クローク連合国
天幕から抜け出したイデアは特に当てもなく歩いた。足を止めると憎しみという足枷により前に進めなくなるような気がしていた。
ひたすらに歩くイデアの後を少し距離を取りながらアイリがついて歩く。
騎士団に裏切り者がいた。この事実はアイリにとってもショッキングな出来事であり、到底許せるものではなかった。しかしそれよりも、今にも壊れてしまいそうな表情を見せるイデアが心配でならなかった。
「なあ、アイリ。俺はこれからどうしたらいいんだろう。」
都市部が小さく見えるほど歩き、空を見上げたイデアはポツリと呟いた。
「副団長は、どうしたいんですか?」
「俺は・・・俺を、俺たちから全てを奪った奴らを見つけ出し、全員の息の根を止めてやりたい。」
「復讐・・・ですか?」
「あぁ、それが良いことだとは思わない。復讐をしたところで何も救われないのも分かっている。だが・・・!」
「・・・そうですね。私も同じ気持ちです。」
アイリの意外な言葉にイデアは目を見開く。
アイリもすべてを奪われた犠牲者の一人だ。仲間に裏切られ、魔物の襲撃によって王国から逃げ出したであろう家族の無事は確認できない。
しかし、彼女はどこか冷静であった。普段は冷静沈着であるイデアが感情的になっている所を傍で見て、彼女の感情はすべてイデアに代弁されていた。
正直なところを言えば、アイリは復讐など意味はないと思えた。きっと普段の冷静なイデアであればそう思うだろう。だが、今の壊れそうなイデアを、アイリは愛おしく思ってしまった。私が傍で支えなければ・・・そんな使命感が生まれてしまった。
イデアはゆっくりと歩を止め、後ろを振り返る。見つめられたアイリは静かに笑いかけた。その笑みは全てを包み込む聖母のようであり、イデアの心を揺さぶった。抑えてきた感情が溢れ出し、自然に涙が流れた。
そんなイデアをアイリは優しく抱き寄せ、落ち着くまでのしばらくの間、抱きしめ続けた。
「・・・落ち着きましたか?」
冷静さを取り戻しつつあるイデアに、アイリは再び笑いかける。イデアはバツの悪そうな顔をしてアイリの懐から離れる。
「もう離れちゃうんですか?もっといてくれていいんですよ?」
自信の胸をトントンと叩き茶化すアイリにイデアは目を合わせられなかった。
「あれれ~?目が泳いでますよ!副団長!」
「いや、これは・・・えっとだな・・・」
誰にも見られたことのない表情を見られたイデアは、わたわたと動き回り誤魔化すのであった。
辺りは既に闇に包まれていた。遠目に映るリーンの街灯が煌めき、一番星を思わせた。行き場を無くした避難民には、希望の光に見えているかもしれない。
「メロウは夕刻過ぎには受入を開始すると言っていた。そろそろ始まった頃だろうか・・・。」
確信こそないが、メロウは信用に値する男だと感じた。避難民にとってこれから厳しい生活が始まる。しかしメロウであれば無下にはしないだろう、と。
だが、そこに騎士団は必要ない。裏切り者である我々は…。
再び気分が落ち込むも、復讐の二文字が脳裏に過ぎる。
「まずは、真相を確かめないとな・・・。」
「裏切り者、ですか?」
「あぁ、もし騎士団から裏切り者が出たとすれば、クレイドラッヘへ亡命しているはずだ。」
「そうですね。あの状況で帝国側へ逃げるなんてこと出来るわけ無いですし。」
魔物の襲撃があったあの時、レミリア陸橋からアルス霊峰まで魔物が犇いていた。それを掻い潜って帝国領まで逃げ遂せるのは不可能であり、不自然であった。
「どうにかしてクレイドラッヘに潜入する手段が必要だ。」
クレイドラッヘ公国は帝国属国となった。それはつまり連合国からの離反であり、宣戦布告でもあった。そんな国が易々と滅ぼした国の人間を入国させるとは思えない。
「そうですね。狩人協会であれば国籍関係なく入国できるかもしれませんが・・・。」
狩人協会は大陸内外において特別な権力を持っていた。それが狩人達の自由往来権である。
時に絶大な力を持つ魔物を相手にする狩人協会は、管轄外へ応援要請を出すことも珍しくない。その場合、多くの狩人がその国へ一時的に集結するが、緊急性の高い依頼の場合、入国手続きする時間が惜しまれる。その場合、狩人協会が個人の証明をし、責任を持つことで、自由往来権を行使していた。
つまり、狩人協会の発行する証明さえあれば、クレイドラッヘに潜入することも難しくはないということだ。
「でも、今の私たちは・・・」
だが問題もあった。いくら狩人協会といえども、不特定多数の人間を無暗に狩人として登用しているわけではない。狩人協会へ登録するには、身分証目が必要であり、また、第三者の保証人が必要なのである。
現状、国を滅ぼされたイデア達は身分を証明することは不可能であった。
「・・・仕方ない。師に協力を願おう。」
イデアがため息をついた。
「副団長のお師匠様ですか?でもなんでそんな嫌そうに・・・?」
「・・・。」
「えっ、無視ですか?」
イデアは師が苦手であった。イデアが剣神と噂される礎を作り出した猛者であることは間違いではないのだが、修業時代にあまりいい思い出がないのだ。
「とにかく、東へ。極東へ向かおう。」
「極東・・・ってもしや・・・?」
「ああ、極東の島国ヤポーニアへ。」




