騎士と炎龍
「ここまでは何事もなかったですね。」
「そうだな。でも、これからだ。」
王国を経って約半日、二人はアルス霊峰の麓まで辿り着いた。王国領土は炎龍の庇護のおかげで魔物は少なく、生息している魔物も野性動物と大差ないレベルであった。
「あ、ホーンラビットだ!かわいい~!」
不意に現れた魔物をみてアイリがはしゃぎ、ホーンラビットを追いかけ回す。
「なんでこんなに可愛いのに魔物なんですかね?」
捕まえたホーンラビットをこれ見よがしに掲げ、不思議とばかりに首を傾げる。
「魔力を持っているかどうからしいよ。正確には魔核があるかないか、かな?」
一般的に野性動物か魔物かの区別なんていうのは些末事であり、気にかける人間は少ない。基本的には魔物は害があるものとして教えられるからだ。そしてこの可愛いらしいホーンラビットも例に漏れず害がある。
「ぁ"ッ!痛ッ!」
されるがままであったホーンラビットが一転攻勢、逆襲とばかりに額の角から静電気を発する。アイリが咄嗟に手を離した隙に、文字通り脱兎の如く逃げていった。
「ほら、遊んでないで夜営の準備をするぞ。」
今まで平和そのものだった旅路ではあるが、これより先は別であった。元より濃魔素地であるアルス霊峰は炎龍から溢れだす魔力により、危険な魔物が住み着いている。噂では炎龍の棲家より更に奥地は高レベルの魔物で溢れており、炎龍がそれらを抑えていると。
「登り始めたら安息地はない。ここで夜を明かし、明朝出発しよう。」
二人は手際よく夜営の準備をはじめた。しらばくして、夜も更け、空に満天の星が広がる。アルス霊峰は昼間の雄大さとうって代わり、星の光を反射させつ霊峰は不気味な艶やかさを醸し出していた。
「静かな夜ですね。」
焚き火に仄かに照らされたアイリは少し身震いをした。
「静かすぎる・・・。」
アルス霊峰の麓は不気味な程静かであった。いくら炎龍の庇護下とはいえ虫の鳴き声くらいはするはずであるが、嵐の前の静けさというべきか不自然な静寂が広がっていた。パキパキと薪が弾ける音だけが響き渡る。
不気味さに耐えきれなくなったアイリが口を開いた。
「そういえば、副団長とローラン団長はどちらが強いんですか?」
思わずイデアはツッコミそうになった。お前は昼間の児童学院の生徒かと。
「ローランの方が強いよ。あいつは魔法も優秀だから。」
イデアは魔法適正が低かった。何が原因かは分からないが、どれだけ練習しても初級魔法や生活魔法までしか使えるようにならなかった。しかし、イデアはそのハンデを埋めるように剣に打ち込み、【アルセリアに剣神あり】とまで噂される存在となっていた。
一方、ローランは近接戦闘ではイデアに及ばないものの、卓越した魔法の使い手でもあった。ローランはイデアが使い得ない中級以上の魔法を得意とし、更には戦略家でもあった。
過去何度かイデアとローランが手合わせと称し、打ち合いをしたが、数十分に渡る戦いの後、その全てでローランが辛勝している。その実績からローランのほうが強いと断定できるのだが、アイリは不満そうな顔をしていた。
「副団長っていつも降参しますもんね。」
たしかに、手合わせの決着は全てイデアの降参であった。どうやらイデアが手を抜いているか力を隠していると思っているようだ。しかし実際は、それ以上打ち合ったとしても勝ち筋が見えないため、実質詰み状態となっているからであった。
「そういうアイリはカームとどうなんだ?」
「そ、それはカームは同期であり、良きライバルですから・・・ゴニョゴニョ・・・」
「負け越してるんだな。」
「つ、次は勝ちますし!相性悪いだけですから!」
「そうか、がんばれよ。」
いつしか不気味さは消え、和気藹々とした雰囲気が漂っていた。