最悪の海軍記念日1
モエン島の西方海面を凝視する二式大艇の搭乗員たちは、皆一様に言葉を失った。
吹き流された黒煙の下には、威風堂々足る戦艦群の姿――ではなく、無残にも破壊されつくした鋼鉄の骸が並んでいたのだ。
上空から見下ろしただけでは各艦の被害状況は把握できなかったが、遠目にも大きく傾斜していることや、艦橋構造物の高さが明らかに減じている艦が在ることは確認できた。
何よりも二式大艇の搭乗員を唖然とさせたのは、春島錨地に停泊する大型艦が、僅かに4隻しか存在していないことであった。
停泊中の4隻を見るに、他の戦艦は自力航行が可能ですでに避退した後である……とは考えられなかった。おそらく、すでに沈没してしまったのだろう。
では残存する4隻はどうか? 上空から見た限りではかなりの深手を負っているようだが、それでも1、2隻程度は修理が可能かもしれない。
そう思った機長は、危険を承知で操縦桿を押し込んだ。
第一艦隊が失われ、トラック基地が壊滅した現在、ここは敵地にも等しい。もしも、アメリカ軍がトラックの占領を狙っているとすれば、間違いなく艦隊を展開しているはずで、戦艦ばかりでなく航空母艦を伴っている可能性が高い。
二式大艇は、飛行艇としては世界最高水準の機体だが、戦闘機に遭遇するようなことになれば、生還は望みにくい。
サイパンの泊地を立つ際にも注意を受けていたし、機長自身わかってはいたが、帝国海軍が誇る戦艦群の状況を確認せずにはいられなかったのだ。
幸い付近を警戒する大艇から『敵艦隊発見』や『敵機ト遭遇』の緊急信が入ることもなく、二式大艇一番機は緩やかに高度を落としていた。
二式大艇が高度を落とすにつれて、豆粒のようだった艦影が拡大してくる。それと同時に、大艇搭乗員たちが抱いていた希望は、深い絶望へと変わりつつあった。
真っ先に視界に入ってきたのは、錨地の南側に浮かぶ紀伊型戦艦だった。
甲板や舷側には幾多の破孔が穿たれており、まだうっすらと黒煙を吐き出している。艦上構造物の被害もすさまじく、上半分をもぎ取られた前部艦橋と主砲塔、舷側に並んでいた砲郭式副砲の残骸以外は跡形もなく吹き飛ばされていた。
次いで目に入ったのは、大きく傾斜した加賀型戦艦だった。
煙突には大穴が空き、後檣も半壊状態にあるが、艦中央部に屹立する艦橋構造物には大きな損傷は見られない。主砲塔にしても、前部の2基は屑鉄同然の有様だが、後部の3基は仰角を掲げて南方海面を睨み据えている。
ともすれば、このまま戦闘を続行できるのではないかとも思わせるが、しかし、艦体は大きく傾いており海水は甲板の縁を洗っている。
歯噛みした搭乗員たちは、双眼鏡を2隻の長門型戦艦に移した。
八八艦隊計画の第一号艦として建造された「長門」と姉妹艦の「陸奥」だ。決裂に終わったワシントン条約が締結されていれば、後続の姉妹艦たちは建造中止か、あるいは戦艦以外の艦種として完成することとなり、日本海軍最強の戦艦として君臨しただろう2隻だ。
八八艦隊計画艦の中では火力、防御力共に弱体であり、最も価値の低い戦艦ではあるものの、『世界最初の40センチ砲搭載戦艦』として世界の海軍関係者たちを瞠目させた栄光の戦艦であり、海軍軍人にとっては誇るべきものであった。
だが、今の長門型戦艦の姿は栄光とは程遠い、浮かぶ廃墟のようなものであった。
1隻は巨大な戦斧を叩き付けられたかのように艦橋を叩き割られ、艦首を大きく沈めている。艦首側に装備された主砲塔は天蓋を割られ、あるいは正面防楯を砕かれて、2門の砲身を飴細工の様に捻じ曲げられていた。
また1隻は、艦上構造物の多くは無傷で残されているもの、左舷中央部をごっそりと抉り取られている。おそらくは舷側に装備された14センチ副砲の弾薬庫が誘爆したのだろう。砲郭式の副砲はすでに跡形もなく、煙突の後方から右舷側にかけてはっきりわかるほどの亀裂を走らせていた。
専門的な知識を持たない彼らであっても、はっきり認識することができた。これら4隻の戦艦に修理を施すことはおろか、曳航することさえ困難であると。
かつて、戦艦、巡洋戦艦合わせて16隻が居並んだ様は壮観の一言に尽き、帝国海軍軍人にとって何よりも誇るべきものだった。
しかし、その勇姿を目にすることはもうあり得ない。
今は海上に姿を留める4隻の戦艦も、遠からずして先に逝った姉妹艦たちと海底に枕を並べることだろう。
双眸に涙を溢れさせながら、機長は操縦桿を引いた。
春島錨地の海面を舐めるように飛んでいた二式大艇が上昇に転じて、間近に見えた戦艦群の姿が小さくなっていく。
眼下に見える戦艦の頭上を、名残惜しく旋回するうちに、
「あぁっ……!」
誰とも知れない声が、大艇の機内に響き渡った。
その声に誘導されるようにして、誰もが春島錨地の一点を凝視した。
長門型戦艦――その一番艦「長門」が、大きく身震いした。そしてそのまま、息を飲む大艇搭乗員たちの眼前で、緩やかな坂を滑り落ちるようにして海中に姿を消した。
まったく同時に、「陸奥」が凄まじいまでの轟音と破断音を発して、艦体を折った。突き上げさせた艦首と艦尾を抱き合わせ、静かに引き込まれていった。
それが呼び水となったかのように、「加賀」が横転した。
すでに舷側スレスレまで上がっていた海水が、雛壇のような段差を持つ甲板に達し、砲郭式副砲を容赦なく呑み込んでいく。
一度均衡が破れてからはもう復元のしようなどなく、海水は一気に上甲板を走り、角錐台形の主砲塔やそびえ立つ艦橋を呑み込んでいった。
そして、最後まで海上に姿を留めていた「尾張」も、遂に母港へ戻ることは無かった。
第一、第二戦隊に所属する戦艦群の最後を見届け、二式大艇を北の空に見送った巨艦は、ようやく諦めたかのように艦尾を沈めた。艦首が真っ直ぐ中天を指し示し、陽光を受けた菊の紋が生涯最後の輝きを放った。
そのままの姿勢で、静かに海底へ消えていく「尾張」。さながら、帝国海軍の落日を告げるかのような象徴的な最期を見届けるのは、南洋を舞う海鳥たちと、中天に座す太陽のみであった。
軍令部に第一報が届けられたのは、27日午後のことであった。
総長室には、山本五十六軍令部総長以下、伊藤整一軍令部次長、福留繁第一部長など、主だった部署の長が参集している。しかし、誰も声を発することは無く、血走った眼でテーブルに敷き並べられた航空写真を睨みつけていた。
航空機の残骸を散乱させて、滑走路を各所で寸断された飛行場に、紅蓮の炎を跋扈させ、黒煙を噴き上げ続ける地上施設。叩き潰され、あるいはもぎ取られた砲台に桟橋、倉庫等、トラック環礁を巨大な基地足らしめていたあらゆる施設が、稼働状態にないことは明らかであった。
しかし、それだけで済んだのであればむしろ幸いであったかもしれない。海軍が長年に渡って整備してきた国外最大規模の拠点であっても、所詮は勢力圏の外郭に位置する基地でしかない。本来、外征型ではない帝国海軍にとっては、痛手ではあっても致命傷にはならないはずであった。
最大最悪の不幸は、そこに連合艦隊の主力である第一艦隊が停泊していたことだった。
深く息をついて、山本は総長室の壁に目を移した。
そこに貼られた連合艦隊の編成表には、奇襲攻撃によって被った被害がすでに反映されていた。
第一艦隊の構成艦艇のうち、第一戦隊の戦艦「紀伊」「尾張」「駿河」「近江」第二戦隊の戦艦「加賀」「土佐」「長門」「陸奥」、第七戦隊の重巡洋艦のうち2隻、第一水雷戦隊の軽巡洋艦1隻、駆逐艦12隻には沈没を示す二本の斜線が引かれている。
昨年8月、山本からGF長官の職を引き継いだ古賀峯一大将は、それまでの旗艦「駿河」から、「尾張」へと将旗を移した。幕僚たちは、「尾張」は「終わり」に繋がり、縁起が悪いと言って止めたものだが、彼は「敵の終わりだと思えばいい」と笑い飛ばして紀伊型戦艦の二番艦を新たな旗艦に定めた。
しかし、「終わり」は第一艦隊と古賀自身に――いや、大日本帝国そのものに降りかかってきたようだった。
海軍最大の実働部隊である連合艦隊。その隷下にある各艦隊のうち、戦艦、巡洋戦艦を擁するのは第一、第二、第三艦隊だ。
他に、内南洋――トラック、マーシャル、マリアナ、パラオを含む広大な海域の警備を担当する第四艦隊と、北方警備を担当する第五艦隊、潜水艦部隊の第六艦隊、新編成されたばかりの空母部隊、第一航空艦隊と基地航空隊の第十一航空艦隊が存在している。
しかし、実際に米太平洋艦隊との決戦に投入できる戦力は、第一、第二艦隊と、第一航空艦隊の三個艦隊でしかなかった。
第三艦隊と第十一航空艦隊はフィリピンに展開する米極東軍団への抑えとして沖縄と台湾に展開しており、呼び戻すにしてもフィリピン攻撃を行い、極東軍を無力化してからでなければならない。そうでなければ、帝国の生命線である南方交通路を遮断される可能性が高いからだ。
第四、第五艦隊はあくまで警戒部隊に過ぎず、第六艦隊が装備する潜水艦群も、各地のアメリカ軍拠点への警戒任務に使われているために数が揃わないために、決戦部隊には数えられない。
しかし今、第一艦隊はほぼ全戦力を喪失し、第四艦隊もトラックとマーシャルに配備されていた艦艇はことごとく失われた。加えるなら、海軍航空隊の太平洋方面軍も両拠点に展開していたものはすべて失われている。
まったく、途方もない損害だ。
艦艇と航空機の被害だけでも目眩がする数字だというのに、人的被害に至っては破滅的な数字になるのは間違いなかった。死者、行方不明者の正確な数字が出るのはまだ先になるのは確実だし、生存者の救出さえも目途が立っていなかった。
あるいは、大日本帝国が救援に向かうことはあり得ないのかもしれない。アメリカ合衆国が、敗者に手を差し伸べるように救援を申し出るのか、あるいは国家解体され、植民地と化した〝大日本帝国だった国〟が屈辱にまみれながら救援に向かうのか。
それとも……静かに目を開いた山本は、重々しく口火を切った。
「目下の問題は、連合艦隊が米太平洋艦隊を撃退できるかどうか、だ」
重苦しいばかりの沈黙が、総長室を支配していた。
ここに参集しているのは、海軍の軍令を司る者たちである。だからこそ、帝国海軍の置かれた状況が絶望的を通り越して破滅的であると判っている。
「今ならば、まだ勝算はあります」
声を上げたのは、軍令部第一部所属の沼菱武彦中佐であった。
「半減した八八艦隊で、太平洋艦隊の全軍を撃破できるというのか!?」
「貴官は、浅間型を当てにしているのかもしれんが……」
「頭数で倍差がついていてはどうにもなるまい……第三艦隊の旧式戦艦では、太平洋艦隊の主力には歯が立たん」
伊藤が驚いたように訊き返すと、それに続いていささか悲観的な声が返ってくる。
「太平洋艦隊の全軍を相手取らないのであれば、まだ勝機はあります」
「それはそうだが……果たしてうまくいくのかね?」
第一課長の大石保中佐が、懐疑的な口調で質問する。
沼菱の考えを、戦場における各個撃破と取ったのかもしれないが、実際の沼菱との考えとは全く違ったものであった。
「いえ、太平洋艦隊の全力が出撃してくることはほとんどあり得ないと考えられます」
沼菱の言葉は全くの予想外だったらしく、総長室の全員が思い思いの反応を示した。伊藤次長は思案顔となり、他のものは目を剝いた。楽観論を唱えるとは何事か、と言った様子であったが、1人山本総長だけは口元にわずかな笑みを浮かべていた。
案の定、沼菱に向かって大石中佐が口を開きかけたが、それを山本が右手を上げて制した。
大石は口ごもり、次いで不承不承と言った様子で矛を収めた。それを確認した後、山本は沼菱に続きを促した。
「情報が錯綜しているために定かではありませんが、トラック脱出した駆逐艦からの報告では停泊中の第一艦隊が反撃に転じていたとの情報もあります。一方的に、何の戦果もなく第一艦隊が壊滅したと考えるのは早計です」
「それは希望的観測に過ぎない。不確定な戦果を当てにして作戦は立てられんよ」
苦渋、その言葉を表すような声色で、伊藤は否定する。彼とて、第一艦隊が無残に壊滅したとは思っていない、いや、思いたくなかった。
しかし伊藤の所属する軍令部はまさに帝国海軍と言う組織のトップである。トップがいい加減な判断を下した場合、その対価を支払うこととなるのは前線で戦う将兵たちだ。ここは、心を鬼にしてでも正確な判断を下さねばならなかった。
伊藤の苦衷は痛いほどわかる。無論、沼菱も軍令部の一員としての心構えはできているから、それ以上、第一艦隊の戦果については言及しなかった。
「第一艦隊の戦果は置くとしましても、マーシャル諸島近海を航行していた伊一九号潜水艦がトラックを襲撃したと思われる敵艦隊に対して攻撃を敢行しております」
「報告には、魚雷命中を確認したとあるが……よしんば雷撃が成功していたとしても、脱落艦は1隻だ。我の9隻に対して敵の15隻では、気休めにもなるまい」
「それに、伊号一九潜が敵戦艦への攻撃を成功させたとの保証もない。補助艦艇に命中したか、あるいは魚雷の自爆を命中と誤認したのかもしれない」
悲観的な意見が次々と声に出るが、沼菱はゆっくりとかぶりを振って答えた。
「いえ、レキシントン級が損害を被ったのかどうかは、実はこの際問題ではないのです」
「どういうことかね?」
発言の意図を掴みかねたらしく、福留繁第一部長が真意を探るようにして訊き返した。沼菱は指揮棒を伸ばして、トラックの基地施設を写した写真を指し示した。
「いかな40センチ砲搭載艦であっても、トラックの基地施設をここまで徹底的に破壊するには、相当数の弾薬を投射する必要があります。弾火薬庫が空となれば、一度基地に戻って補給するか、弾薬運搬艦を呼び寄せるしかありませんが、最前線であるメジュロに、それも主力艦が雷撃を受けた海域に呼び込むのは余りに冒険的です」
これには、皆が頷いた。
沼菱中佐の言うように、メジュロ環礁は最前線であり、しかも帝国海軍は同環礁を碌に整備していなかった。つまり、メジュロを前線基地として運用するには飛行場の設営や、桟橋の整備などを全て一から行わなければならず、巨大な工業力を誇る米国であっても簡単なことではない。
基地施設が完成するまでは、メジュロはアメリカにとっても危険地帯のはずだ。無論太平洋艦隊も厳重な警備を敷いているだろうが、盤石にはほど遠い。我が軍の潜水艦がレキシントン級のような主力艦を攻撃し得た事実が、それを証明していた。
「ハワイまで戻って補給するとなると、移動だけでも2週間。長距離航行後の点検まで含めれば、メジュロに戻るまで3週間から4週間はかかるでしょう。……そもそも、弾薬庫を空にするまで主砲を撃った戦艦が、直ちに戦列に復帰するとは考え難いです」
沼菱の言葉に思うところがあったのか、伊藤は唸りながらしきりに頷いていた。
「そうか、特に米戦艦の標準装備は長砲身砲で摩耗も激しい。単艦ならばともかく、戦隊単位となればアメリカでも簡単にはいくまい。……いや、すでに第一艦隊を葬った以上、レキシントン級の戦列復帰を待つ必要はないか」
戦艦に限ったことではないが、主砲には砲身命数と言うものが存在する。
これは、砲身が実用上の射撃精度を確保できる指針であり、命数が尽きたからと言ってそれで即座に砲身が損壊するという訳ではない。しかし、命中精度が大きく劣化するため、精密射撃を求められる洋上砲撃戦においては致命的な問題となる。
冶金技術の飛躍的に発展した現代であればともかく、1940年代の戦艦主砲の命数は精々が200~400発といった所であり、戦艦の弾火薬庫を空にするほどの射撃をすれば、ほぼ確実に命数は尽きる計算になる。
工廠の数においては日本と比較にならない数を揃えているアメリカ合衆国だが、彼らはドイツ第三帝国とも戦争状態にあり、大西洋にも戦場を持っている。
アメリカはいわゆる二正面戦争の状態なのだ。まあ、それは大日本帝国も同じなのだが、アメリカが太平洋と大西洋で全面戦争を戦わねばならないのに対して、日本は太平洋戦線こそ全力を振り絞らねばならないにしても、インド洋は大英帝国の支援が主任務であり、独伊枢軸国の補給基地の有無の関係から、Uボートの活動も不活発であった。
翻ってアメリカは、もはやUボートが庭とする大西洋を戦場にしている。ドイツ海軍水上部隊の脅威は小さいとはいえ、水面下を暗躍する潜水艦の脅威は比較にならず、ヨーロッパ最強の潜水艦隊と渡り合うためには、大量の護衛空母と駆逐艦が必要だ。
アメリカ本土では当然それらの大量建造が決定しているし、アメリカは公式の場では対独戦争を優先すると明言している。
それが建前であったとしても、実際にヨーロッパ最強の潜水艦隊と争う以上、向こうから見れば帰趨が決まったような戦争の主役である戦艦よりも、これから山場を迎える大西洋の戦いを優先するのは自明だった。
「ならば、正面戦力は互角……こちらに『大和』と浅間型がある以上、質の面では勝っていると思いたいところだな」
険しい表情こそ崩さなかったものの、口元を僅かに歪めた山本が言った。
開戦時に太平洋艦隊に配備されていた主力艦戦力は、戦艦19隻。そのうち、ニューメキシコ級と思われる旧式戦艦3隻はフィリピンに回航されたのが確認されているので、決戦正面となる太平洋に展開しているのは、ダニエルズ計画艦ばかり16隻だ。
トラックを襲撃したレキシントン級が戦列を離れたとしても、敵艦隊にはなお10隻の40センチ砲搭載戦艦が残されている。しかもそのうちの6隻は、『世界最強の16インチ砲搭載戦艦』との評価を受けるサウス・ダコタ級戦艦だ。
50口径の長砲身砲から放たれる40センチ砲弾は、同世代戦艦のほとんど全艦の防御装甲を打ち抜けるだけの破壊力を有し、戦艦の防御要諦である『決戦距離から撃ち込まれる自艦の砲撃に耐えうること』を達成したサウス・ダコタ級戦艦は、なるほどその称号を与えられるのにふさわしいだけの戦闘能力を有していた。
翻って、我が第二艦隊は、八八艦隊の巡洋戦艦8隻を中核に編成された高速打撃部隊である。特に中核兵力である浅間型巡洋戦艦は、新世代艦を除けば唯一の18インチ――46センチ砲の搭載艦であり、理論上は同世代艦に建造されたあらゆる戦艦を撃破することが可能だ。
それに軍縮条約破棄を見越して建造された新鋭戦艦「大和」が加われば、質の面ではどうにか対抗することが可能なはずだ。
もしも、来寇する太平洋艦隊の主力に壊滅的な打撃を与えることができれば、太平洋の戦いは一時的にせよ手詰まりになり、日米講和が成立するかもしれない。
もちろん、アメリカ側の要求は相当に無茶なものになるだろうが、国そのものを焼かれるよりは遥かにましだろう。主戦力の半数を失った海軍には、もはやアメリカとの無限戦争を戦うだけの力は残されていないのだから。