コルラ渓谷
ルカと無事に合流したイデア達は、ピューイの牽引する荷車に並走するようにコルラ峡谷の山道を走っていた。山道と言っても、通る者はルカか魔物しかおらず、ほぼ整備されていない獣道も同然であった。
「しかし、俺以外がここを通るなんて新鮮だぜ!」
ガタガタと車輪が石を乗り越える音に掻き消されないよう、ルカが声を張り上げる。
「やはりここを通れるのはルカ様だけなのですか?」
イデアもまた声を張り上げ、ルカに話しかける。するとルカは何とも言えない顔をしてイデアに返事をする。
「ルカ様ってのと敬語を止めてくれ!気持ちが悪い!」
「…では、お言葉に甘えて。」
「それで、さっきの答えだが、此処を通れるのは俺だけだ。まぁ、ピューイのお陰だけどな!」
そう言うと、ルカは御者台からピューイの背中をポンポンと叩く。ピューイは嬉しそうに鳴き、地面を蹴る足に一層の力が籠る。
「ピューイはコルラ峡谷の出身なんだ。蹄の門付近で傷ついていた幼いピューイを俺が保護したんだ。」
「なるほど…。それにしても、ピューイは規格外の強さを持っているように感じたが…?」
するとルカはニヤリと歯を見せ、逆にイデアに問う。
「お前は同種族の魔物の強さは皆同じだと思うか?」
「…いや、多少の差は生まれるだろう。」
「そうだ、同じハミングバードでも強弱がある。俺たち魔物使いは出来るだけ強い個体を使役しようとするのが一般的だ。だが、人間と同じで魔物も訓練次第で強くなる。俺と一緒に訓練したピューイの実力は最早、危険度Aにも差し迫るだろう。」
「ピュイピューイ♪」
ルカがまるで自身の事の様に自慢し、ピューイの背を撫でると、ピューイもまた嬉しそうに、ご機嫌な鳴き声を上げる。
「うっ…なんて愛らしい…可愛すぎますよ!あの子!」
ピューイの一挙一動を見たアイリはあまりの可愛らしさから顔を覆う。
「どうやって麒麟様に認められたんだ?あの感じだと取り付く島もなさそうだが…。」
「いや、世間じゃ認められし者とか言われてるが、実際はそんなもんじゃないんだ。麒麟様はああ見えて義理堅くてな。縄張り内で生活している魔物は麒麟様にとって子供のような存在なんだとさ。」
「つまり…?」
「ざっくり言うとピューイを助けたお礼みたいなもんだな。」
「なるほど…。」
先ほど邂逅した麒麟からは想像できない様子にイデア達は舌を巻いた。
「ハハッ!まあ、実物を見た後だとそうなるよな…。ところで、コルラ峡谷を抜ければヴァニスまでは直ぐだが、その後どうするんだ?」
港町ヴァニスからは多くの船が出る。港町としては大規模なヴァニスは、レミリア大陸の主要な港すべてと定期船が行き交い、他の大陸とも交易船が出ている程であった。その為、ヴァニスを中間地点として目指している旅人は数知れなかった。
「交易船に乗ってヤポーニアに。」
「…ほう。なにかアテがあるのか?」
「イデアさんの故郷らしいんですよ!」
「なんだと!?…リンクス商会は未だヤポーニアとの直接取引の実績がないんだよなァ…。」
ルカの表情が一変し、何かを計算しているような素振を見せる。商人の心得がないイデア達でも、今回ばかりはルカが考えていることが手に取るように分かった。
「もしよかったら、誰か紹介してくれない?礼はするからさ!」
新たなビジネスルートを逃がさんとするルカの目は真剣であり、まるで獲物に狙いを済ませた猛獣のようでもあった。
「…何分久しぶりの里帰りで紹介できるような人間がいるかは分からんぞ。」
「あぁ!運が良ければくらいに思っとくよ!」
そう言いながらもルカは明らかに上機嫌になり、鼻歌交じりで操舵を握る。イデアは大きく期待をしているルカに少々不安を覚えながらも、コルラ峡谷を横断できた事への感謝を込めて、何とか商人とのコネクション作ろうと心に誓った。
そうこうしているうちに、道幅が広く緩やかになりはじめ、コルラ渓谷の終わりが見えてきた。
「普通、迂回して何日もかかるのに、この道だと半日か…!」
コルラ峡谷は縦に長い。大陸を南北に切り裂くように開いた峡谷は、迂回するだけで膨大な日数が必要になる。そのため、アルセリアとヴァニスの往路は地上ではなく海路を選択する人間が多かった。
「早いだろ?リンクス商会がデカくなれたのもこのルートの独占のお陰さ。」
「あっ!アレ!見えましたよ!」
自慢げなルカを他所に、港町ヴァニスを視認したアイリが興奮して話を遮る。既に辺りは日が傾き始めていた。峡谷の山々に夕日は遮られ、大きな影を作りだし、その影を周期的に港町ヴァニスの灯台が照らしだしていた。
「あれが…ヴァニス…。」
初めて港町ヴァニスを見るアイリは町の規模よりも、その灯台の大きさに目を見張っていた。イデアもまた十数年ぶりに見る灯台の明かりに、少し懐かしい気分になったのであった。
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第三章はこの話にて終了です。
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