『|強化《エンハンス》』
~全魔導士のアインレーベン~
「リタウレ様、アデレア様の魔術教育は本日にて。
完璧にございます。」
「あなたがそういうのなら安心ね、ミラ。
それでは次にリュットとロッド、口調と作法の方をお願いね。」
アデレアはあの後、中庭の水やりを終え、他の魔法の練習もすぐに取り掛かり、低級位の魔術は一通り使えるように放っていた。
簡単に言っているがこれはとてつもなく現実離れしている事実でもある。
普通は10歳から15歳までの間に魔導書を含め、基礎知識と実践を学んで行い、16になるころにようやく全ての学びを終えるところである。
しかしアデレアは5歳で全てを学び終え、これから中級位の魔術を覚えようとしているのだから、ミラにももうお手上げである。
その実ミラにも中級位の魔術は使えるが、中級位からは体を動かしたほうが、言葉で伝えるよりもわかりやすく、覚えやすい。
お役御免になったミラ、しかもその時にして1日謙譲して学び終えていたがゆえに、リュット、ロッドの仕事もついでに、簡略化して教えていたりもした。
ということはつまり。
「そのことなのですが、リタウレ様。
4日頂いた期間の内、3日で魔術を習得、その後余った一日にてミラを含めて3人で礼儀をすべてお教えてしまいまして。」
「アデレアは完璧?」
「はい、失礼無いよう振舞うことは完璧かと。
それ以上に、私たちも驚くほどに元々の礼儀が出来ておりまして。
外行きにはもう言うことはないです。」
「あらそう、それじゃああなたたち三人にはちょっと休暇を与えるわ。
お疲れ様、おやすみになりなさい。」
「そんな、これまでの仕事を引き続き。」
「いいえ、おやすみなさい、命令よ。」
「かしこまりました、御心痛み入ります。
報告は以上になります、それでは失礼いたします。」
「えぇ、お疲れさまでした。」
代表してミラのあいさつの後、リュットもロッドも頭を下げ、静かに部屋を後にする。
そしてすぐに入れ替わるようにノック音が部屋に鳴り響き、正装役のアーレが部屋に入ってくる。
「リタウレ様、たった今完成いたしました。」
「そう、それじゃあ衣装室へアデレアを呼んで着替えを。
此方もすぐに見に行くわ。」
「いえ、もう準備しております。
アデレア様。」
用意周到、言われることのさらにいくつも先を読んで行動しておく優秀な使用人たち。
それを知っての上で当たり前のことしか言わないリタウレも、彼ら彼女らを信じての言葉である。
そしてアーレの言葉に続き、アデレアがその部屋に入ってくる。
小さなタキシード、黒を基調とされていて、銀色の髪の毛とのコントラストも一級。
それでいて着られているという感じはなく、子供にしては大人びているアデレアに寄り添い、大人びつつも子供っぽさを演出する正装。
そして着慣れていないアデレアの困ったようにも恥ずかしそうにも見える表情と仕草。
「お母さま、どうですか?」
「...アーレ。」
「はい、リタウレ様。」
「少し席を外してもらってよろしいですか?」
「使用人に問いかけなど不要です、それではごゆっくりと。」
静かに締まる扉、そしてリタウレの言葉を予測してかの迅速な退出、最後に「ごゆっくり」と発せられた言葉。
全てがほんの少しずつおかしさを含む一連の流れが演出される室内。
そして次には部屋を飛び越し、屋敷内にリタウレの声が響き渡った。
「アデレアちゃん可愛いぃぃいいい!!!!!」
「お、お母さま。」
座っている椅子を倒しながらも机を飛び越しアデレアに抱き着く母親。
これでもかと頬ずりする親ばか以外の何物でもないリタウレ、そして苦しそうにも嬉しそうにも表情を変えるアデレア。
そんな状況を後に扉の外ではアーレと仕立てにかかわった数名の使用人が一斉にガッツポーズをする。
「リタウレ様、アデレア様をご出産下さったこと、心からの感謝を申し上げます。」
その言葉を落とし皆笑顔で静かにうれし涙を流す。
そう皆バカなのである。
この屋敷にはリタウレの声で驚く者はいない、ここに来るまでの間アデレアの姿を見たものは既に涙を流しているからだ。
「アデレアちゃん、アデレアちゃん!!」
「お母さま...。」
かというアデレアも嬉しそう。
その後は言わずもがな、仕事に手が付くはずもなく、皆がすぐに眠りについた。
アデレアは今日も早起きしてしまっているがゆえに、久しぶりにリタウレと一緒に眠りについた。
大人びていると言ってもまだ5歳児。
母の隣が一番落ち着くのか、はたまた楽しみであった魔術関連の内容を知ることができて満足したのか、早寝からの昼過ぎに目を覚ました。
都合上残りの3日間は自由時間、だからこそゆっくり過ごそうとまた魔導書にかじりつくアデレアであった。
「お母さま、本日はお外に行きたいです。」
「いいですけど、気を付けるのですよ、アデレア。
ミラ、お願いしますね。」
「かしこまりました、リタウレ様。」
二日後の朝、早く目が覚めてしまったアデレアはまだやり残したことがあることに気付き、みんなに悟らせないようにリタウレの部屋を訪れた。
はずだったのだが、どこからともなく現れたミラにまたまたお世話になることが決まってしまった。
それもそのはず、付き従う主たちのそばを離れる使用人がいるわけがない、それはアデレアにおいては尚更だ。
一分一秒たりとも目を離せない、いや目が離せないというべきだろうか、日々の仕事疲れなどは感じることはないが、アデレアの姿を見るだけで日々の仕事以上に仕事に身が入る。
それは癒しを通り越して、神の域、ここの使用人は一日に一度はアデレアの姿を見なければ生きていけない体になってしまっている。
リタウレの親ばかもそうだが、主がそうなら慕うものもそうであることは言うまでもない。
というわけで上機嫌なミラを連れて今日は前庭の方やってきた。
昨日のうちに読み返した本の内容で、龍種の力によって魔法が分けられているという話の中に出てきた修羅という力について、実践していないことを思い出して、急いで試そうとしているのが現状だ。
「修羅の力、身体強化魔法だったっけ。」
「はい、身体強化魔法ですよ。
ですが身体強化魔法は基本的に中級位との区別がつかないほどの難しさを誇っているものが初歩ということになり、アデレア様でもすぐに行使できるかどうかは。」
「どうやるの?」
「簡単です、速く走りたいと思えば『強化:脚力』を、重いものを持ち上げたいと思えば、『強化:腕力』を行使するだけです。
これに関しても実戦経験と同じように、口で説明するより体を動かしたほうが早いです。
アデレア様、まずはたくさん走るところから始めましょうか。」
「走って、どうするの?」
「これ以上走れないと思ったところで、『強化:脚力』を使ってみる、そしていつまでも走ることができれば『強化:脚力』が使えているということになります。
これが一番わかりやすいものだと思いますので。」
「ジャンプしたりじゃわからない?」
「そうですね、元々の身体能力と言っても、これ以上無理だと思い込んでいるのが自分の中の枷となっている場合も多いですし。
それでしたらわざと自分を追い込んでいった方が、本来の力を呼ばれるものが発揮出来ると思いますよ。」
ミラの言うことに一理あると思ったアデレアは、早速運動を開始する。
まずはたくさん走って疲れること、そして疲れ切った時に『強化:脚力』とやらを使って、力がわき体力が戻り、また走れるようになれば行使できているということだそう。
物は試し、とりあえず走って走って、景色に飽きたら別の場所を走って。
その間流石のミラは顔色一つ変えずにアデレアの後をついてくる。
そして5歳児とは思えないほどの体力を発揮し30分ほど走ったあたりで、未だ笑顔で追ってくるミラに恐怖心すら抱いてきたアデレアは、肩で息をしながら走ることをやめた。
「はぁ、はぁ。」
「アデレア様、今です。」
「いや、それより、すごいね、ミラ。」
「そうですか?
ですがアデレア様、身体強化魔法を扱えるようになれば、アデレア様にも同じくらいのことができるようになりますよ!」
「あ、身体強化魔法使っていたの、ミラ。」
「いえ、今のは単なるステータスです。」
「もう怖いぃ。」
笑顔で人外アピールしてくるミラをよそに、アデレアもアデレアで身体強化魔法を使う準備を始める。
体のどこかに集中するという感覚ではなく、体の体力を回復するような感じで行うほうが効果があるそうだ。
ミラのその言葉に従って、とりあえず体を休ませるように意識を向ける。
わかりやすいように呼吸を大きくゆっくりと行い、今までの激しく早いものからわざと遠ざけるように呼吸をし、体自体を落ち着かせる。
そして、数秒後、またすぐに走り始めたアデレア、もちろんミラもついて来た。
「はぁっ、はぁっ。」
「アデレア様、それは扱えておりません。
身体強化魔法の魔力が感じられませんので、止まってもう一度。」
「はい...。
ふぅ。」
ミラの声掛けに合わせ、深呼吸を一つ、そして呼吸を整え魔法を使って最後走り始める。
今この場においてはミラが先生で、アデレアは彼女を慕う側だ。
だからこそミラにすべて任せているアデレアのことを思って、ミラもきちんと厳しく接する。
「アデレア様、まだできていません。
疲れたということを忘れ、今までで一番の速さで走ろうとしてみてください。」
「わかった、このままいくよ。」
「はい、そのままどんどんと。」
ミラがそういう真意を何となくアデレアは理解し、彼女のいうことに忠実に従っていく。
このままという事、現状自分でもわからないほど少しの身体強化魔法の魔力を放っていることをミラは感じているのだろう。
そう思うアデレアの想いは事実その通りで、二回目にして早速要領を掴んでいるアデレアに、これ以上ないほどの喜びと、ほんの少しの怖さを感じているミラ。
(アデレア様、単なる人類種の子供がそれほどの魔法をその身に宿しておけるはずがないと、賢いあなた様ならすぐにお気づきになられてしまうかもしれませんね。
それでも、私はいつまでもあなた様とリタウレ様のおそばに居ります。
あなた様は最初、みんなを守るために魔術を覚えると仰いました。
だからこそ私はあなた様が自分自身を守れるような魔法をお教えいたします、それまでのご無礼をどうかお許しください。)
この真意まではさすがにアデレアには届かない。
それでもアデレアはしっかりと向き合ってくれるミラに真摯に答えるように、感謝を成長にて示す。
そして次の瞬間―――――
「ふッ―――――
ミラ、ついて来て!」
「ッ!?
...はいッ!!」
すぐにその時は来た、アデレアは数回のうちに『強化:脚力』を機能させ、立派な前庭の木々の間を風になって駆け抜けていく。
5歳児とは思えないほどの体力に5歳児とは思えないほどの「速さ」を付けたし、これでもかと走る。
ミラに言われていた通り、本当に疲れなんて吹っ飛んでしまったかのようで、楽しくて笑顔が抑えきれない。
その最中に調子に乗ってジャンプしながら一回転、後ろを振り返ったタイミングでミラに笑いかけたり、笑っているミラを見たり。
風をかき分けながら進み、木から落ちる花のつぼみをを手で受け取りながら、元居た位置に戻ってきた二人。
「アデレア様!
お見事です!
こんなに早く習得なさるなんて、流石は私たちの主様です!」
「うん!
すごく楽しかった!
ミラ、しゃがんで!」
「はい、なんですか?」
第一声は褒め、アデレアだけでなくミラもとてもうれしそうに、そしてとても楽しそうに笑いかけてくれる。
そんなミラに声をかけ、アデレアは自分の目の前で跪かせて、頭の上で手を置いた。
そのまま持っていた花を彼女の髪飾りとしてつけてあげる。
橙色の髪色にしっかりと映える青い花弁を持つ華。
「ありがとう、教えてくれたお礼。」
「アデレア様、ありがとうございます。」
感謝の気持ちをものにしてミラに差し出す、そしてミラはさらにお礼としてアデレアをそっと抱きしめる。
身体強化魔法は一度扱えば、それ以外の魔術以上に扱いが楽になる。
再度使おうと思えばいつでも可能という事、そしてアデレアはたった5歳にして16歳の扱う魔術と何ら遜色のない、というよりもアデレアの方がより高度に、そして持続的に魔法を使うことができるようになってしまった。
全部ミラのおかげ、そのための感謝である。
「それではアデレア様、お屋敷に戻りましょうか。」
「ううん、まだ違う『強化』を!」
「お体、壊してしまいますよ?
明日、皇帝陛下の御膳です、お控えください。」
「ちぇー。」
可愛らしく悔しがるところはまだまだ子供である。
「明日の式へ参加するもの達は?」
「総勢68名になります。
17時より王城を開き、18時から開会、滞りなく進めば22時にて閉会となる運びになっております。」
「そうか、用意はできておるのか。」
「はい、万全です。」
「うむ、下がってよい。」
【アスレン帝国】の皇帝、ベンディッド・アスレン・エドラルト。
彼の城の中心部にて皇帝陛下その人と使用人の声が室内に鳴り響いた。
その内容は決まって明日の催し物についてのことである。
年に一度行われるこの催しは、皇帝陛下の娘であるリリアーナ・エドラルトの誕生日にて行われていて、皆は貴族同士の腹の探り合いであると思っているが、実際は皇帝陛下の品定めの会であるのだ。
一体何の品定めか。
それは決まって娘の婚約者である。
その他の要因があることはあるのだが、事実その要因とやらに当てはまるものがいるとも思えない。
今リリアーナは10歳。
釣り合うとしても前後5歳差の子供である。
そんな子供たちに国王陛下の重荷を背負わせることはできないし、存在もしない。
だからと言ってこの会に参加する大人たちは地位目当てのものばかりで、信用に値するわけがない。
国の上に立つものだからこそ、信用する人は国を預ける人であると決めているのだ。
その要因、そして信用とはひとえに...国の悪の排除。
詳しくは言わないが、現状必要となっている皇帝陛下の重荷を肩代わりさせる存在の品定めもついでに行っているのがこの会だ。
そしてそんな皇帝陛下が、これまでの5年間ここを訪れようとしていない者、つまり権力が欲しくないのかと思えるほど御膳に現れることを妙に拒み続けたものの存在に、興味が引かれるのはそれこそ当然の流れか。
「少しまて。」
部屋を後にしようとした使用人を止め、最後に聞き忘れそうになっていた話題を尋ねた。
「リードレイン家の6男は此度の会に来るのか?
アデレア・アル・リードレインだ。」
「アデレア、きちんと言うことを聞いて、礼儀正しくしていなさいよ。」
「わかっています、お母さま。」
「ミラ、ジェフ、ロッド、リュット、しっかりとアデレアをよろしくお願いしますね。
それと、残った皆さんはお屋敷の警備と、今まで通りお仕事を。」
「「「「かしこまりました。」」」」
「それでは行きましょうか。」
少人数で参加する理由は単純に馬車に乗れないからである。
次の日の昼過ぎ。
アデレアたちは大勢の使用人に見送られながら、伯爵家としては少し質素な馬車を借りて屋敷を出るところだ。
アデレアとリタウレ、そして先程の使用人4人を連れ、今回の催しに参加する約束事を口にしながら馬車を動かし始めた。
ジェフには午連種と呼ばれる馬を引いてもらい、他5人は後ろの席で城につくまで待機。
その間、アデレアには最後の指導としてリュットとロッドから作法と失礼のない口調を事細かに授けられている。
「アデレア、リードレインの人に会っても、不用意に魔法などを使ってはいけませんよ。」
「わかっていますよ、お母さま。」
正直に言えばアデレアをリードレイン家の人間に会わせたくはない、それでも会わさなければいけないともわかっている。
だからこそ此度の件は内情をより知っているこの4人が最適だった。
それぞれが事情を理解しているからこそ、意気込んで挑むこの催し。
アデレアだけは眼を輝かせながら外の景色を眺めていた。