騎士と炎龍
「これは・・・。」
戦場と化したアルセリア王国を前に、イデアは怯んだ。既に城壁を破り多くの魔物が侵入し、王国民を襲っていた。悲鳴が上がり、肉の裂ける音とともに悲鳴が収まる。遅かったのか・・・そんな絶望が過った。
だが多くの魔物が城門を前に、城内に入ろうとせず、ただ一人に憎悪を向けていた。そこに立っていたのはアルセリア騎士団団長ローランであった。
ローランは自身を魔法で強化するとともに、全身にオーラを身にまとい、怒声をあげる。もはや龍の咆哮にも劣らぬ威力を持った怒声に、弱い魔物は攻めることを躊躇い、そうでないものは決して無視できない驚異に釘付けになる。襲い掛かる魔物を騎士剣で一閃し、怯んだ魔物へ魔術を打ち込む。はたして何時間、この城門を守り続けていたのだろうか。ローランは既に満身創痍であり、左腕を失っていた。
「真なる炎、原初の核よ。溶け、混ざり、増幅する。今、その理を示せ!―インプロージョン・フレア!」
―インプロージョン・フレア
火魔法上級一位の大規模殲滅魔法。術者から放物線上に放たれた火球は着弾とともに大爆発を起こし、半径50mほどを焼き尽くす。また、爆風を至近距離で浴びたものは皮膚が溶け、死に至る場合もある。
城門の上より放たれた魔術は、魔物の尻込みしている魔物の群へ着弾し、大爆発を上げる。爆風とともに着弾点から近い魔物が吹き飛ばされ、酷い火傷を負っていた。焼けた皮膚から酷い悪臭を発しながら、出来上がったクレーターを再び魔物が覆い隠した。
「遅かったな。」
城門の上からアイリのライバルの声がした。
「カーム!」
城門を見上げるとそこにはアルセリア騎士団主席魔術師のカームが立っていた。
強大な魔術を行使したことにより魔力欠乏症を引き起こし、肩で息をするカームはいつ倒れてもおかしくはなかった。ポーチから魔力回復薬を取り出すと一気に飲み干す。僅かに回復した魔力だが、本来の回復量には程遠かった。
魔法・魔術は術者の魔力を消費して行使される。魔力が一定以下になると魔力欠乏症に陥り、魔法の精度・威力が激減し、術者本人も眩暈や吐き気といった症状に見舞われる。その状態を回復するのが魔力回復薬、通称ポーションである。
ポーションは即効性があり、一度の飲用により魔力を全回復させる完全ポーションと呼ばれるものもある。先ほどカームが飲用したものが完全ポーションであったが、連続した飲用により体内で飽和状態となり、効果が低減している。
この状態が俗にいうポーション中毒である。ポーション中毒に陥ると、ポーションの効き目が薄れるが、魔力の限界を超えて魔法を行使できるようになる。ただし、その時消費されるのは術者の魔力でなく生命力である。
文字通りカームは命を削って魔術を行使していた。
「これ以上は死んじゃうよ!」
アイリが制止しようとするが、カームは意に介さない。次々と強力な魔法を詠唱し、魔物に向けて放つ。心配をするアイリを横目に、カームはニヤリと笑った。
「アイリとの勝負は俺の勝ち越しで終わりだなァ!…ここは俺と団長で抑える。民を避難させて撤退してくれ。」
「そんな!私も戦うよ!」
短杖を掲げ前に出ようとするアイリをイデアが制止する。
「副団長!なんで?!」
「…民の安全確保が優先だ。」
「私たちが戦えば避難する時間が稼げます!」
「すでに城壁内に魔物が侵入している。お前は中の魔物を倒しながら民を避難させるんだ。」
城門の中から絶えず悲鳴が聞こえている。確認こそできないが、城内も間違いなく対応できていなかった。今にも泣きだしそうなアイリの肩に手を置き笑いかけた。
「頼んだぞ。」
剣を抜き、援護に向かおうとした時、ローランが叫んだ。
「お前も撤退しろ!!」
思わぬ台詞に足が止まるイデア。
「撤退だ!中はウィザードだけでは手に負えん!アイリをみすみす死なせるな!」
「し、しかし!」
「いいかイデア!お前はここで死ぬな!生き延びて、生き延びて、いつの日かアルセリアを取り戻せ!」
悲鳴にも似た怒声にイデアは困惑する。
副団長として、一人の友として、ローランの横で戦って散りたかった。しかし、確かに、このまま混乱した城内へアイリ一人援護に向かわせたところで、すぐに魔物に接近され蹂躙されるだろう。生粋の魔術師は一人では戦えないのだ。
イデアは判断を迫られ、決断する。