第三十話 解散
魔力酔いが発生する直前に南藤からマスター権限を移譲された橙香は、すぐにダンジョン内テレポートを開始する。
直接霊界に帰りたいところだったが、ここは規定に従って日本側入り口へとテレポート先を設定した。
「芳紀、おんぶ」
「へぁ」
地面に突っ伏している南藤は、大嶽丸の死体よりも脱力している有様だった。他の魔物よりも圧倒的に濃密な魔力で形作られた大嶽丸にとどめを刺したのだから、その魔力を浴びるのも当然だった。
橙香は南藤を背中に負ぶって、連合パーティーのメンバーを振り返る。
「みんなも帰るよー」
「おう」
「終わった、終わった」
「結局いいとこどりされたわ」
「南藤殿には敵わんな」
「劣等世界人共が放せ!」
「署まで同行願いまーす」
「あ、一度言ってみたかった台詞」
ぞろぞろとやり切った顔で、橙香が開いたテレポート用の空間の裂け目を潜っていく連合パーティー。一名だけ混ざった異物はどうにか拘束を解いて逃げ出そうと試みるが、鍛え抜かれた天狗たちに魔法無しで対抗する事は出来ない。もとより、室浦のバスタオルで中途半端な簀巻きにもされており、腕が動かせない状態だった。
仲間の背中を見送って、最後に橙香はオルを見る。
「オルちゃん、ラストアタックグッジョブ!」
「なんか卑怯だったのだけれどねぇ」
苦笑しながら、オルは大嶽丸の亡骸を見る。そのまま、大嶽丸の手にくっついたままの機馬へ視線を転じた。
「壊してよかったのかい?」
「よくはないけど、仕方がないよ。また作ればいいんだし」
橙香はオルと並んで歩きだす。
「オルちゃんの故郷の世界って大気中に魔力があったりする?」
「あるよ。そうでないと魔法が使えない」
「やっぱりそうなんだ。芳紀の魔力酔いもあるし、機馬を早く作り直さないとだね」
「本当に私の里帰りに付き合うつもりなのかい?」
「その約束でしょ? 見てみたいし。置いて行かれたら仕方がないから、ダンジョン攻略してでも後を追っちゃうよ?」
「二人ならやりかねないね」
くすりと笑いながら、オルが空間の裂け目を潜る。
橙香も後を追って、日本へと帰った。
※
警察官にゼェグの身柄を引き渡し、警察のパトカーに乗せてもらって警察署まで。
そのまま事情聴取を受けた連合パーティーは順次解散となったが、南藤、橙香、そしてオルの三人は異世界貿易機構の支部に呼び出しを受けた。
わざわざ表に出て待っていた杷木儀が片手をあげて挨拶してくれる。
「まだ早いかもしれませんが、里帰りおめでとうございます」
「まだちょっと早いですね。本当に繋がっているかどうかわかりませんし」
南藤は大戸峠ダンジョンの方角を見て、そこから帰り始めている冒険者の集団に目を止める。
大戸峠ダンジョンの攻略がすでに周知されているらしい。
杷木儀の案内に従って支部の奥へと向かう。
「支部のほとんどがテントですが、奥にプレハブ小屋があるのでそこでお話をお聞きします。マスター権限の移譲は警察署で済ませているとお聞きしていますが」
杷木儀が橙香の方を見て確認を取る。
「済ませてあります。ここの知事とは面識があるので話もすんなりいきました」
「あぁ、霊界出身者ですもんね」
交流パーティーなどで面識があったのだとすぐに納得して、杷木儀はプレハブ小屋の扉を開いた。
「どうぞ、中へ」
杷木儀に進められて三人で中に入る。
電気をつけた杷木儀がパイプ椅子を引っ張り出してくるのを手伝いながら、南藤は訊ねる。
「ボス戦に関しての記録映像はご覧になりましたか?」
「申し訳ありません。時間がなかったもので、まだ目を通していないんです」
「やはりそうでしたか。帰還の扉の処理ですね?」
「なかなか手続きが面倒でしてね。その辺りもお話ししましょう。あぁ、オルさん、あなたは協力者ですので身の安全は保障させていただきますが、心配であれば薄闇世界に帰る事も出来ますよ。その場合にはきちんと護衛を付けさせていただきます」
護衛と言いつつも、実態は監視だろう。
オルはパイプ椅子に座りながら言葉を返す。
「霊界の方へ行く事は?」
「霊界ですか? 向こうの政府に話を通させていただいて、許可が下りれば、という形になりますね。それにしてもなぜ、霊界に……観光ですか?」
南藤と橙香を見て杷木儀が友好的な笑みを浮かべる。
オルは杷木儀に笑い返して頷いた。
人数分の椅子を出し終えて、机を囲み、ボス戦についての話をした後、帰還の扉についての話となった。
「緘口令を敷く事に決まりました」
「つまり、今後もダンジョンが増え続けるんですか?」
「存在を明るみに出したとしても、急進派によるダンジョン作製を事前に食い止めるのは不可能でしょう。それならば、穏健派と秘密裏に手を結び、内部情報を得て対策を打って行く形にした方がよい、と上の方は判断したようです。ですから、南藤さんのボス戦映像記録も申し訳ありませんがお返しできません」
頭を下げる杷木儀だったが、南藤としては予想していた範囲の答えだ。二つ返事で頷いた。
「どうぞご勝手に。あ、USBの代金請求は藻倉ダンジョンの時同様に請求させていただくので」
「ちゃっかりしてますよね。話が早くて助かりますけども」
杷木儀も南藤の軽い対応に慣れた様子で笑い、オルを見る。
「日本政府としては、帰還の扉の存在が明るみに出た場合、国内で異世界人差別問題などが大きくなりかねないとの判断もあるようです。日本の場合はさほど問題視されていませんが、外国ではテロなども発生していますからね」
日本側のメリットの一つを説明してオルの警戒を解く努力をする。
南藤には緘口令の理由は他にもあることが分かっていた。
例えば、帰還の扉の穏健派からダンジョンとその先の世界についての情報を先んじて得ることで、異世界との外交関係に先手を打てるなどの行政面。他にも、急進派のダンジョンについての情報を得ることで魔物への対策を立てやすくなり、氾濫への対策も可能になる。
穏健派としても、急進派のダンジョンを日本政府が積極的に攻略してくれれば、急進派の資金繰りならぬ魔力繰りが悪くなり、帰還の扉組織内の影響力にさわりが出ることを期待できる。
いわば、穏健派を急進派に対するスパイに仕立て上げようという話であるため、杷木儀はこの場での言及を避けたのだろう。
杷木儀は視線で南藤に釘を刺してくる。肩を竦めて返すと、うっすらと笑みを返された。
オルへ視線を戻した杷木儀が続ける。
「それで、ですね。我々としてはオルさんに帰還の扉穏健派への取り次ぎをお願いしたいのです」
「何人か話ができそうな人に心当たりがあるけれど、それよりも先に帰還の扉の創設メンバーの一人を紹介すればいいかしら?」
フレィケルの事だろう。
創設メンバーの写真を見せてくれた老婆の事を思い出した南藤だが、ここはオルの交渉の場だ。口を出すのは控えた。
杷木儀はオルにフレィケルの人柄などを訊ねてから、薄闇世界へ会いに行く事にしたようだ。
顔合わせのためにオルにも同行を依頼して予定をすり合わせた後、杷木儀は橙香を見る。
「それで、霊界への渡航の件ですが、本来であれば我々が先んじてダンジョンの先を確認してからになります。しかし、日本国内にはすでに何名もの霊界出身者がおり、大戸峠ダンジョンの攻略にも多大な貢献をしています。ダンジョンが攻略された事で霊界側も緊張している可能性がありますので仲介役としても橙香さんに御同行願いたいのです」
「え、良いんですか?」
てっきり異世界貿易機構が調査した後になると思っていたため、橙香は驚いて尋ねる。
「法徳さんや深映さんにも話を通しておいた方がいいですか?」
「そうですね。天狗の方や雪女の方もいれば向こうの緊張も和らぐでしょう。情報交換もできますから」
「連絡してみます」
「よろしくお願いします」
橙香が関係者にメールを送り終えると、すぐに返信があった。
「みんな来るそうです。可燕さんも」
「分かりました。では、こちらも日程の調整などがありますので、二日後に出発する、という事でよろしいですか?」
「はい」
橙香の返事を受けて、杷木儀はノートパソコンを閉じて南藤と橙香を見つめる。
「これで、私の仕事は終わりです。ですから、ここから先は私の個人的な頼みごとです」
「なんですか。改まって」
「お二人はすでに三つのダンジョンを攻略している、押しも押されぬ凄腕冒険者です。お二人に引退されるのは非常に困るわけです。むろん、命がけですし、資金的な援助もほとんどできない現状、無理強いは出来ません。ですから、お願いです」
「冒険者を続けろ、と?」
「続けてほしいです」
杷木儀はオルを横目に見た後で続ける。
「穏健派と日本政府が手を結べば、遅かれ早かれ急進派にも話が伝わるでしょう。急進派が見せしめとして日本国内で積極的にダンジョンを製作する可能性があります。その対応に追われるとすれば、実力のある南藤さん達が冒険者を続けてくれると心強い」
「――と、上からも説得するように言われましたか?」
南藤がストレートに訊ねると、杷木儀は曖昧な笑みを浮かべた。
「個人的な頼みごとなんですよ」
「まぁ、そういう事にしておきましょう。保証が受けられる話でもないですし、橙香の里帰りもこのままいけば済みそうですが、オルの故郷へ続くダンジョンを捜しがてら急進派のダンジョンを潰して回る事は考えておきます。橙香のご両親と相談してからになりますけどね」
「ボクとしては協力したいけどね」
前向きな橙香に南藤も頷いて、オルに声を掛ける。
「急進派のダンジョン潰しにオルも加わるだろ?」
「穏健派として動けるかは分からないけれど、個人としてならね」
「それで十分だ」
南藤はパーティーの意見を聞き終えて、杷木儀を見た。
杷木儀はほっとしたような顔でノートパソコンを鞄に仕舞う。
「では、冒険者登録はそのままでよろしいですね?」
「えぇ、そうしてください」




