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全魔導士のアインレーベン  作者: 美音 樹ノ宮
5/21

来城に危険は付きもの

~全魔導士のアインレーベン~






「アデレア、もう時期につきます。

 準備しなさい。」


「わかりました、お母さま。」


リタウレの声を聞き、膝を立て外の景色を見ていたアデレアはしっかりと座り直す。

周りは同じところに向かっているだろう馬車だけになってくるほど街の中心部へとやってきた。

どこの馬車も同じように着飾り、光も宝石も何でもあれという感じに豪華なものばかり。

アデレアたちの乗っている馬車は質素と言っても貴族の中での話、一般人からすれば豪華であることは間違いないが、それでもこの中では質素すぎて目立ってしまっているくらいである。

普通馬車は御者ごと借りるのが定石ではあるが、ジェフがそれらしい身振り手振りをしてくれているおかげで、そこはあまり目立っていない。

総合点としては少しマイナスなくらいである。

一応筋は通しておく、リードレイン家に恥をかかさぬようには努めながら隙を縫って他人顔をしているのだ。


「それでは改めて色々確認しておくわね。

 ミラ、アデレアとよろしくね。」


「かしこまりました、お任せください、リタウレ様。」


「リュットとロッドは此方(こなた)と一緒に色々な人たちへ挨拶を。」


「かしこまりました。」


「少し、めんどくさい気もしますが。」


「それに関しては同意見です、がリュット、口にしてはいけませんよ。

 陰でなら許可します、此方(こなた)もそうしないと身が持ちませんから。

 あとジェフ、あなたは馬車の警備と、遠くからアデレアの警備、ミラのフォローをお願いしますね。」


「かしこまりました、リタウレ様。」


屋敷を出る前の確認ごとを再度行うことで緊張感を高めていく。

ジェフにお願いした馬車の警備とは、単にリードレイン家の嫌がらせ妨害である。

そしてそこから離れたお城にいるアデレアの警備、ミラのフォローはジェフなら難なくこなすことを想定しての重責だ。

皆が一通り再確認を終えたところで馬車が動きを止めた。

皇城の警備兵が数多く来城する馬車の検問を行っているためだ。

例にもれず、アデレアたちもその馬車列の中に並ぶ。

ここで先程の話を思い出してほしい、馬車を借りるときに、御者も一緒に借りるといった内容のことだ。

ジェフほどの手練れになれば、そんな必要がないと言ったのはひとえにこの馬車列に対しての話で、この中でもし午連種(ブルーバ)が暴れ、周りの貴族に迷惑をかけようものなら即刻不敬となってしまう。

最悪の場合、誰か死傷者が出れば死刑に処されることもある。

それゆえここの緊張感は、小さなアデレアにも伝わってきた。

午連種(ブルーバ)との信頼関係があり意思疎通ができたとしても、以心伝心はできないのが人原亜種(リール)妖原亜種(リュール)の関係。

だからこその緊張感は、普段の緊張にさらに願いと運をかけ備えた気持ちの悪いものだった。



説明不足であったが、人原亜種(リール)というのは人型の種族の話。

わかりやすいところでは獣人である獣交種(ゾオン)達や森召種(エルフ)地槌種(ドワーフ)などがそれに該当する。

そして妖原亜種(リュール)というのは人型でない種族のこと。

いま馬車を引いている午連種(ブルーバ)もそうだが、孱鬼種(ゴブリン)豬飢種(オーク)鬼神種(オーガ)などがわかりやすい。

その差は何か、ハッキリとこれだと言い切ることはできないほど、誰もその事実を知らないのだ。

人原亜種(リール)妖原亜種(リュール)はもちろん言葉を交わすことはできない。

そんな此方(こなた)人原亜種(リール)妖原亜種(リュール)に自我があるとも思っていない。

だからこその意思疎通、だからこその以心伝心というが、長年連れ添ったもの同士でも難しいことを主従関係で再現できることがあるのか。

ジェフは言わずと知れた御者よりもはるかに高度な技術を有している。

それは長年以上の長い年月午連種(ブルーバ)と過ごしてきたからだ。

馬車は借りているが、午連種(ブルーバ)はリタウレの屋敷に住んで仲良くしている子、午連種(ブルーバ)を扱う経験値より、長年連れ添った時間がものをいう場面にて、リタウレの馬車はとびぬけて落ち着ている。


「今回は、大丈夫そうですね。」


「そうね、毎年一つは暴れるものなのに。

 ジェフ、もし暴車がいた時の対処はわかっていますね。」


「はい、すぐにでも。」


回りの景色も依然として騒がしさを含んでいない。

これだけ午連種(ブルーバ)も人もいれば緊張がストレスとなり、言うことを聞かない馬車は毎年一つは確実に出ている。

不敬となればその処罰は、地位剥奪がお金にて解決する。

ただしそれはあくまで被害が0の場合だけであるが。

ということは、その対処法として一番好ましいものは、主導権を奪う事、この場合であれば御者ではなく、直接午連種(ブルーバ)を殺すことに該当する。

アデレアの前では汚い言葉を使わないよう気を付けながらその確認も済ませておくリタウレ。

全てを理解している使用人一同はすぐさまその内容を把握し、集中力を極限まで高めていく。

アデレアの誕生からして初めての出席、話では聞いているがその実どれほどの騒ぎになるのか使用人にもリタウレにも理解できていない。

だからこその警戒態勢だ。

暴走している馬車での二次災害、それはひとえに同罪である。

つまり暴れた午連種(ブルーバ)によって感化され暴れたものもひとえに処罰、そして最悪は極刑だ。

自分自身が備えていたとしても、他の者からの被害を被る可能性もある、そしてそれによって処罰など理不尽もいいところだ。

そんな被害を受けないよう、ジェフも久しく手綱を握る手に汗をかきながら、一同と同じように周囲の挙動を探っている。


「キャァァァアアア―――――」


とその瞬間、少し離れた所から女性の叫び声が放たれ、みんなしてその方角を見る。

とある馬車の午連種(ブルーバ)が暴れ出したのを見つけたジェフから、室内に声がかかった。


「リタウレ様、行ってまいります。」


「お願いね、リュット、エリィを。」


「かしこまりました。」


高身長を詰まらせながらジェフと席を交代する兄貴肌の使用人、そしてその瞬間にジェフは風になり走り出した。

エリィというのはこの馬車を引いてくれている屋敷の午連種(ブルーバ)の名前。

リュットもエリィのお世話をしていて、こういう時あっての役割も担っていた。

そのおかげあって正しくそして軽やかにエリィの対処を行っていく。


「よーしよしよし、エリィ。

 落ち着けよ、大丈夫だ。」


エリィも彼女で大人しすぎるくらいにその場でとどまってくれている。

妖原亜種(リュール)には自我がないと思うものばかりであるこの世界で、こういう時しっかりと自我があるのだろうなと思うことがあるアデレアは、しっかりとその光景を目にしていた。

ここにいる貴族や王族、帝族がなぜ御者に金をかけるのか、その理由はあと一つ。

戦闘能力の高いものを雇うため。

こういう事件は毎年起こっている。

対処しようにもできない現状で、最短で沈下させるために動ける御者を雇うことは巡り廻って自身を守ることにもつながる。

そんな都合のいいバトルドライバーを雇える店はことごとく貴族御用達ということで金が高く、商売繁盛しているという豆知識もあるくらいだ。

そして事実、全御者は自分の手綱を他の者に握らせ、ジェフと同様現場へと向かって走っていく。


「お母さま。」


「どうしたの、アデレア。」


「大丈夫、なの?」


「大丈夫よ、じっとしててね。」


「そうじゃなくて、午連種(ブルーバ)...」


「ッ!?

 ...アデレア、大丈夫よ。」


アデレアの口から洩れた午連種(ブルーバ)という言葉。

賢いアデレアにはわかっていた、周りの景色を見るだけで、あの午連種(ブルーバ)は殺されそうになっているのだということが。

そして賢いアデレアにはできなかった、大人しく一生命が消えていく光景をただただ目にすることが。

だからこそ―――――


「『強化:神経(エンハンス)』」


ミラにさえ黙っていた一つの『強化(エンハンス)』を使用したアデレア。

五感を鋭くすることで、周囲の人原亜種(リール)がどの方向を見てどの対象に意識を向けているのかを察知する。

これはいつぞやの花を掴んだ時に芽生えた力。

ミラの髪の色に似合うように青い花を受け取った時、七色のそれが無数に落ちてくる中で瞬時に色を見分け、青く形のきれいなものを判断してキャッチしたあの一瞬で手に入れた魔法。

それによって母親、ミラ、そしてロッドが意識を他に向けた瞬間、扉からそっと馬車を降りた。

細く小さなアデレアの体では、気づかれることなく馬車を降りることに成功し、次の瞬間急いで走り出す。

馬車の後ろを通ってこの場から抜け出したことで当然リュットにも気づかれていない、ただし―――――


「ブルルゥ」


「どうした、エリィ。

 大丈夫だ、落ち着け。」


エリィは本当に賢い、主の脱走に気付かないわけがなかったのだ。






いくら走っても追いつけない。

それはそうだ、いくら5歳児とは思えない行動を起こしたとしても事実5歳なことに変わりはない。

体も小さければ身のこなしがいいわけでもない。

そして段々と追い抜かされる大人たちを目に、そっと呪文を紡いだ。


「『強化:脚力(エンハンス)』―――――」


「坊主、危ないじゃないか。」


とその瞬間後ろから声を掛けられ、振り返った。

そこに立っていたのは別段知りようもない人物、赤の他人というやつだ。

しかしその大人はアデレアを抱え上げようと手を伸ばしてくる。


「あのっ!」


咄嗟のことでとりあえず声を出すアデレア。


「ん、どうかしたのか。」


ここで話している暇はない、だが瞬時に走り出したとしてもおそらく捕まるだろう。

こういう時大人との差を理解してしまう、そして自分の幼さを再確認する。

だからこそチャンスをうかがうための嘘をつく、子供だましの言い訳だ。


「に、逃げようと思って。

 どこに行けばいいか。」


「連れて行ってやる。」


「えっと、そうじゃなくて、お母さんが。」


「母親、どこにいるんだ?」


「えーっと、あっちに。」


何とも子供らしい言い訳も一度目は通用せず、さらに子供らしい言い訳をすることで今度はチャンスが生まれた。

アデレアが指を指したほうにつられて意識をそちらに向ける男性。

実際に何やら外に出てきているお洒落なドレスを着た女性を指さすことで、ほんの少しだけ相手を油断させ、安堵の瞬間を見計らって発動した『強化:脚力(エンハンス)』でこの場を去る。

わずか一瞬にしてこの場から忽然と姿を消したアデレア、あとに残ったのはとぼけた声をあげる男性のみだ。


「あー、あの人か...あれ、坊主?

 どこに行ったんだ?

 坊主!」


後ろで声が聞こえるが、無視して先に進んでいく。

強化:脚力(エンハンス)』を使い、少し優勢になった速さで、どんどんを合間を縫って先に進む。

大人たちもそのアデレアの速さに目を疑うが、次の瞬間には見えないアデレアの姿に、不可思議な何かを見たという段階の思考にとどまった。

その後言及するものもいなく、アデレアも馬車の屋根伝いに走ることをはじめ、ようやく先頭が見えるあたりにたどり着く。

数々のバトルドライバー、その先頭を走るのはジェフ。

彼の想いはただ一つ。

ここで少しでも手柄を立て、皇帝に存在を認識してもらうというものだ。

その想いは皆も同じであるが、リタウレ・アル・リードレインの従者に至ってはそれ以上の想いもある。

だからこそ、いの一番に駆け抜け、暴走している午連種(ブルーバ)を始末しなければならない。


(お願い、もう少し待って。)


アデレアは殺したくない、賢く優しい彼だからこそ大人以上に状況を理解してしまったのだ。





そしてついに見えた暴走車。

辺りには被害を被らないよう思った以上に広めな円が出来ていて、その中で未だ暴れる馬車が近づく者すべてに危害を加えようと前足をあげる。

それは午連種(ブルーバ)からすれば自衛手段なのだろう。

それでも彼を殺さなければならないのだ。


(すまないな、午連種(ブルーバ)よ。

 それでも、お主を踏み台とする事、どうか許してほしい。)


ジェフの想いはどうせ届かない。

だからこその恣意的な正当化を行っていく。

リタウレが現状受けている被害はゴクライ・アル・リードレインからの直接的なものではなく、その側室からの間接的なもの。

当然下に巡ってアデレアに対する兄弟の嫌がらせも関係してくるだろう。

だからこそ手柄を立て、皇帝陛下からゴクライ以上の評価を得ることで、少しは何か変わるかもしれない、との思いだ。

果たして嫌がらせとは、陰口を言われること、水をかけられること、煙たがられること、いや違う。

口にするのも腹立たしい行為、そして現状の統治領内から離れた場所へと飛ばされるという始末。

それに対し目を瞑っているゴクライも同罪、はっきり言えば皇帝陛下を使ってゴクライ達の身分を下げさせることが使用人の願いだった。

歪んでいる理由で午連種(ブルーバ)を殺すことになる、しかしそれに対しては申し訳なく思いながらも一踏み台にしか思っていないのも事実。


(そうだ、そのまま首をさらしてじっとしておれ。)


ジェフが眼を細め、ご老体とは思えない動きで午連種(ブルーバ)との距離を詰める。


「ママ、どこ?」


とその時だった、一人の少女が馬車の間から姿を現した。

涙でぼやけ、手で遮られる視界では、どう工夫しようにも午連種(ブルーバ)の姿は見えないだろう。

歳はアデレアよりも少し上のよう、お洒落な髪型に、着られている感じのしないしっかりと着こまれたドレス、そして手に持つぬいぐるみがさらに幼さを強調している少女。

そんな無害そうな子供を見かけ、午連種(ブルーバ)が一瞬動きを止めた。


((((っ!?))))


そして次の瞬間、何かを思ったかのようにそちらに駆け出し始める。

彼女との距離は数メートル、動きが止まった午連種(ブルーバ)からの走り出しに御者もジェフも行動を遅らせてしまった。

なぜ遅れたのか、それは言いようもなく皆が思ったであろう。

確実に少女目掛けて突進を開始したようにみえたからだ。

そう思えなくもない、と他の者は思っただろう、しかし長年エリィと付き添ったジェフにはわかった。

確実に何かを狙って少女へと走り出したのだと。


(間に合わない。)


そこで改めて『強化:脚力(エンハンス)』を使用してみたものの、あと一歩が届かない。

恐らくこの少女は死んだ。

ジェフはそれを理解しても走ることをやめなかった。


(あと少し、あと少し...あと―――――)


シュッ―――――


とその瞬間、目の前で銀が揺れた。

これでもかと手を伸ばすジェフは目を見開き驚きを露わにする、そしてバトルドライバーも同様に。

動きを止める午連種(ブルーバ)も、さらにはいつの間にか泣き止んでいた少女すらも目を見開く。

そこには一人の男の子がいた。

銀の髪に銀の相貌、妖艶さを含む可愛らしい顔立ちに、優しそうな笑顔。

そして驚くジェフが誰よりも大切に思っている人物、自分の雇い主。


「アデレア、様...」


「止まってッ!!」






(早すぎる、追いつけない。)


馬車の屋根の上を走るアデレアは、自身の大人に勝るとも劣らない『強化:脚力(エンハンス)』を使って、次々と人を追い越していく。

追い越しているというよりは飛び越えているに近いが、徐々にジェフとの距離も詰まってきた。

暴走馬車の姿もはっきりと見える、そして馬車の中に取り残された二人の男性と、一人の女性の姿も。

子供らしからぬことを頭の中で考えながら走るアデレア。

午連種(ブルーバ)を殺した場合、中の人たちはどうなるのか、おそらく無事だろう。

それでは午連種(ブルーバ)を殺さなかった場合どうなるか、分からない。

みんなして寄ってたかって殺そうとしているのは、皇帝陛下のためか、あっている。

あっているけど、間違っているだろう。

誰よりも早く走らなければならない、でなければあの午連種(ブルーバ)は殺されてしまう。

だからこそ、だからこそ、だからこそ―――――


「ママ、どこ?」


「っ!?」


とその時、アデレアの思考回路は一瞬にして乱されることになる。

一人の少女が泣きながら広がる円の中に入ってきたのが目に映った。


(あ、あの子死んだ。)


幼いアデレアにもわかった、確実にあの子は死んでしまうと。

生まれた時先天的に備わっている防衛手段、一目散に逃げたり、身を守るためにうずくまること、例えおろかに思えても、多少なりとも意味を成すはず。

しかし現状のあの子は無防備すぎる、よく言えば恰好の的、悪く言えば自殺志願者だ。

目の前が見えていないからこそ、ふらふらと歩きながら、自身が危険にさらされていることにも気づいていない。

だからこそ自己防衛のために暴れている午連種(ブルーバ)も、それを見たら襲わざるを得ないだろう。

無防備に立ちつくす敵を見逃す輩がいるだろうか。

アデレアもそれがわかっている。

だけど、走るアデレアは刹那の午連種(ブルーバ)の行動が不思議に思えて仕方なかった。

それは皆驚いたであろう午連種(ブルーバ)の行動、一瞬動きが止まったことだ。

アデレアもエリィとは生来の友達だ、お世話もすれば、仲良くもなった。

だからこそ彼らの習性みたいなものもなんとなく理解しているはず。

そしてその理解が正しければ、今この午連種(ブルーバ)は少女と呼吸を合わせたように見えた。

何かを決めていたかのように、せーので走り始める午連種(ブルーバ)、そして少女もすべてを任せるかのように今まで以上の無防備をさらす。

一度わざとだと仮定して少女を見れば、明らかに不自然に思える無防備の晒し方をしている、まるで午連種(ブルーバ)を待っているかのように。

だがその真意を確かめることはできない。

幸いにも午連種(ブルーバ)に人を襲うつもりがないことはさっきの行動で読み取れた、これは間違いない事実であろう。

そして先程の一瞬の硬直によって、距離も詰めれることができた。

下にいるジェフ達よりも上から状況をよく見て、障害なく先回りするように行動できたからだ。

だから十分間に合う、だから助けられる、だから―――――


シュッ―――――


「よっと。」


「...ッ!?

 アデレア、様。」


「止まってッ!!」


そのアデレアの声を待ってましたとばかりに察知すると、ゆっくり動きを止める午連種(ブルーバ)


「よーしよしよし。

 もう大丈夫。」


垂れる頭を優しく撫でてやるアデレアと、嬉しそうに頬をアデレアにこすりつけてくる午連種(ブルーバ)

その行動を見てアデレアとジェフは確信した、この午連種(ブルーバ)は何か教えられていることをこなしていただけだと。

そして後ろで泣き止んでいる少女に向かって声をかける。


「君も、だいじょうぶ?」


「...はい。」


「よかった―――――」


「アデレア様!!!!!!」


後ろを振り返って少女の無事を確かめ、腰を抜かしたかのように尻餅をつく彼女に手を差し伸べようとした瞬間。

背中からひょいっとすくい抱え上げられ、強く抱きしめられるアデレア。

正体はジェフ、まぁ当然わかってもいたし、放してくれそうもない。


「ジェフ、だいじょうぶだから。」


「よかったです、本当によかったです。」


老体にはきつくないのか、久しく流していなかった分の涙もここで消費するかのように、おいおいと涙する使用人。

アデレアも自分がそうされている理由もしっかりと分かっている、あとで怒られる覚悟もできているのだ。

だけど今だけは、午連種(ブルーバ)も少女も、そして誰一人負傷者すら出なかったことに安堵しておこう。

周囲では惜しみない拍手が響き渡った。

それは今宵一番の拍手だ。

直にここも忙しくなるだろう、それを察知してジェフはアデレアを抱えて早急にこの場を立ち去ろうとする。

幸い見たものも多い、自分以外の誰か、そして数多くのものがこの話をすれば謙遜という好印象すら意図せずとも伝わることだろう。

それを見越して立ち去るジェフに抱えられるアデレアにかかる声が一つ。

先程アデレアが救った可愛らしい少女だ。


「あの、お名前を。」


「アデレア・アル・リードレインです。」


「私と、お友達に―――――」


「はい、もちろんです。」


瞬時の会話ではあったが、それでも嬉しそうにはにかむ少女に微笑み返し、ジェフもこの場で一言。


「アデレア様も、隅に置けませんなぁ。」


少女が手を伸ばす先では既にアデレアたちの姿はない、それでもこの場にはかなり長い時間、惜しみない拍手が鳴り響いていた。






「あれが、アデレア。」


その円を取り巻く馬車の陰からその光景を眺める男が一人。


「兄さん、速く行きましょう。」


「あぁ、分かった。

 チッ、余計なところをみた、胸糞悪い。」


腹立たし気に言葉を吐き捨てる男は、一連の場面、特にアデレアに向かって悪印象な目線を向けていた。






「アデレア、大きくなったね。」


「カタ―ジュ。」


「ん、あーフレデリカ姉さん。」


「アデレアちゃん?」


先程の男から離れ、別の馬車の陰からアデレアを見つける男。

好印象の目線を送るカタ―ジュと呼ばれた男の後ろから、フレデリカと呼ばれる姉が声をかける。


「そう、今すぐにでも褒めに行ってあげようか。」


「やめときなさい。

 こんなところで声をかけても、誰ですかって言われるのが落ちよ。

 後にしなさい。」


「ぶー、そういう姉さんだってアデレアに声掛けたいくせに。」


「...それがわかっているなら尚更我慢しなさいよ。

 言っとくけど、私が声をかけるのが先なんだから。」


「はいはい、そこは守りますよ。

 でもその後は特に指定が無いようなので、僕が長い事もらっていきますね。」


「カ、カタ―ジュゥ。」


仲良さそうに喧嘩する二人はフレデリカ・アル・リードレインと、カタ―ジュ・アル・リードレイン。

迫害を受けるリタウレを陰ながら支えてくれたメリラ・アル・リードレインとピーレ・アル・リードレインの子供たち。

リタウレに矛先が向いたとしても、混じることなく陰ながらではあるが支えてくれていた。

いじめる親からいじめる子が生まれ、そうであるならば救ってくれる親からは救ってくれる子が生まれるのも当然。

彼女たちに対する使用人の態度も、リタウレには劣るものの、他の者とは比べ物にならないほど好印象であることは間違いない。

そんな彼女たちも、表立ってリタウレを救うことができないことも知っている、だからこそ互いに陰ながらの感謝厚意なのである。

フレデリカは次女、兄妹としては4番目になる。

そしてカタ―ジュは4男にして6番目の子供。

二人ともアデレアとは生まれてこの方あったことがないが、それぞれの母親から話を聞き、とてもじゃないがアデレアを嫌いになる道理もなく。

はたまた会ったことのない弟がそれはそれはもうかわいいと来たら、リタウレや使用人がアデレアに向ける気持ちと同じものを感じていた。


「早く、話したいな、アデレア。」


「私が先よ、聞いてるの?」


10番目の子供であるアデレアとは歳も離れている、現状にして14歳と12歳は喧嘩を繰り返しながら、自分たちの馬車へと戻っていった。

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