エピローグ
大戸峠ダンジョンを進む。
すでにマスター権限の所得者により管理されているため、魔物の存在しないダンジョン内は閑散としていた。魔物だけでなく、冒険者の姿もないのだから当然だろう。
しかし、南藤たちは閑散としたダンジョンを見ながらも別段さびしい気持ちにはならない。
むしろ、機能停止した事で魔力を溜めこまなくなったダンジョン内は南藤でも魔力酔いを起こさなくて済むため、清々しい気持ちだった。
「大所帯ですみません」
「いえいえ。まぁ、手続きは大変でしたけどね」
南藤に謝られて杷木儀が後ろを振り返る。
天狗のクラン『鞍馬』を代表する法徳、雪女のクラン『雪華』を代表する深映、これらのクランに資金を出していた座敷童でアイドルの可燕に、鬼の橙香。さらに、オルまでいる。
「割と濃い面子ですよね」
「そこに南藤さんも入る事は自覚されてますか?」
「そうなんですか?」
自覚症状がないらしい南藤とは異なり、法徳と深映は杷木儀の言葉に深々と頷いた。
「ともすれば、我らよりもよほど珍しい人種であろう」
「掲示板にアンチスレが立っているくらいですものね」
「可燕にもあるよ。嫉妬は醜いってはっきり分かるよねー」
仲間、仲間、と南藤の背中を叩いた可燕は橙香の顔を覗き込む。
「それでさ、霊界に着いたら二人はどうするの? 結納はまだなんでしょ?」
「それどころじゃないと思うよ。霊界の状況も分からないし」
「おれたちの戦いはこれからだ! って話になるかもしれないの? 可燕はまた業界に身売りしなきゃかー。くすん」
ちらっと可燕は後ろを歩く法徳と深映を見る。
法徳が困ったような顔をする。
「大戸峠ダンジョンの元マスター権限所得者との折衝がまだ済んでいないのだから、仕方がなかろう。我らとて、マスター権限の売却金を当てにしていた節はあったが」
「ツケでお願いするわ」
法徳と深映、二者二様の言葉に可燕はむっとしたように視線を険しくする。
「酷い落差だな、おい。可燕が砂糖菓子みたいに甘い顔してるからって婆にまで甘いわけじゃないんだからな。ツケがいつまでも利くと思うなよ、こら!」
両手を振り上げて怒り出す可燕に、横で話を聞いていたオルが苦笑する。
「今回はツケが利くのかい」
「霊界への道を開いた御褒美だよ。季節柄、梅の花が咲く頃かな。花見をする時間があればいいけど。オルちーも来るかい? 凄く苦労性な気配が漂ってくるから、この可燕が愚痴を聞いてあげよう。老婆心ってやつだよ」
「子供と老婆を器用に使い分けるね」
「使い分けてるのではなく、偏在しているのだ。座敷童とはそういう存在なのだ。とか誰かが言ってたけど、可燕、難しいことわっかんなーい」
その場であざとくクルリと一回転して両頬に手を当てにっこり笑った可燕は、直後にオル達から興味を移して南藤のそばを歩き出した。
「それにしても、大嶽丸討伐したんでしょ? 坂上田村麻呂以来の大偉業だよ。神社が建つね。可燕と結婚すれば座敷童能力で神社の維持費を減らせるし参拝客もうはうはだよ。どう?」
「間に合ってるんで」
「魔力酔いしてなくても面白いな、この人」
「今の流れのどこに面白さが?」
「主にお連れの方の反応」
ちょいちょいと指差す先で、橙香がそっぽを向いていた。照れてるらしい。
橙香も大嶽丸を一度鉄塊で撲殺しているのだから、神社が建つだろう。オルに至っては魔法で二回も殺している。立派に祭り上げられることだろう。
魔物が出ないのを良い事に戯言――主に可燕の――を繰っていると、杷木儀が正面を指差した。
「見えてきましたよ」
指差す先には階層スロープと、外から入ってきているらしい光があった。
全員の表情が明るくなる。
だが同時に、大戸峠ダンジョンが封鎖された理由が霊界側の出入り口に魔物が溢れたからだと思いだし、武装に手を掛けた。
杷木儀もグローブをはめ出している。
「――戦闘の必要はないようですよ」
戦いに備えて準備をしていた彼らに、南藤がスマホ画面を見せながら告げた。
途端に肩の力を抜いた彼らはスマホ画面に表示されている光景に笑みを浮かべて、早足で階層スロープを登り始める。途中ですれ違ったドローンは南藤が回収した。
「おぉ、やはり芳紀君か」
階層スロープの先で待っていたのは鬼や天狗、雪女、座敷童の他、経立など霊界の知性種たちだった。
南藤たちが来ることを予想していたのか、歓迎ムードである。旗まで立っていた。
「ほら、やっぱり日本に繋がっていただろう」
「そうねぇ。あなたの言うとおりだったわ」
南藤と橙香を指差して鬼の夫婦が笑い合う。橙香の父母だ。
他にも、法徳たち天狗衆の通っていた道場の主や、深映の家族、可燕の友人たちの姿もある。
「――橙香!」
駆け込んできた鬼の美女に皆の視線が釘付けになる。
橙香を正面から抱きしめてその豊かな胸に橙香の顔を埋めたその美女は鬼の膂力で橙香を左右に振り回した。
「良かった! お姉ちゃん、橙香が無茶してないか心配だったんだよ。芳紀君がいるからってダンジョン攻略なんて危ない事してないかな、なんて心配で、心配で」
息が苦しくなったらしい橙香が美女、姉の紅香の腕を叩く。効果はないようだ。
場の中で橙香の父母を除き唯一紅香に見惚れていない南藤は苦笑気味に声を掛ける。
「紅香さん、そのままだと橙香が窒息するよ」
「え? あ、本当。道理で胸が痛いと思った」
きょとんとした顔をした紅香が橙香を解放する。
橙香の額の角が微妙な角度で刺さっていたらしく、自らの胸を撫でる紅香に鼻の下を伸ばす男たちを可燕が見下して鼻で笑い、南藤を見て感心したように小さく口笛を吹いた。
突然息ができるようになったせいで空気を吸い込み過ぎたのか、けほっと咽ている橙香の背中を南藤はさすってやる。
ようやく我に返った周囲はバツが悪そうに目を逸らす中、橙香の母が両手を合わせて注目を集める。
「それでは、歓迎会の方へ行きましょうか。異世界貿易機構の方にもお話がありますし」
橙香の母の案内に従って歓迎会の会場へと歩き出す。
事前の情報交換をしようと、橙香の父が杷木儀の隣を歩いて話し合っているのを後ろから見つつ、南藤は紅香を見る。
「歓迎会って、俺たちが来ることを見越してたんですね」
「突然魔物が出なくなったもの。順を追って話しましょう」
紅香の話では、大戸峠ダンジョンの通行止めが行われる原因となった魔物の出所は近くに出現したダンジョンだったという。
周辺には知性種があまりいなかったため発見が遅れて魔物が多数外部に流出してしまう。それでもすぐに大戸峠ダンジョンの近くまで魔物を押し込んだのは流石、霊界の住人というべきか。
しかし、その頃には大戸峠ダンジョンは安全のために封鎖されており、日本との連絡は途絶。もともと、鬼や天狗は戦闘力の高い知性種だけあり、反撃の準備が整えば周辺から魔物を駆除するまでさほど時間はかからなかった。
そして、氾濫を起こしていたダンジョンを発見して攻略している最中、地震が起きて大戸峠ダンジョンと内部で繋がってしまった。
二つの入り口を抱えることになり、戦力を分散させて氾濫に備えながらの攻略中、突然魔物がぱったりと出現しなくなり、ダンジョンから閉め出されたという。おそらく、ダンジョンの先の異世界が攻略に成功したのだとすぐに判断して、歓迎会の準備をした。
「というわけよ。大戸峠ダンジョンと繋がった時点で日本ともつながっている可能性が高いでしょ。そうなったら、日本に渡航していた天狗や雪女、それに芳紀君が動くからすぐに攻略されるだろうとは言われてたの」
「それで先に歓迎会の準備をしてたんだね。でもさ、日本じゃない別の世界、それも敵対的な知性種だったらどうするの? 不用心だよ」
橙香の当然の質問に、紅香は周りを見るように視線で促す。
よくよく見れば、全員が何らかの武装をしていた。橙香の両親に至っては総鉄製の脇差らしきものを懐に隠している。
「小型化の魔力強化がしてあるの。この顔ぶれを相手に真っ向から喧嘩を売ったらどうなるかは分かるでしょ?」
「そうだね」
法徳の師匠にあたる道場主など、歩き方からして人とは違う。
鬼としては体格に恵まれない、しかも女性である橙香でさえダンジョン内ではボス戦以外にまともな苦戦もしなかったのだ。橙香の父など正に一騎当千とされる実力だろう。
「霊界側から攻略されなかったのが不思議なくらいだよ」
「あぁ、それね。日本側がどうだったのかは知らないけど、魔物は最低百体の群れで出てくるから中々進めなくて、結局、最終到達階層は第五階層だったの」
「その次がボスだったよ」
「あぁ、惜しい」
戦ってみたかったなぁ、と残念そうに呟く紅香は実に鬼らしい。
南藤はオルを横目に見る。
南藤が抱いていた疑問に気付いたのか、オルは説明した。
「ダンジョンを造った急進派の誰かが戦力配分を弄ったのだと思う。霊界は戦闘に長けた知性種が多いから」
「そんな細かい調整も利くのか」
「善し悪しだけれどね。急進派が使うと、片方の世界を滅ぼすために戦力を集中するなんてことも行われるから」
それが日本で行われたなら、自分たちも駆り出されるのだろうな、と南藤は杷木儀に言われた冒険者を続けてほしいというお願いを思い出す。
橙香の両親を見るが、今は杷木儀と話し中だ。橙香が冒険者を続けるかについては後で話せばいいだろう。
「あれが会場だよ」
紅香に言われて視線を向ける。丘の頂上へ坂道が伸びており、その上に寝殿造りの立派な建物があった。
日本との交流が始まった最初の頃に建設が始まり、十年かけて建てられた立派な建物であり、日本からの外交官などが滞在する事もある。
本当にこんな場所を使うのかと気後れしてしまうが、此処にいるのは日本と霊界を再度繋いだ功労者と支援者、そして外交官としての側面のある異世界貿易機構の職員である。他の建物が選択肢に入らなかったのだろう。
船を浮かべられそうな大きな池を眺めながら会場となっている庭へと赴く。
先に使いの者を走らせたのか、並べられたテーブルの上にはできたての料理が並んでいた。
正に準備万端整えてありましたといった風情だ。
杷木儀と橙香の父が並んで挨拶をすると、すぐに歓迎会が始まった。
しかし、これはあくまでも内々の会であり、薄闇世界を交えた懇談会などはまた後日、綿密な打ち合わせの元で執り行われるという。
もともと、南藤、オル、杷木儀を除けば霊界の出身者という事もあり、肩ひじを張ったようなものではなく、ちょっとした宴会のような席になっていた。
自然と紅香を中心に作られていく和を眺めつつ、南藤は橙香と焼き鳥を食べていた。
「こういった席に焼き鳥があるとはな」
「日本と通じている事は確信していても、実際にどんな人たちが来るか分からなかったからいろいろ用意してたんだろうね。ししとう美味しい」
「少しだけ振りかけられてるこの鰹節がうまく溶け合ってるよな」
場所の豪華さなど気にも留めずに焼き鳥を食べる二人に気付いた紅香がほんのわずかに楽しそうな笑みを浮かべる。
そんな紅香に笑い返して手を振りながら、橙香は砂肝串に手を伸ばした。
「芳紀もいる?」
「欲しいな」
「はい、どうぞ」
「あぁ、どうも。塩いるか?」
「欲しい」
「ほら、どうぞ」
「どうもー」
焼き鳥の他にも色々と手を出しながら会場の様子を眺めていた橙香は、宴もたけなわとなったのを見計らって南藤に声を掛ける。
「抜け出そうよ」
色々と食べて満足していたのか、南藤は二つ返事で頷いた。
「分かった。だが、会場スタッフに一声かけてからだな。それとオルにも話さないと」
「――私は残っておくよ。大戸峠ダンジョン再攻略の功労者代表として、誰かいないとまずいでしょう?」
いつの間にか南藤たちの横に来ていたオルが橙香を見て肩を竦めた。
「それに、私だって野暮じゃないのさ」
見透かしたような目で見られて、橙香は南藤の死角で両手を合わせて声に出さず口の動きだけでオルに伝える。
埋め合わせは必ず、と。
二人の間で無言のうちにどんなやり取りがあったのか分からない南藤は二人の顔を見比べていたが、やがて諦めて会場スタッフに声を掛けた。
紅香に見惚れて注意力散漫になっていた会場スタッフは突然掛けられた声に肩を跳ねさせる。
オルが南藤の肩を叩いてスタッフの方へと歩き出した。
「後はやっておこう。南藤、君からのお返しも期待しているよ」
「大したことは出来ないぞ?」
「御謙遜を」
くすくすと柔らかく笑いながら、オルは南藤たちに背を向けた。
橙香が南藤の手を掴む。
「行こう」
「そういえば、どこに行くんだ?」
目的地を聞きそびれていた事に気付いた南藤は問いかける。
橙香は庭園で見事に咲いている梅の花に目もくれずに会場の外へと歩き出しながら、笑みを浮かべた。
「芳紀に見せたい場所があるんだ。ボクだけの思い出の場所。これからは二人の思い出になる場所を――」
本作はこれにて完結です。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




