騎士と炎龍
「騎士のにーちゃん!炎龍祭ってなぁに?」
不意に男児から質問が飛び、イデアは優しく解説する。
「炎龍祭っていうのはな、一年に一度この国を守ってくれている炎龍様に感謝を捧げるお祭りなんだ。」
アルセリア騎士団副団長のイデアは児童学院に講演訪問に来ていた。
「へぇー。炎龍様って強いのー?」
「炎龍様は四皇獣とも呼ばれ、レミリア大陸最強の一角といわれているよ。炎龍様の他には氷狼様・麒麟様・妖精王様がいるな。」
「騎士のにーちゃんとどっちが強い?」
「こら!騎士様になんて質問するの!」
渋い表情をした担当教師が慌てて訂正を図る。
「いやいや、いいんですよ先生。…そうだね、俺では炎龍様の足元にも及ばないだろうね。」
炎龍が戦っているところを見たことはないが、相手にならないことは容易に想像できた。輝く鱗を纏った巨躯に膨大な魔力…もはや比べるまでもないだろう。
「副団長。そろそろお時間です。」
補佐役を務めるアイリからタイムリミットが告げられる。
「わかった。じゃあこれで質問タイムは終了だ。明日の炎龍祭、みんな楽しんでくれ!」
教室の至る所から講義が終わる事への落胆の声が聞こえた。子供たちにとって騎士を間近に見られることなど稀であり、その話を直接聞けることは更に稀であった。
惜しまれながらも児童学院を後にするイデアの背中から声がかかる。
「副団長は本当に子供にモテますね。」
半ば茶化しながらアイリが笑う。
「あはは…そうかな?まぁ悪い気はしないな。」
子供に好かれるということは民に好かれると同義だ。守るべき民に好かれるということはアルセリア騎士団にとっても喜ばしい事であった。
【民にとってアルセリア騎士団は剣であり盾である。その期待を裏切ってはいけない。】
これが騎士団長ローランとイデアが掲げている信条であり、禊であった。
「それよりも、準備は順調か?」
「えぇ。いつでも出発できますよ!」
炎龍祭の当日、アルセリア騎士団には二つの重役を課せられる。一つが王国と各国重鎮の警備。もう一つが炎龍へ供物を献上することだ。
供物といっても生贄の類ではなく、農作物や海産物の一部を炎龍の元へ献上するのが習わしだ。献上した供物と引き換えに王国を炎龍の庇護下において貰っているのだが、なぜかお土産とばかりに脱皮した後の龍鱗を渡される。龍の鱗は並大抵の鉱物より硬く、軽いため、騎士団や王国兵の装備に重宝されていた。
「しかし今年も副団長が任命されましたね!」
「そうだな。炎龍様には贔屓にして頂いているからな。」
「羨ましいような、お祭りが見れなくて可哀想なような…。」
哀れみにも似た表情で見返すアイリ。
炎龍は気難しいとされ、献上役の変更は基本的にない。そのため、イデアが副団長に任命された10年間は炎龍祭を間近でみることが適わなかった。ただし、炎龍が気難しいというのは少々誤解で、人間でいう人見知りなだけであるのはイデアだけの秘密であった。
「さあ、そろそろ出発するよ。アイリも炎龍祭の警備頼んだよ。」
馬車に乗りこみ手綱を握る。海産物もあるため、腐敗対策と保険で氷系のウィザードが同席するのが通例なのだが、今回は見当たらない。辺りを見回していると、なぜか馬車の後部席に乗り込むアイリの姿があった。
「あ、今回は私が同席ですよ!よかったですね!副団長。一応氷結の魔法も使えますので!」
微笑む彼女を余所に、少し道中が不安になったイデアであった。