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全魔導士のアインレーベン  作者: 美音 樹ノ宮
3/21

低級位の生活魔法

~全魔導士のアインレーベン~






「それではアデレア様、まず初めに魔法というものについてお教えいたします。

 ...なんだかやけに真剣ですね。」


普段は5歳児らしい振舞いや笑顔を振りまくアデレア、しかしミラに魔術について教えてもらっている今は、その表情が打って変わって真剣そのものになっている。

元々アデレア自体に魔術の才能が有り、さらに好奇心も旺盛ゆえに「この子あってこの魔力量」というほど組み合わせのいい(ゼーレ)であり、教えがいのありそうなミラも少しテンションが上がっている。

二人は屋敷のアデレアの部屋で本を開き、対面しながらその内容を教えていっている状況だ。


「まず、この世界に存在する魔術、その中の魔法ですが序列と呼ばれる順番に分けられます。

 この低級位(ていきゅうい)というのが一番低い魔術になります。

 いちばん、低いもの、いいですか?」


「いちばん、弱いの?」


「そうです!

 一番弱いゆえに誰でも扱えるようになる魔術です。

 見ていてくださいね。」


そういうとミラはそばにあったカップに向かって水を放った。

手から少し離れた位置に魔法陣、そしてそこからゆっくりと水が流れていく。


「強い魔法になればなるほど魔術名が存在していますが、低級位(ていきゅうい)はほぼ生活魔法ですので、覚えておいて損はないです。

 生活魔法、例えばどんなことができるでしょうか!」


「洗濯!」


「水魔法ですね。

 それでは火の魔法ですと?」


「火、お料理?」


「正解です!

 それでは風のまほ―――――

 じゃなくて聖魔法、光のこの呪文です。」


彼が家柄において立場のなくなってしまっている要因である風魔法、無意識にその名を口に出そうとして取りやめたミラは、そのまま開いたほんの光の魔法に関して指をさす。


「光、ライト?」


「これは治癒魔法と言います。

 痛いのが治る魔法ですよ。」


「怪我が治るの?

 此方(こなた)も使える?」


「覚えれば使えるようになりますよ。

 ですが実際に使うのはこのお勉強の後です。

 まずは基礎から覚えていきましょう。」


優しく教えるミラ、彼女は今幸せな時間を噛み締めていた。

それはひとえにアデレアと時間を過ごせるということである。

真剣な表情を言ってもそれはまだ子供、かわいいことこの上ないのだ。

そして二人の時間は今日一日と続き、アデレアは5歳児にしては驚異的に集中力を持続させ、魔導書一冊が終わった瞬間に眠りに落ちた。


「ミラ、ちょっとやりすぎじゃないの?」


「アーレ、だってアデレア様が休憩させてくれないんですもの。」


根気負けしていたのはなんとミラの方だった。

休憩したいのはやまやま、そして休憩させたいのは山々であったが、アデレアが次から次えと質問を飛ばすことによって彼女すらもう疲れまくっている。


「今日はもうおやすみなさい。」


「リタウレ様ッ!?

 すみません...。」


「いえ、楽しそうで何よりです。

 アデレアも、多分こっちの方が向いているのかもしれませんね。」


「魔術を覚える、そのための魔力量なら現状十分に備えています。」


「それじゃあ、あとのことは任せたわ。

 一週間、今日を省いてあと4日でアデレアの好奇心を取り払う必要があります。

 残りの2日で作法と言葉使いを、リュット、ロッドもお願いしますね。」


「ハイ。」


「承知しています。」


「それでは今日は皆おやすみなさい。」


失礼しますと一斉にその場から散り散りに部屋へと戻っていくメイドと執事たち。

リタウレはその部屋に残り、アデレアをベッドへ運んで布団をかけてやる。

そしてその銀の髪にふれ、頬から首へと手を下ろしながらアデレアを撫で、母親の笑みを浮かべる。


「アデレア、しっかりと精進しなさいね。

 此方(こなた)はいつだってあなたの母親ですから。」


夢を見ているアデレア、ちょうどいいシーンだったのか、その言葉の後笑顔を浮かべる息子を見て、リタウレは自室へと戻っていった。

その部屋には一人分の寝息がいつまでも響いていた。






「おはようござい、ます―――――

 アデレア様?」


「おはよう、ミラ!」


次の日の朝。

元気に挨拶するアデレアは、早起きのミラよりも早起きをして、机に上に広げた魔導書で勉強をしているところだ。

5歳児が使うには大きすぎる机、その端から端まで彼の身長で積まれた本たち、そして床に詰まれるそれ以上の無数の魔導書。


「アデレア様、いつからお勉強を?」


「さっきだよ!」


「でも、昨日まではたった一冊しか...というより、どこから持ってきたのですか?」


「書庫!」


「ここは3階ですよ?

 書庫は一階、しかもその量どうやって。」


「これ!」


そう言ってアデレアはここにある本全てを魔法で浮かせて見せた。

それは昨日のうちに勉強しておいた一通りの魔術、その中でもきわめて難しい魔法を同時に百近い数展開して本を持ち上げている。


「アデレア様、今すぐに解除を!」


「えっ、うん!?」


アデレアとの人生において、初めてと言っていいほどの大声をあげるミラ。

驚いたアデレアは一斉に周囲の魔導書を床に落とし、顔を下に向ける。

怒られた子供がする行動は相手の顔を見ないこと、それには怖いという印象が含まれているだろう。

その光景を見ていたミラが、すぐに謝りながらアデレアに駆け寄っていく。


「ごめんなさい、大きな声出しちゃって。

 アデレア様、昨日一通り教えた魔術の知識で、自身の中にある魔力を超える魔法を使った場合、体調不良になってしまうとお教えしましたよね。

 今のアデレア様にこれくらいの濁した伝え方の方がわかりやすいと思っていましたので、そうお伝えしたのですが。

 少し伝え方、教育方針を変えます。

 アデレア様、アデレア様はどれくらい魔法を使えるようになりたいですか?」


優しい聖女のような顔を浮かべ、これまた優しくアデレアに問いかけるミラ。

今のアデレアにはこの彼女の行動が嬉しかった、そしてそれをわかった上でミラはそう声掛けをした。

この件に関しては自分の教育方針が間違っていた、それは従うものとしてあってはあるまじき行為である。

だからこそ自分を戒める意味も含め、アデレアに対しての態度とした。


「どれくらい、みんなを守れるくらい。」


「そうですか、それでは私もそのようにこれからお教えいたします。

 いいですか、アデレア様。

 自分の魔力量を超える魔法を使った場合、アデレア様は命を落とすことになってしまいます。

 わかりやすく言うと、死んでしまいます。」


「えっ!?」


「魔力暴走、と言って自身の魔法に焦がれ、炎を扱えば周囲を燃やし尽くす悪魔と化し、水を扱えば人も、場所も、歴史すら消してしまう悪魔と化す。

 アデレア様が守りたいを仰って下さいました私たちの命を全て消す、リタウレ様も、アデレア様自身も含めて。

 自身の限界を知らないこと、そして自分がどの序列の魔術を扱えるのかを知らないこと、そして魔法そのものを知らないこと。

 それは言い換えれば全生命体(リューン)を殺すことに繋がります。

 アデレア様が大切に思ってくださっている私たちも、それ以上にアデレア様を大切に思っています、どうか無理はなさらないようにしてください。」


「うん、ごめんなさい。」


「いえいえ、怒っているのではないのですよ。

 これから勉強する内容をお伝えしているのです。

 それでは始めていきましょうか!」


心底落ち込んでいるアデレアを見て、全くそのつもりのないミラは怒っていないと事実を伝え、アデレアを抱きしめてやる。

まだ5歳にして、リタウレが屋敷から追い出されている理由、そしてそんなリタウレに付き従っている使用人の理由、そして今自分が置かれている状況を理解しきっているアデレアにはみんな思うところがあるのだ。

何もかもを若いうちから背負いすぎている、よく言えば大人びていると言えるが、悪く言えば将来が心配なのだ。

だからこそ彼の重荷を取り払うため、怒ることはせず、優しく抱きしめてやり、勉強を始めていった。


「それではアデレア様。

 今どこを読んでいらっしゃるのですか?」


「どこ...全部読み終えたよ!」


「...この本をですか?」


「ううん、ここらの本全部!」


「...アデレア様ぁああ!!」


結局怒るのか。

屋敷中にミラの声が響き渡り、何事かと駆け付けた使用人に注意されるミラ。

聞くところによると睡眠時間を大幅に削って魔導書を読みふけっていたそう。

「好奇心旺盛なのは良い事ですが、体を壊したら元も子もないですよ」っとリタウレもさすがにアデレアを叱り、二人して謝罪をした。

前途多難である、しかし張本人のアデレアは懲りていないようだった。






「そうです、魔法というのはイメージに分かれているだけであって、系統ごとに区切られているものではありません。

 火、水、風、土、金、雷、闇、光の聖、身体強化など、それ以上のものもたくさんありますが、一概に火の系統魔法、水の系統魔法を呼ぶことはありません。

 まぁこの世界は広いですから、そう呼んでいるところがないとも言い切れませんが。」


「それは、龍種によって決まっているって?」


「この世界に存在する原龍種(マザー)様や龍種様は17()

 そのうち龍種様だけで13()なのですが、皆さんが火、水、風、木、氷、土、金、光、闇、雷、虚、修羅、妖の力を宿しておられます。

 そしてそれぞれが司っている力がそのまま魔術として存在しているという内容ですね。

 これ以外にも...ほらこのように、原霊種(クレイリット)様のように、魔術そのものである存在たちの数だけ魔法が存在していると言われてい説もあります。」


「龍種、原霊種(クレイリット)...」


口に出しながらすべてを暗記するアデレア。

その横顔を見ながら微笑むミラ。

屋敷の残っていた新しい本を広げながらまた色々なことを学び、暗記を繰り返すことに正直怖さすら覚えているミラは、負担を賭けさせすぎないよう一つの提案を口にした。


「アデレア様、お外で実戦経験をなさいますか?

 実際に魔法を使ってみることの方がわかりやすいと思いますけど。」


「ううん、もうちょっとだけ。」


「本を?」


「うん、覚えておかないと怖いから。」


ミラの答えに即し最後の最後まで本を読み進めるアデレア。

ミラもミラでまず教えていく実践の内容を彼女の中で考えている。

そして間もなくアデレアからの合図を受けて外に出て、早速実戦経験を行っていくことにした二人。

この屋敷は前庭と中庭が存在していて、二人は中庭の方に移動する。

仮にもリードレイン家の人間、つまり見栄を張った屋敷を与えられているリタウレ邸には、立派すぎる園芸が前庭にある。

それゆえ体を動かすとなればどちらかと言えばスペースのある中庭が便利なのだ。

もちろん常日頃から使用人が数十名単位で手入れを行っているのだが、この度に中庭担当の使用人には違う場所の仕事を任せておいた、事前準備は万全だ。


「それではアデレア様、本日はここの植木に水やりを行ってもらいます。

 つまり水魔法を使うということですね。

 この間びしょびしょになった時、水魔法はきちんと使えていましたし、感覚も要領もつかんでいると思いますのですぐに始めましょうか。

 あの時、おそらくアデレア様は私たちの真似をしようと魔法を放った、しかし自身の魔力量の多さと制限をすることができなかったがゆえに暴走してしまっていた。

 感覚としてははじめはコップに水を灌ぐことをイメージしてください。」


「これに水を...。」


中庭の大きな木の下にあるテーブル、そこに置かれたティーカップを持ち上げて、顔の前に持ってくる。


「イメージが大切です。

 それと、アデレア様の魔力量ですと、イメージよりも少なく見積もるといい感じになるかと思います。」


「少なく、少なく。」


ミラの言葉の後に続け、分かりやすく口づさむアデレア。

そして次の瞬間コップの上に現れた魔法陣からこれでもかと水が放出される。


「アデレア様、もっと少なくです。」


「もっと、もっと少なく。」


「そうです、そのまま少なく。

 ...今です、その量を持続して行使するように。」


徐々に少なっていった水の放出量に合わせ、目を瞑って集中するアデレアに届くよう声を出して知らせるミラ。

要領も掴みきっているアデレアは、使えと言われたら魔法を行使できるようで、しかし現状未だ制御には程遠い。

しかしアデレアとて、むやみやたらにやっているわけではない。


(むずかしい。

 もともと小さな穴の内面に触れないよう、これでもかと細くすぐに折れる棒を通しているかのよう。)


内面に触れていい、それならスッとできる。

これは最初にした大量の水を放出している状態だ。

だか今していることは内面に触れないように、という言葉が付いている。

それによって神経と集中力ははるかに高いものが強要される。

付き合ってくれているミアのためにも、とこれまた5歳児ならぬ思考を展開するアデレアは余計な邪念を取り払い、ここ一番の集中力を発揮する。


「それではアデレア様、そのまま隣の植木鉢に水を注いでください。」


次のミラの指示に沿ってアデレアは水の放出を止めることなく、目を開き、植木鉢の場所を目にした瞬間。


「くッ―――――」


またもや水が大放出されてしまった。

目を開けたことによって飛び込んできた視覚という余計な情報がアデレアの集中力を欠かせ、一瞬にして辺りは水浸しになった。

それはいうなれば重力の発生に似ている。

さっきまで行っていたことは重力を無視して細くもろい棒を小さな穴に通していることだったが、そこに目を開けたことで重力が重くのしかかり、棒が引き寄せられ内面に当たってしまった。

考えることが山ほどある、それを一瞬にして判断できなかったことに対しても、そして思うようにいかないことにも悔しさ、そして怒りを感じるアデレアに向かってミラが声をかける。


「アデレア様、これは普通10歳を超えたころの子供たちに段々と教えられる内容です。

 今のアデレア様が出来なくても、というつもりはありませんが、体の成長的にここまでできるのは相当すごい事ですよ。

 ですが、これが限界ではありません。

 お料理も、お掃除も、すべては何も知らないところから数をこなすことで学んでいきます。

 失敗してもなぜ失敗したのかを探ることで、掃除してもまた汚れてしまうのはなぜか探ることで、それぞれ新しい場所に至るのが人の常、アデレア様もなぜできなかったのかを探っていけばすぐに。」


「教えて、ミラ。

 今の此方(こなた)はどこがダメだった?」


「私にはわかりません、それがわかるのはアデレア様自身です。」


「...もっとやってもいい?」


「はい、魔力は枯渇しかけると体が重くだるくなってくるので、それを目安に休憩を行っていきましょう。

 本当は危険なことなのですが、アデレア様の熱に充てられてしまいました。

 今日から厳しく行きますね。」


可愛らしい、しかし男らしい顔を見せたアデレアを信じ、残りの二日間を鬼教官になることを心するミラ。

そんな彼女を心強く思いながら、アデレアは再度目を閉じてから魔術の行使を始める。


(まずはコップに水を注ぐ...

 そして目を開けコップに水を注ぎ続ける...

 最後に移動を始める...)


「もう一度です...

 もっと集中してください...

 イメージが乱れていますよ...」


その二人の教育風景は今日の屋敷に響き渡っていた。

通りかかる使用人も、雇い主のリタウレも、窓の中から二人を見下ろしてそっと微笑みを送る。

その遥かに早い成長をみんなに見守られながら、目標である中庭の園芸への水やりを行っていくアデレア。

今日も今日とて平和で落ち着いた一日が経過していた。

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