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2020  作者: 伊織 詩季
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四話

小説とは全く関係がないのですが23日にボカロオリジナル曲を投稿するのでよかったら聴いてみてください。

どっちかというと小説より音楽の方を聴いてほしいです……。


youtubeチャンネル→https://www.youtube.com/channel/UCdVI4okdVzVRmTkBb9KTFVA



 白い髪の少女が言う。


 「もしも私たちだけの世界を作れたなら。皆が幸せな世界を作ろう」




 青い髪の少年が言う。


 「具台的にどんな世界?」




 白い髪の少女が言う。


 「それはまだ考えている途中。とにかく! 私たちが悲しむことのない世界!」




 金色の髪の少女が言う。


 「作ったら、私たちみんなでそこに行っちゃうの? もう帰ってこないの?」




 白い髪の少女が言う。


 「うん。もうここには私たちの居場所はないの」




 青い髪の少年が言う。


 「本当に作れたら、だけどな」




 赤い髪の男が言う。


 「作れるさ。君たちの世界を。きっと君たちにとって幸せな世界になる」




 白い髪の少女が言う。


 「そうよ! きっと作れる!」




 白い髪の少女は続けてこう言った。




 「詩織もそう思うでしょ?」










 目を覚ますと見慣れない天井がそこにあった。


 シルクのように柔らかく白い空気が部屋を包み込む。木材の香りと珈琲の匂いが漂っている。


 ようやく頭が回り始めて昨日のことを思い出す。


 何故か安心感が湧いてきた。それと同時になにか忘れていくような不安を覚えた。


 夢、そう夢だ。


 二人の少女と一人の少年、そして大人の男。


 夢を思い出そうとしても指先から零れるようにぽつりぽつりとなにかが落ちてゆく。指先に掛かって残るのは「幸せな世界」。そんなことを白い髪の少女が言っていた気がする。


 体を起こして辺りを見渡すとそこにユカの姿はなかった。


 小鳥のさえずりと風の音。そしてキッチンから食器の音が聞こえた。


 立ち上がってキッチンの方へ向かうとユカが朝食を作っているのがみえた。


 「あ、おはよう。よく寝れた?」


 金色の髪が朝日に照らされて昨日の夜よりも鮮やかに見えた。


 「おはよう。よく寝れたよ」


 「ならよかった。もうすぐ朝食できるから待っててね」


 「ああ」


 リビングに戻って円形テーブルの椅子に腰を掛けた。そして上着のポケットから三角ピンを取り出した。


 これを触っているとこれは現実なのだと自分に言い聞かせているような気になった。


 制御卓で感情のダイアルを回すことはできない。それは僕が元居た社会でも同じだった。


 だから僕はいつも朝は本を読んだ。そうして言葉が形成する宇宙へと存分に身を移し、そこへ浸りきった後で現実に戻ってきてこう考える。ここは現実なのだと。


 それは自虐的な行為だったかもしれない。しかし、そうしていつも自身を戒めてきたのではないのだろうか。お前はここにいるのだから何をして、何をすべきでないのか考えろと。


 今もそうして自信を縛り付けようとしているのか。


 いや、そうではない。これは決して自虐とか自戒なんかではない。


 ただ単に昨日の出来事が現実であったことを再確認して安堵しているのだ。案外根底では言葉の織りなす宇宙に心を躍らせていたのかもしれない。


 そんなことを考えているとユカが朝食を運んできてくれた。


 香ばしい匂いが部屋を包み込んだ。


 「お待たせ。口に合うといいけど」


 そう言ってユカは円形テーブルの上に食器を置いた。


 「なにからなにまで本当にありがとう」


 「いいよいいよ。一人分の朝食を作るのも二人分作るのも変わらないから」


 「いつか必ずこの恩は返すよ」


 「そんなに気にしなくていいのに」


 自分より年下であろう少女に頼ることしかできず不甲斐なさを感じたがそれ以上に心の底からこみ上げ来る温かいなにかがあった。


 少し苦い珈琲を一口飲んだ。


 「ところでそれ、君の?」


 ユカは三角ピンを指差していった。


 「そうだけど」


 「何か大切なものなのかなって……。じっと見つめてたから。……あ、やっぱり向こうに帰りたい?」


 「いや、そういうわけじゃないんだ。ただこれが現実なんだなって……。それにこれ昨日買ったばかりだから特別大切ってわけでもないよ」


 「そうなんだ。でも、その三角ピンとても綺麗だね」


 確かにただ持ってるだけで使用しないのは勿体なく感じるほどの品だ。


 「そうだ。よかったらこれユカにあげるよ」


 そう言うとユカは目を輝かせた。


 「ほんと? ありがとう!」


 「お礼としては足りないと思うけれど……」


 「そんなことないよ! 本当に嬉しい!」


 ユカに三角ピンを渡すと、さっそく金色の髪に止めた。


 花々が咲き誇り青い光が一面を覆っていたあの丘を思い出した。それはとても綺麗としか言い表すことができない光景。


 「似合ってるかな?」


 少し恥ずかしそうにしながらそう言った。


 「とても似合ってる」




 こうして僕の居候生活が始まった。




 


 僕にとってここノクスはユートピアのようにさえ感じた。今まで求めてきたのは正にこの場所なんだと錯覚した。それは酷い錯覚でお門違いもいいところだった。


 結論から言うと一ヵ月、僕はこの街でこの街の住人と変わらない生活をした。


 それはもう毎日が喜びや希望、幸せなんていう言葉で片付けられるような日々だった。


 朝起きると暖かな空間がそこにあって、温かい朝食と珈琲を飲む。ユカは薬屋で薬剤師見習いとして働いているため朝は早かった。それでも少し時間が空いてると僕に魔法をおしえてくれた。




 この世界に来てから二日目の朝のこと。澄んだ空気と少し肌寒い風が吹いていた湖のほとり。


 ユカはお手本を見せると言って湖の水を意のままに操ってみせた。


 「どう? すごいでしょ。これでも私魔法使いの中でもかなり魔法が上手いほうなの」


 ユカは得意げに言った。


 「物語に出てくる魔法使いそのものだね」


 「君もきっとできるはずだよ。目を閉じて、意識を集中させればほら簡単」


 そう言って湖の水を花火のように空中で弾けてみせた。


 僕も言われた通り目をつぶって意識を集中させた。といっても、何に意識を集中させればいいのかわからなかったので彼女の言っていた想像力を働かせた。


 しかし、最初から分かりきっていたことだが僕には想像力なんてものはなかったようだった。結局何も起きずただ静かなままの湖だけがそこにあった。


 「あれ、おかしいな。魔力は持ってるはずなんだけど」


 「やっぱり僕には無理だ。きっと僕も彼らと同じように……」


 「そんな落ち込まないで。きっといつか使えるようになるよ」


 この時少しでも夢を抱いた自分がとても恥ずかしく思えた。


 そして、やはり自分も社会に於ける構成員でしかなかったのだと自身に幻滅した。


 その後も時々時間が空いてるとユカは魔法を教えてくれようとしたが僕は何一つ事象を起こすことができなかった。


 届くことのない夢を勝手に抱いて勝手に落ち込みはしたが、すぐに自分はこの程度なんだと諦めがついた。何故ならそんなことが気にならないほどに日々に満足していたから。




 ここに来てから四日目のこと。いつまでも養われているわけにもいかなかったので仕事を探していたところちょうど人手が足りなくて困っているサロンがあった。


 そのサロンの名は「インソムニア」といい、昼間は喫茶店として様々な客層がこの店に訪れている。夜は文学や哲学、音楽や芸術、政治までも議論が交わされる場となっている。又、詩の朗読や演劇の上演、音楽の演奏会までもが行われていた。


 僕はこの店で働くことになったのだが、そのきっかけは本当に図らずしてのことだった。


 僕はその日、仕事を探しながらも帰る方法も調べていた。調べるといってもそれは単にARデバイスのネット通信が繋がる場所を探していただけだった。これは、ここに来てから一日目に気が付いたことだがこの世界には刹那に通信が回復する場所があるようだった。


 そうして、二つの事に気を配るという効率の悪いことをしながらノクスを歩き回っていると本や絵画、楽器など様々なものが置かれている喫茶店のようなところを見つけたのだ。


 それがサロン「インソムニア」で、僕はここの芸術というものに俄然興味湧いてその店に足を踏み入れた。


 さっそくユカに持たされたおこづかいを使って珈琲とサンドウィッチを頼み店の中をぶらついた。どうやらこの店にある本や絵画は全て売品であり、買わなくてもこの店の中では読んだり鑑賞ができるようだが買って持ち帰ることもできるようだった。


 様々な本がある中で一冊の本が僕の目を引き付けた。それは元居た世界にもあり、途中まで読んだことのある小説だった。それは四篇からなるある男の諸僻地への旅行記だ。


 途中までというのは第三篇までであり第四篇だけは読まなかった。


 この時は第三篇の続きが読みたくなった。そうしてその小説を手に取ると隣にいたフロックコートを身に着けた年配男性が声をかけてきた。


 「面白いものを選ぶね。君は読書通かなにかかな?」


 「い、いえ。別にそういうわけではないんですけど。この本読んだことがあって……」


 突然声をかけられたため驚いてしまった。考えてみるとユカ以外のこの世界の住人と話をしたのはこれが初めてだった。


 「ほう。その本読んだことがあるのかね。この店以外では売られていない珍しい品のはずだがね。やはり君は読書通だな」


 「そんなに珍しいんですか?」


 「珍しいとも。レアものだ。なんせここには存在しないどこか遠くの場所で書かれた本なんて言われたりもしているからね」


 遠くの場所というのは僕が元居た場所のことなのか……。しかし、麻央もこの男性と同じような事を言っていたのを思い出した。


 「その本読んだのだろう? よかったら感想を聞かせてくれたまえよ」


 男はどこか本に興味を持っているというよりは僕の感想の方に関心があるようだった。


 「感想と言われても……」


 初対面の人間に話しかけられるのは慣れていなかった。


 「なんでもいい。君が感じたこと、思ったことを聞かせてくれ」


 「……第三篇のバルニバービ渡航記。僕はそこが一番のお気に入りなんです」


 「科学について沈思黙考するあまりいつも上の空の科学者達の国かい?」


 「そうです。そこで行われている不毛な研究がどれも面白くて」


 「君は科学を盲信する啓蒙主義者を批判したいのかね?」


 「いや、そういうわけではなくて単に多種多様な研究が為されているのはみんな違ってみんないいっていう簡単な話ですよ」


 「というと君はなんの役に立つか分からないものに時間と労力と資金を割いてもそれはそれでいいというのかね?」


 「いいと思いますよ。極端に合理主義的な社会になるよりは。非合理的、偶然的なものを全て排した社会がどんなところになるか想像できますか?」


 「これ以上となく完璧に統治された社会ができあがるのでは?」


 「そうですね。きっとそこは完璧な社会となる。しかしどうでしょう、きっと誰かが言い出しますよ。バルニバービの科学者のように突拍子もないことを。でも、それは理にかなったことなんです」


 男は僕の言葉を真剣に聞いているようだった。


 「理性も捨ててしまおうって。そうしたらもう叩き役がいてもいなくても正気には戻れない。そもそも理性を持っていた方が正気ではないと言われる社会が完成しているかもしれない。それなら意味のないことに没頭して上の空でいた方が幾分かマシでしょ?」


 「なかなか面白いことを言うじゃないか」


 男はさっきまで鋭く僕を見据えるような目をしていたが、それが緩んで解放されたような気分がした。


 「もしかして、それは君の経験からの意見かね?」


 僕は驚いた。この世界の人間ではないと見抜かれたのかと思った。


 「まぁそうかもしれないですね……」


 そう適当に濁すと男は微笑んだ。


 「君は……十八歳。ここ数日の内でこの街に来たね。二……三……四……四、四日前か。今は誰かと二人暮らしか。……君は仕事を探してるのかい? なるほど、今一緒に暮らしているのは自分より年下の人か。それも女の子だね?」


 僕は自身の事を次々と言い当てられて驚きを隠すことができなかった。


 「なんでわかるんです? もしかしてあなたも魔法使い?」


 「ハハハ、君は本当に面白いことを言うね。私は魔法使いではないよ。ただの観察をしただけだよ」


 「観察?」


 「ちょっとしたコツを覚えれば誰でも出来る。よかったら今度教えよう。それと君、ここで働きたまえ。仕事を探しているのだろう?」


 「え、あなたここの店長かなにかだったんですか? 仕事を貰えるならありがたいけれど具体的にどんなことをすれば?」


 ご都合主義の神様万歳。


 「なに、簡単な仕事さ。この本棚を整頓したり、お客に料理を運んだりなんていうね」


 「それなら出来そう……です。ぜひよろしくお願いいたします」


 「ふむ。君の名前は……」


 「名前は観察ではわからないんですか?」


 「そこまではわからない。それこそ魔法使いでない限り」


 「そうなんですか……」


 やっぱりユカが名前を知っていたのは魔法使いだからであろうか。


 少し背筋を伸ばして姿勢をよくしてから言った。


 「詩織といいます。これからよろしくお願いします」


 「ふむ。詩織か、いい名前だな。私はスタールという。店長でも先生でもなんでも好きなように読んでくれ」


 「わかりました。店長」


 こうして僕はサロン「インソムニア」で働くこととなった。



誤字脱字の指摘、感想等お願いします。




音楽等の活動もしているのでよろしければTwitterなどフォローしてください。


Twitter https://twitter.com/siki_iori_

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