第一話 ゲーセンと小学生?
「さすが都会だ。人が多い」
スーツケースを引きずりながらふと呟いた。
四月初頭だというのに未だに肌寒く、コートが手放せない今日この頃。
ボクはこの都市へと越してくることになった。
海外へと出張となった両親に代わり、叔父さんが面倒を見てくれるという。
正直言って、ありがた迷惑だったけど、折角の好意を無下にできず。
また、地方を出て都会で暮らしてみたいという欲に負けた。
(けど、本当にうまくやっていけるのか)
不安はぬぐえない。
新たな土地での高校生活はもちろんのこと。
果たして叔父さんと上手に暮らせるのか。
そして何より、いとこの姉さんのことが気がかりだった。
(幼稚園以来、一度も会ってないな。あや姉)
あや姉こと姫奈 あやめ。
ボクより一か月先に生まれたため、姉を気取っていたけれど、実際は同い年。
今年、ボクと同じく高校一年生になるという。
そんな彼女との接し方。それが一番の気がかりだった。
(どうせ覚えていないだろうけれど、な)
ならばこれから関係を築けばいい。上手にいくかは分からないけど。
飲み終えたブラックコーヒーをゴミ箱に捨て、叔父さんとの待ち合わせ場所へ。
都会の駅には多くの商業施設があってか、本当に人が多い。
スーツケースが当たらないように気を遣いながら歩いていると、とある店舗の前で足が止まった。
ゲームセンターだ。
「ココだけは田舎と大差ないんだな」
クレーンゲームを眺めながら、気がついた。
台数の違いこそあれど、並べられた景品に大差はないことに。
この店が全国チェーンであることも関係しているのだろうけど。
故郷の寂れたショッピングモールを思い出し、懐かしくなる。
(いきなりホームシックか。情けない)
もはや帰る家もないというのに。
賃貸マンションだった我が家はすでに引き払ってしまった。
誰もいない部屋に家賃を払えるほど我が家は豪勢では無い。
思わず感傷に浸っていると、筐体前に立つ少女に目が留まる。
小学校の高学年ほどの背丈で、肩に掛かる黒髪の持ち主。
キラキラと輝く瞳を大きくしながら、ガラスケースに張り付いていた。
どうやら景品のぬいぐるみが欲しいようだが、腕に自信が無いようで、キャラクターがプリントされた財布を開けたり閉めたり。
ついに諦めたのか、ため息をつき、トボトボとその場を離れようとする。
「あの」
思わず声を掛けていた。
いじらしくて、手助けをしてあげたくなってしまったようだ。
ボクが通っていたゲームセンターではよく小学生に声を掛けていた。
そして、メダルを分け与えたり、一緒にゲームをしたりしたのだが、ここは都会。
こういった行為は事案になりかねないと聞いている。
やってしまった。
「なんですか。お兄さん」
少女はこちらに振り向いて首をかしげた。
その表情は呆然としているものの、警戒はされていないようだった。
とりあえず警察のお世話になることはないみたいだ。
「声を掛けてきたのに固まらないでください。こっちが困ってしまいますよ」
「ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「そうですか。お兄さん、いわゆる社畜みたいですものね。疲れていたのですよ」
少々辛辣な少女だった。
確かにボクは背だけ無駄に高いし、老け顔だけど。
今年度から高校一年生。先月までは中学生だったのだ。
ちょっとだけ傷付いてしまう。
「それで何故声を掛けたのでしょうか。読者モデルの勧誘ならお断りしてますが」
「いや、そうじゃなくて。そのぬいぐるみ、取ってあげるよ」
「ええっ~! ホントですかぁ~!」
パアっと明るい笑みを浮かべて、少女は尋ねてきた。
ここまでわかりやすいとありがたい。
「ああ、任せて」
「ほ、ホントにできるの?」
「まあね」
娯楽が少ない町での唯一の楽しみがクレーンゲームだった。
故に腕にはそこそこの自身がある。
この位置ならば一発で取れるな。
「そこで見ていて」
胸を張りながら百円玉を投じた。
縦横のボタンを慎重に操作してアームをおろす。
景品をしっかりとつかむ。
そしてそのままぬいぐるみは取り出し口へと落ちていった。
「よし」
「やったぁぁぁぁ!」
ちゃんと取れて胸をなで下ろしていると、少女はボクにハイタッチしてきた。
彼女の小さくて柔らかい手がボクの武骨な手に触れる。
こうも喜んでもらえると嬉しいな。
ボクは取り出し口からぬいぐるみを取り出して、おかっぱ少女に手渡す。
「ほら、きみにあげるよ」
「えっ!? でも、わたしお金出してないですよ。いいんですか!?」
「気にしないで。プレゼントだから」
「……あ、ありがとぅ、ございました」
少女は景品を受け取ると、弾けんばかりの笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。
ボクはちょっとだけ気恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
叔父さんのもとに向かう途中、ふと立ち寄ってよかったな。
だって、こんなにも良い笑顔を見ることが出来たのだから。
そうしてちょっとした優越感に浸っていると思いだす。
叔父さんとの待ち合わせに遅れてしまっていることを。
「ごめん。もういかなくちゃ」
「そうですか。ご親切にありがとうございました。お兄さん」
「いや、お礼なんていいのに」
「この御恩は忘れません。今度埋め合わせをしますね」
彼女はそういって電話番号の書かれたメモを渡してくれた。
大きな景品を抱きかかえながら、ホームへと向かう少女を見送って、ボクは足早に叔父さんとの待ち合わせ場所に向かった。
……この時のボクは全く気がついていなかった。
件の少女こそがボクのいとこ、姫奈 あやめだったことに。