる頃ですので、私は戻ります。
それでは、お勉強の件、楽しみにしていますからね!」
「はい、此方こそ。」
「ではまた後程、失礼します。」
褒められたわけではないが、初めての友達に浮足立ったアデレアはとにかくすべてを喜び、嬉しそうにしているアデレアを見れば「褒めてないけど」と野暮な言葉も飲み込まざるを得ない皇女は、笑って流しその場を去る。
それでも嬉しそうに離れていく皇女を見送ったアデレアは、その後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
「アデレア様...。」
むふふっとニヤニヤ笑うミラを無視したまま。
「アデレアちゃん、お待たせ。」
「お母さま。」
「ミラ、ありがとね。」
「勿体無きお言葉です、リタウレ様。」
「リュットもロッドもありがとうね。」
「リタウレ様、そろそろ。」
「えぇ、分かってるわ。
アデレア、これから皇帝陛下がお見えになられます。
もちろんあの壇上ですけど、ここからでも失礼のないようにね。」
あいさつ回りや話を終えたリタウレ達がアデレアの元に戻り、ここから見て真逆の位置にある少し盛り上がった壇上を指さし、リタウレの話す大まかな流れを聞いていくアデレア。
晩餐会の一番の緊張ポイントといっても過言ではない皇帝陛下その人に顔合わせをする瞬間、この距離間でも決して目立つことはしないようにとの忠告を受ける。
この国にいるものであれば、ここで不敬になる真似は死んでもできないだろう。
だからこそ、場に一瞬で緊張感が走る。
それは室内が一瞬のうちに消灯され、壇上のみのライトアップが行われるまでの間、痛いほどひしひしと体に感じられた。
アデレアだって、この場の緊張感に少しは当てられている。
気付かないわけがない、それほど大人たちの顔が、雰囲気が、姿勢が強張っているのは暗いなりにも見て取れたからだ。
ミラは相変わらず過保護にアデレアの手を掴んでくれている。
怖がらせないようにするためなのか、そこまでせずとも元が大人びているアデレアであれば難なく乗り越えられるであろうが、それでも少しは気がまぎれていい。
こういうところはミラ様様、感謝してもしきれない彼女の長所でもある。
そんなアデレアを含め、これまで椅子に座っていた者は、皆が立ち上がり、食事やグラスをテーブルに置きなおしていく。
この場に来て周りの偉族達が、終始辺りを見渡していたのは、暗がりの中でもテーブルの位置を把握しておくためだったのだろう。
皆が視界の制限された中、スルスルと合間を縫ってはテーブルに食器類をおき、次に我先にと皇帝陛下に顔を合わせられる位置取り合戦が始まった。
暗いのによくやるものだ、とはリタウレ含め、アデレア以外の使用人たちの心情。
アデレアは、暗くなった室内で、そっと目を閉じ瞳孔を開かせる手助けをセルフで行い、時間が立って目を開いた。
少しだけ良く見えるようになった視界で、ライトアップが行われるまでの間、周りの状況確認を行っていく。
周囲に人はいない。
あれほどいた偉族の数も今は壇上の前に移動し終え、ここまで離れた位置で待機しているのは、アデレアたちを含め本当に数えるほどの偉族達しかいなかった。
それも他の皆は、人混みに参入することが困難だと思われるほどアデレアから見ても幼いものや、同年代だが暗がりに今でも泣き出しそうにしているもの達ばかり。
そういう景色を見て毎回思う事、自分と比べてどうであるかと。
この場面で自分の成長を実感している辺り、やはり自分は5歳の器ではないみたいだ。
そんなこんなで皇帝陛下がお見えになるまでその場で待機し、それから時間はかからないうちにかのお方がお見えになられた。
ベンディット・ガルム・エドラルト皇帝陛下。
この【アスレン帝国】を築き、運営を続けてきたエドラルト家。
その21代になるこの人は、その歴史の中でもかなり頭の切れるお方だと話に聞いている。
加えて皇后様は魔術に長けたこの帝国の国宝として大切にされてきたお方で、何でも人類種の域を超えた魔法使いだとか。
その皇后様は見る限りここにお見えにはなられていないよう。
陛下とリリアーナ皇女、そして執事長のジールと、どこかで見たことがあるようなガタイのいい男の人が壇上に並んでいる。
「あれ、確か...。」
アデレアの記憶が正しければ、馬車騒動の時に声をかけてきたあの人で間違いない、はず。
そんな人がなぜあんなところにいるのか、その理由はわからなかったが特に気にする必要もないとスルーした。
そして視線を隣へと移していく。
皇帝陛下の顔をはじめて見たアデレアも、その威厳と貫禄に子供なりに少したじろぎ、委縮したようにも体を強張らせた。
何となくでわかる魔力量もお屋敷に住んでいる使用人たちと同等以上のものを有しているようで、それに対しても恐怖という名の緊張感を感じさせてくる。
ミラたち使用人は、その生い立ちから魔力量に至るまでが優秀でありお屋敷に住んでいることを加味して、今一度皇帝陛下の魔力量を感じると、それだけで人間離れしたお方であることは間違いないようだ。
そんな皇帝陛下の挨拶は手短に行われているようで、後ほど軽い話やその他諸々は宴の席で晩餐を楽しみながら行われるのだそう。
その挨拶の途中、リリアーナ皇女から耳打ちを受けた皇帝陛下は、ぐるっと室内を見渡してから何を思ったのか笑って話を続ける様子を見せた。
リタウレ含め、アデレアたちのところで視線を止めたのは、何かの気のせいであろうか。
とりあえず気づいていないふりをして、皇帝陛下をただただ見つめ返すことで行動的にスルーをし、皇帝陛下の挨拶が終わるのを静かに待った。
「まずは、今日も数多くの者に集まってもらったこと、感謝する。
ジールから言伝があったように、本日は過去最多の参加者だ。
とてもうれしく思う、改めてありがとう。
この晩餐会は我が娘であるリリアーナの誕生式ゆえ、公的なものとしての扱いではなく私的なものであると考えてくれ。
ぜひとも有意義な時間を過ごしてほしい、それが今の私の願いだ。
長々話すつもりもない、早速晩餐の続きと洒落こもうではないか、ジール用意を。」
「かしこまりました。」
「それじゃあ、再開だ。
大いに楽しんでくれ!」
その言葉を合図に室内の照明は、先ほどよりも一気に色めき始め、改めて室内をそれらしく着飾っていった。
それらしくというのは、皇城らしくという意味。
豪華で上品で、それでいて芸術的。
完璧とまで思えるその照明の配置と、室内の飾りつけ、それらは言わずもがなこれまで積み重ねてきた歴史とともに築かれた人をもてなすという精心そのものを象る。
頂点に立つものだからこそその大まかなところから細かなところまでを知り尽くしたそれは、当たり前のようにアデレアたち子供の記憶に刻み付けてくるような思い出を残させた。
以前にもこの晩餐会に参加した者であれば再度の景色になるのだろう。
しかし初めてのアデレアなら尚更、この景色に魅了されてもおかしくはない。
だからこそ、今アデレアは眼を輝かせその光景をしっかりと目に焼き付けるのであった。
「こういうところは子供らしいの、本当にずるいですよ。
アデレア様。」
小声、というわけではないミラの声も、今のアデレアには届かない。
しかしリタウレ含め、リュットとロッドも周りの皆が、その景色を見て微笑むアデレアの笑顔を見て微笑んでいた。
その光景を壇上で見つめる皇帝陛下とリリアーナ。
そんな彼らもそっと同じ微笑みを浮かべるのだった。