コルラ峡谷
「増援か?・・いや、でもこれは・・・!」
響き渡る咆哮は、姿こそ見えないものの、リンドヴルムのそれとはまるで次元が違っていた。
イデアと対峙していたリンドヴルムは動きを止め、背後を気にしている。その様子はまるで何かに脅えているようであった。
「奥に・・・何かがいるのか?」
問いかけるも返事をするわけもなく、リンドヴルムはイデアを一瞥すると鼻を鳴らし、中央へ向かって走り出した。
通常、リンドヴルムが縄張りに入った侵入者を放置することは無い。しかし、侵入者よりも大きな脅威が縄張り内に侵入した場合、例外的に放置されることもある。
つまり平原中央部にはイデアを遥かに凌ぐ何かがいるのである。
去り行くリンドヴルムの背中を眺めながら、期せずして時間稼ぎを完了したイデアは、そのまま縄張り内外を目指して移動を開始する。そろそろアイリは縄張りを抜けた頃であろうか。そんな考えとともに再び平原中央を見返すと、遠目に映る赤褐色の巨大な岩山がゆらりと揺らいだような気がした。
「まさか、な。」
一瞬、イデアの目には巨大なリンドヴルムのように映ったが、遠すぎるため完全には視認できず、その場を立ち去ることにした。
竜車が走り抜けた方角をしばらく進んでいると、水源の奥で地竜に水を飲ませ落ち着かせているアイリがいた。
「おかえりなさい。撒けたんですね。」
「ただいま。いや、何故か見逃された。」
「あの大きな咆哮と関係があるんですかね?」
「聞こえていたか。おそらくアレを優先したんだろうと思うが、実は・・・」
一瞬だけ目に映った巨大なリンドヴルムの話をすると、アイリは興味深そうに聞き入っていた。
「リンドヴルムの上位種ですか・・・?聞いたことないですね・・・。」
「俺もだ。もしかしたらリンドヴルムは何かを守っているのかもしれない。」
「何をですか?」
「分からないが、奴らが縄張り意識がやけに高い理由も深追いしない理由も説明がつく。」
「うーん。謎多き魔物ですね。」
リンドヴルムは平原中央で発見されて以来、討伐歴がない。発見当初は何度か狩人協会にて討伐依頼が発行されたが、挑戦した腕利き狩人たちは尽く失敗し、帰らぬ人となっているためだ。
しかし、それを込みでAランクに位置付けられている理由は、縄張りに侵入しない限り攻撃してこない事に加え、四皇獣と比べて大きな力の差があることが大きいと言われている。
それ以上の魔物となると、ハイパーモブ、つまり四皇獣クラスとなる可能性があるが、そんなことがありえるのだろうか。二人にそんな疑問が残るが、考えても結論は出ることはなかった。
「次の街までもう少しですが、どうしましょう?」
「今日はもう日が落ちる。ここで野営しよう。」
「わかりました!料理の支度します!支度だけ!」
「え?あ、うーん・・・?」
ウキウキと準備を始めるアイリを横目に、イデアははどこか違和感を覚えながらも野営の準備に取り掛かるのであった。




