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全魔導士のアインレーベン  作者: 美音 樹ノ宮
6/21

誰かの狙い

~全魔導士のアインレーベン~






「ア、デ、レ、ア、ちゃん。」


「あの、お母さま―――――」


「今は此方(こなた)の番ですよ。

 黙っていなさい。」


一連の騒動の後、馬車に戻ってきたジェフと担がれているアデレア。

その二人、主にアデレアを待っていたのは馬車に残った皆の怒りの笑顔だった。


(思っていた以上に怖い...。)


覚悟しているとは言っても、その上を行く度合いのものには対応できない、アデレアもまだ五歳なのだから。

もちろん怒っているのは、勝手に飛び出していったことに対してだ。

その説明は一通りジェフから皆に話され、その間もアデレアは怒られるのであろうなと縮こまっていた。

そしてその時はすぐに来た、アデレアに皆の視線が向く。

リュット、ミラ、ロッド、そして母親であるリタウレはしっかりとアデレアの姿を見つめ、それぞれが次に言葉を発していった。


「怪我はなかったの?

 心配したのよ。」


「大丈夫ですか、アデレア様。」


「アデレア様、無茶はしたらダメですよ。」


「みんなが怒っている理由を、ちゃんと考えて下さいね。」


しかしみんなから発せられた言葉はアデレアが思っている真逆のものだった。

顔は確かに怒っている、けど怒っている内容が違うとここまで暖かくなるものだろうか。


「もうこんな無茶はしたらダメよ。

 だけど、すごいですよ、かっこいい。

 さすが此方(こなた)の宝物。」


そしてそっと抱きしめてくれるリタウレ。

皆も周りでそっと笑ってくれている。

怒っているのも本当だが、それ以上に褒めてくれているのも事実。

そのことに嬉しさを感じるアデレアは一応申し訳ない気持ちを持ちつつ、笑って答えた。


「ごめんなさい。」


「はい、ちゃんと謝れて偉いですよ。」


「中の皆さん、馬車が動き始めましたのでご準備を。」


とそこにジェフの声がかかり、騒動にて一時中断となっていた検問がまた始まっていく。

馬車が前々からドンドン進み始め、アデレアの馬車もゆっくりとだけ動きを始めた。

みんなしっかりと席に着きなおして大人しく順番を待っていく。

アデレアも決まって窓の近くの席に座り、改めて外の景色を見ているところに、御者の人たちが手を振る。

みんな先の事件にてアデレアの姿を目にしたものばかり。

そして、元気に手を振り返すアデレアは何も知らない。

彼らがみな、常人より欲深い偉族(いぞく)に雇われた専用のバトルドライバーであるということを。






「ほう、そうか。

 アデレアとそう言ったんだな。」


「はい、しっかりと。」


ここは皇城、そして威厳のある声と丁寧な声が重なる。

先程の事件の後、すぐに部屋の中でこの話が始まった。

とそこにとある人物が来た。

少し老けた大人の男、そしてその後ろからそっと顔をのぞかせた可愛らしい女の子だ。

男は部屋を入ったまま、皇帝陛下の前へと歩みを進め、御膳にて首を垂れた。

その後ろをついていっていた可愛らしい女の子はその男の脇を通り過ぎ、皇帝陛下の後ろの椅子へと一直線に進んでいく。


「皇帝陛下、ただいま戻りました。」


「おぉ、グラウス、御苦労だった。

 怪我はなかったかリリ。」


「大丈夫です、お父様。」


「それでは、報告を―――――」


グラウスと呼ばれた男、それは騒動の時アデレアに声をかけ、まんまと巻かれたあの男だった。

そしてリリと呼ばれた皇帝陛下の娘のリリアーナはそのまま皇帝の後ろの王座へと腰を掛け、そのまま黙って前の光景をボーっと眺めている。

アデレアに声をかけた時の優しい雰囲気ではなく、しっかりと慕うべき主を見据えた大人しくも誠実で、勇敢な眼差しを皇帝へとむけているグラウス。

彼ら以外には先程話していた丁寧な声の持ち主しかいないすっからかんな皇室で、グラウスの報告という名の声だけが響いていった。


「アデレア・アル・リードレイン、リタウレ・アル・リードレイン伯爵夫人邸からでる瞬間より見張っておりました。

 まだあどけない少年だという印象でしたが、あの時の行動力、観察眼、状況判断や処理能力、そして誠実さにこれらすべてを思ったそばから行動に移させた決意と覚悟。

 私の口からではありますが、申し分ない、いやこれ以上ないと思います。」


丁寧な口調でも、興奮を抑えられまいとばかりにはしたなく、皇帝の前で熱く物事を語ってしまうグラウスに、皇帝も喜びを隠せない様子を見せる。

何しろグラウスがここまで興奮する様子はしばらく付き添ってきた中でいつ以来かの久しぶりなものだから。

そしてこういう時のグラウスの勘はよく当たる、長年の間柄ゆえにわかるその興奮を共有しながら皇帝はグラウスに言葉を返す。


「誠か、それはよかった。

 して、お主の申し分ないというのは、リリアーナの婿にということか、それとも―――――」


「陛下、双方にございます。」


「そうかそうか...はっはっは!!

 よく言った、グラウス。

 よし、それじゃあ。」


パンパンと二度手をたたくと、いつの間にそこにいたのか、数十人の使用人が一斉に皇室の左右に控えて首を垂れた姿が顕現する。

透明になっていたわけではない。

目に見えないような速さで動いたわけでもない。

認識できないほど洗練された動き、それはさながら視界に入る物理演算のようにごく自然に見えるものであるかのようにこの場に立ち入り、一斉に首を垂れ、心からの忠誠を誓って見せたのだ。

そして使用人皆がそろう姿を見て皇帝は次の言葉を放つ。


「それでは、前々から言っていたことを行動に移す時が来た。

 アデレア・アル・リードレイン、よく見ておけよ。

 行動開始だ、言った通りの作戦で。

 それと、グラウス。

 お主は顔がわれておる、控えておくように。

 以上だ。」


「「「「はっ。」」」」


皇帝の迅速にも情報不足にも思える指令の後、すべてを理解した使用人たちは一斉に移動を始める。

その場からまたもや当然であると脳が錯覚するほどの洗練された動きで、退室し、その中には皇帝とずっとボーっとしているリリアーナ皇女が残った。

彼女はこの部屋に入った時からずっと、放心しているようにも、恥ずかしそうに赤面しているようにも見える表情を浮かべている。

その真意は皇帝にはわからない。

それは二つの要因が絡んでいるからである。

一つ目はそれは皇女の思考、そして皇女自身が思った心情であるからだ。

そしてもう一つは...あの時視界に映った銀。

どうにも頭から離れないその銀色に魅入られているからだ。

その場にいた皇帝にはわからない、その真意は伝わらない。

全てはリリアーナが生まれてこの方、ずっと続いていたとある作戦にはなかった要因が絡んでいるのだ。






「リリアーナ、今回も頼んだぞ。」


「お任せください、お父様。」


子供らしいのにどこか大人びているリリアーナはしっかりと頷いて見せた。

今日はリリアーナが生まれて8回目の誕生日。

そしてその催しにこれまで目を付けていたアデレア・アル・リードレインという名の子供が初めて訪れることになっている。


ゴクライ・アル・リードレイン伯爵家、その10番目の子にして、ゴクライが唯一そばに置かなかった一人の子供。

話を聞くところでは、ゴクライの従者である予言者が、「銀の男によってリードレイン家は危ない地位へと落とされる」というような予言がなされていると、小耳にはさんだ。

彼の一家は風魔法の使い手としてこの【アスレン帝国】で帝族として名をはせている。

そんな中で銀の象徴であったリタウレ・アル・リードレインも様々なところで姿を見せてはいるが、他に銀の男(・・・)などは存在していないのだ。

つまりは、その予言を鵜呑みにするならば、アデレア・アル・リードレインこそが、彼の地位を失墜させる張本人ということになる。

単なる予言だろう、と話を付けてしまうのはかなり危険、それこそその予言者はかなりの確率でかなりの事柄を言い当てているからだ。

どういう原理なのかは知らないが、占いという話のなかった【アスレン帝国】に占いというものを布教したのもその予言者である。

そんな予言者の言葉、そしてそんな預言者をそばに置いているゴクライの判断。

吉と出る凶と出るか、何しろゴクライ・アル・リードレインを帝族にしたのは現皇帝であるベンディット・ガルム・エドラルトその人なのだから。

しかし、その判断は正しかったのか、彼の功績は現状少し危ないところまで来ている、それはひとえに彼の子供たちの影響によって。


元々皇帝がゴクライを帝族にしたのには、二つの項目に達した帝国にとって必要不可欠な人物になるであろうと思ったからであった。

一つ目は彼が権力というものにそれほど興味を示していないことだ。

出会った当初から自身の力にうぬぼれている様子もなければ、その力を自分のために使おうともしていなかったゴクライ。

というよりは全く持って無関心というイメージであったが、権力に染められることなく偉族(いぞく)として国を運営するには十二分に必要だと判断したがゆえに勧誘であった。

そして二つ目はそれ相応の力を有していること。

帝族になったとしても、他の偉族(いぞく)からの嫌がらせは度々起きているのも事実。

しかしそれに関して皇帝から何か言おうにもどうすることもできないのだ、皇帝だって万能ではない。

あずかり知らぬ場で起こったことは知りようも無ければ、助けようもないからだ。

しかしゴクライという男は風魔法に関しては天下一、それゆえ嫌がらせを受けようとも、微動だにすることはない。

そして「偉族(いぞく)をやめる」と言われて困るのはこちら側。

それを理解している偉族(いぞく)たちは嫌がらせをしようにも腰が引け、ゴクライ自身もそれを見越しているがゆえに対処も簡単に行っている。

力というのは魔力量のことだけではなく、人に押しつぶされない信念と、心意気、決意があるかどうかだ。


完璧。


これはゴクライを知った皇帝陛下の、ある意味第一印象であった。

しかし今の彼はどうだ。

権力にまみれた子供たち、長男から始まり、それを手にしたもの達の横行を、興味を示さない性格ゆえに放置してしまっているのが、リードレイン家が落ちかけている理由の主になっている。

それはひとえに上に立つゴクライの管理不足に依存するとして、偉族(いぞく)はそれなりの対応をしたがっているそうだ。

事実皇帝もそろそろ何か対処をしようとしているところであった。

そこで()のリードレイン家において、ここ4年間も皇帝からのお誘いを断り続けていたアデレアに目がいったである。

ゴクライから離れた彼なら、何かうまい事してくれるかもしれないと。

完全な丸投げであるが、それは表面上の理由。

ゴクライが本当に何かする前に、そして皇帝から寵愛を受けたとしても誇ることなく、自然に流せるようなものの存在を欲している現皇帝。

ハッキリと言ってしまえば、皇帝が今喉から手が出るほど欲しがっているのは、【アスレン帝国】の裏事情を片付ける影の仕事人だ。

これからの帝国運営にとって邪魔になる存在の排除、そのためにゴクライを招き入れたところも少しはあったが、現状の彼では能力不足だと判断した。

ほしい項目はかなり多い。

自惚れぬ心、死んでも口を開かない忠誠心、そしてそれ相応の力と、できれば相手にとって信じ難い人格、つまり幼い子供などはその最たる例になる。

リードレイン家のものならその力は言いようもない。

そして4年間も国の統率者からの誘いを断る精心と、行動力、そして権力への興味のなさはこれ以上もないほど気に入った。

後はこの催しにおいてアデレアの人格と忠誠心を見極め、相応の人物だと判断すれば近しい者へと昇華させる必要がある。

裏の仕事人になってもらうには、皇城を適当に出入りする地位に立って初めて出発点となるからだ。

つまりはリリアーナの婿に。

そのための作戦はもうすでに決めている。

先程この場で話したのは、その作戦についてだ。

リリアーナが立って喋れるようになってから毎年行っている作戦。

一緒に育ってきた一匹の午連種(ブルーバ)、彼とリリアーナとの信頼は人原亜種(リール)妖原亜種(リュール)の壁を越えた姉弟の関係と言っても過言ではない。

何の話かというと。

たくましく成長した午連種(ブルーバ)、彼が他者の言うことを聞くのはリリアーナだけ。

つまりリリアーナを午連種(ブルーバ)に襲わせ、見事救い出す者が現れるまで待つ、そして誰も出てこないならグラウスに任せ、また来年...というのが現状の作戦ということになる。

そんなバカげた作戦が、という気持ちはわからなくもない。

第一、そんなことにリリアーナ皇女を使うのは危ないと。

確かに、その午連種(ブルーバ)はリリアーナ以外の操りでは全く言うことを聞かないじゃじゃ馬である。

しかし、ことリリアーナに限れば、座れと言われれば座り、踊れと言われれば躍る。

言うことなすことをすべて理解しているかのように行動に移す、それほどリリアーナの言うことだけは聞くように成長したのだ。

この作戦に必要なのは、リリアーナ。

そして近しいものになるのであれば、リリアーナの婿が一番都合がいい。

だからこそ皇帝は子供が生まれた貴族、王族、皇族、華族、帝族に声をかけ、子供を連れてくるように伝令を飛ばしながら、こんな危なそうな作戦を行っているのだ。

将来の婿は、リリ自身にその目で確かめてもらうため、そしてカギとなる午連種(ブルーバ)との信頼関係を見ても現場にリリがいる必要がある。

後はリリを救う子を待つだけ。

これまでは一切引っかからなかった。

事実暴れた午連種(ブルーバ)を止めるのは、その場に居させ、作戦の一部であるグラウスの仕事であるからだ。

だが今回の作戦の結果は―――――





「大成功だ。」


今に戻った皇室の中で、顔を赤らめているリリに気付いていた皇帝はそっと声を出した。

その声は皇室の天井へとスッと消えていく。

後に残ったのはにやけ顔でアデレアのことを考える皇帝と、未だアデレアのことを気になりながら思い返しているリリアーナの姿。

二人は王座に座ったまま、次の計画の話を進めていった。






「リタウレ・アル・リードレイン伯爵夫妻様。

 アデレア・アル・リードレイン公子様。

 使用人方、ミラ様、リュット様、ロッド様、ジェフ様計四名。

 はい、報告通りに。

 異常は?」


「ありません。」


「それでは、お待たせいたしました、このまま奥へどうぞ。

 馬車の方は先につき次第左手に馬宿がありますので、そちらへ。

 そこで他皆さまは馬車から降車頂きまして皇城の中へと、次の部屋でお待ちいただくようになります。」


「ありがとうございます、お疲れでしょう。

 頑張ってくださいね。」


検問の警護人たちに馬車内の点検と、先にもらった招待状のお返しに乗せた、出席者の確認をしてもらった後、異常なしと判断されたアデレア一同はそのまま皇城内へと入っていく。

終始ドギマギしていた警護人たち。

リタウレの美しさと妖艶さは、リードレイン家の正妻や側室以外の皆にはこれでもかと通用する。

警護人が顔を赤らめている理由はひとえにリタウレに対してだ。

その事実を改めて目に見た使用人たちは再度リタウレに対しての誇らしさのようなものを感じ、仕えることができる光栄を痛感した。

そしてその容姿は引き継がれているアデレアにも適応される。


「だからこそ、ミラ。

 アデレアに寄り付く者の対処は任せましたよ。」


「はい、リタウレ様。

 必ずやアデレア様をお守りいたします。」


「アデレア、彼方(あなた)も気を付けるのよ。」


此方(こなた)ですか?」


「そう、彼方(あなた)の容姿はちょっと、いえ大分、いえ遥かに常識離れしています。

 だからこそ、危ない目に合うことも多いです。

 しっかりしている彼方(あなた)を心配はしていませんが、もしものことがあればミラを頼るのよ。」


「わかりました、お母さま。」


最終確認だろうか、何度目かの作戦を聞きながら、しっかりと笑顔でリタウレに対して理解を伝えるアデレア。

そしてその笑顔を見たリタウレと他三名。


「うッ...かわいい。」


「アデレア様、その笑顔もあまり出してはいけませんよ。」


「これは俺たちの特権...」


「そうだこれは僕らだけのものだ...」


リタウレは手で口元を抑え涙を流す。

アデレアの笑顔を見たミラは、顔を紅潮させながらもしっかりと叱ることを忘れない。

そして兄貴肌のリュットと、大人びつつお淑やかな青年のロッドは肩を組んで涙を流す。

外からその様子を見て「ふぉふぉふぉ。」と笑うジェフ、その様子を不思議そうに見つめ、首をかしげるアデレアの仕草でさらにヒートアップしていく馬車内。

リタウレを含め、みんなの顔の緩みは、馬車を降りるときまで続いていった。


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