第二話 帰宅と遭遇
車窓から都市を眺めていると桜が咲いていた。
ボクが住んでいた地域では到底考えられない光景。
随分と南へと来たものだ。
この場所で本当に暮らしていけるのか、つい心配してしまう。
「……随分と大きくなったな。ハル君」
「ええ、まあ」
「……どれぐらいある?」
「身長なら170センチとチョット」
サバを読んだ。ホントは177センチある。
無駄に高い身長がコンプレックスだった。
「……母親に似てきたな」
「そうですかね。自分ではなんとも」
ハンドルを握る叔父さんと雑談を交わすが続かない。
叔父さんもボクも決して口が上手な人ではない。
しかも、幼少期以来の再開となれば話しづらいもの。
けれどこれから同じ家で暮らすわけで。
ここで何かしら話のきっかけを掴んでおきたかった。
考えていると、共通する人物の顔が思い浮かぶ。
「あや姉、あやめさんはどこに?」
「……すまない。どこかへ出かけてしまった」
「そうですか。すみません」
バックミラーに映るのは哀愁漂う叔父さんの眉。
これ以上、あやめさんについて聞くのをやめた。
ボクと母の関係が決して良好ではないように。
彼らもまた何かしらの事情を抱えていそうだった。
ぼんやりと車窓から流れる風景を視認する。
ギラギラと輝く白い光と照らされて舞う桜。
あっちじゃ絶対に見られない光景だな。
なのにどこか異世界に迷い込んだような寂しさ。
ふと叔父さんの方を向くと、ためらいがちにこう語った。
「…………あやめは」
「はい?」
「……あやめはハル君が知っている通りの子だ」
とりあえず頷く。
「見た目やうわべは違えど本質は何も変わっていない」
とにかく頷く。赤べこのように。
「だからどうか仲良くしてやってくれ。僕には出来ないことだから」
前を向く。車のブレーキランプがまぶしかった。
というか、これに何と答えたらよいか、ボクには分からなかった。
見た目こそ成人男性っぽいが、中身は普通の高校生と変わらないのだ。
こういう時、自身の老け顔を怨みたくなる。
「……仕事が忙しくなるんだ。家に帰れない日が大半を占めることになる」
「そう……ですか」
「だから、ハル君を呼んだところもある」
「つまり雑談役をやれという事ですか?」
せっかく呼んでもらって悪いけど、ボクはそんなに器用じゃない。
あやめさんの語り相手を務められるかどうか。
だが、叔父さんはそんな事は気にもせず、こう言った。
「ハル君ならできるさ。あやめを頼んだぞ」
語るべきことを語り終えたのか。
叔父さんはまた何とも言えない表情に戻った。
この言葉はボクを通して誰かに伝えたいことのような気がする。
そんな気がした。
叔父さんの家は閑静なベットタウンに建てられた一軒家だった。
庭付き、車庫付きでかなりお金が掛かっていそうなつくり。
ここに叔父さんとあやめが二人暮らしと聞く。
叔母さんがどうなったのか。ボクは誰にも聞けずにいた。
「……車庫に入れる前に手荷物を出した方がいい」
叔父さんはそういって、荷台からスーツケースを取り出してくれた。
ボクはそれを受け取る。最低限のものしか入ってないので軽い。
「ついでにこれも頼む」
手渡されたのはデパ地下の高級弁当が三つ入った袋だった。
名物の牛タン丼らしく結構なお値段。
なるほど。これでボクの歓迎ということか。
長旅の疲れからか、お腹がグーッと鳴ってしまう。
「ははは、育ち盛りだな」
叔父さんは乾いた笑みを浮かべた。
冗談じゃない。これ以上成長してたまるものか。
「弁当と荷物を持って先に家に入ってきてくれ。すぐに行く」
「……あっ」
そういって叔父さんは運転席に戻った。
家は空いているのか。あやめさんはいるのか。
聞くべくことを聞き逃したボクは駄目もとで玄関へと向かった。
弁当を小脇に抱えながらインターフォンを鳴らす。
「はいはい、今開けてあげるわ」
中からハスキーで舌足らずな声が聞こえてくる。
どうやらあやめさんは家に帰っていたようだ。
ガチャリと開錠の音がして、扉が開かれる。
「いらっしゃい、ハル君」
声の主を視認してボクは思わず腰を抜かす。
高級弁当が垂直に落下していく瞬間が永遠に感じられた。
驚いたのはボクだけでなく、お相手もそうだったようで、こちらを見るや否や、目を丸くしてこう着状態になる。
その肩まで伸びる艶やかな黒髪。
キラキラと輝く無邪気な瞳。
ちんちくりんで小学生ほどの背丈。
似合っているという他ないロリータファッション。
そして、抱きかかえた大きなぬいぐるみ。
――どこからどう見ても、先ほど出会った少女そのものだった。
「まさか、さっきの小学生って」
「社蓄のお兄さんってもしかして……」
凍り付いた時間が溶け、止まった針が動き出す。
それと同時にボクらは叫んだ。
「あや姉、姫奈あやめなのか?」
「あなたこそ、後月ハルなのよね!?」
「う、嘘だろ!? あや姉がこんなにちんちくりんな筈がない。これは何かの間違いだっ!」
「こ、こっちこそハル君がこんなくたびれたモヤシになるなんて……」
「しかも、こんな二人で同棲生活だって!?」
「こんなの絶対……」
「「あり得ないっ!」」
こうしてボクらは十年ぶりに感動的な再開を果たした。
……お互いに全く意図しない形で。