第二十八話 三つ巴
ゼェグが腰に下げた小袋の中身を地面にばらまく。
「――従属せよ。土塊に命吹き込む我は神の代行人なり。創造主たる我の盾となれる事を誇るがいい」
呪文らしきものを呟きながらゼェグがばら撒いたのは無数の歯車とクランク機構などの機械構造部品だった。
しかし、見た目の科学らしさは地面に触れた瞬間に魔法という別種の分野の元に覆い隠される。
地面から、幅二メートル、高さ三メートルほどの歪な人型が二体立ち上がった。
「さて、しばらくは高みの見物でも決め込むとするか」
歪な人型、ゴーレムを盾代わりに正面に立たせたゼェグは冒険者と大嶽丸を眺めながら腰のホルスターから拳銃らしきものを取り出し、首から下げていた派手な装飾が施されたチェーンをグリップに巻きつけた。すると、銃口にいくつもの魔法陣が描き出されては消えていく。
魔法を用いた銃なのだろう。
突然の乱入者に怪訝な顔をしていた大嶽丸は二振りの大太刀を手にゼェグに声を掛ける。
『てっきりそこの連中の仲間かと思ったが、別口のようだな。――気にくわん』
水を差した上に高みの見物を決め込むと言い切ったゼェグに腹を立てた様子で、大嶽丸が地面を蹴った。
ゼェグと大嶽丸が戦ってくれるのであれば、漁夫の利を狙う事が出来る。この間に態勢を立て直そう。
そう考えて気が緩みかけた冒険者たちをオルが一喝する。
「気を抜かないで!」
『おっとバレたか』
肩を竦めるゼェグに向かっていたはずの大嶽丸が途中で進路を変更、冒険者たちへと斬りかかった。
復帰した勝屋がライオットシールドを構えてすかさず進路を阻み、雪女たちが一斉に銃撃を加え、ゼェグをけん制するために大塚、室浦、天狗衆が駆ける。
完全に三つ巴を形成した戦場で、大嶽丸の一刀を勝屋が受け切って見せた。魔力強化したライオットシールドで大嶽丸の一撃を完全に受け流し、直後に横から迫ってきたもう一刀を後方へ飛び退く事で躱しきる。
勝屋が退がったため射線が通った保篠、荏田井が鋭い一射を放ち、紫杉、古村、米沖の近接攻撃組が両側面から襲い掛かった。
高速で飛来する矢を空中で叩き落とした大嶽丸は、左右から迫る紫杉たちを見て笑みを浮かべ、彼らを無視して正面に駆けだした。
すぐさま勝屋がライオットシールドを構えて進路に立ちはだかるが、大嶽丸は大太刀ではなく蹴りをライオットシールドに叩きこむ。走り込んだ勢いも利用した重たい蹴りの威力に勝屋はバランスを崩しかけるが、追撃が来る前に紫杉が得物の金槌の柄を延長して大嶽丸の後頭部を狙った。
しかし、金槌は予想外の方向、ゼェグが放った石の弾丸に弾き飛ばされる。
この三つ巴が形成されたのは元々、南藤を狙うゼェグが連合パーティーメンバー全員と単独での戦いを避けたことに端を発している。敵の敵は味方の考えで大嶽丸を支援するのは当然の流れだ。
しかし、紫杉の金槌で大嶽丸の追撃を防ごうとしていた勝屋たちにとってはまずい状況である。
『――何度も通じぬ』
不意に、大嶽丸は呟いて勝屋への追撃を後回しに大太刀を真横に振るった。
その場を飛んでいたドローン団子弓がひらりと空に舞い上がる。南藤が団子弓を飛ばして大嶽丸の気を逸らしたのだ。
勝屋がライオットシールドを再び前に構えてじりじりと後退する。
「タンク一人じゃ荷が重い!」
鬼の大嶽丸と人間の勝屋ではあからさまに筋力が違いすぎた。盾で防いでも弾き飛ばされるのでは連続した攻撃に対処ができない。
しかし、連合パーティーは豊富な攻撃要員の数と種類による高火力殲滅を主としているため、盾を持っている者が勝屋しかいない。
「ボクがやるよ」
そこらの盾よりもよほど重量があって頑丈な鉄塊を携えて、橙香が勝屋の横に並ぶ。
「すまない」
「気にしないで。それに、ボクでも大嶽丸相手じゃ力不足だよ。あまりあてにはしないでね」
元々鬼の中でも小柄な橙香と、神格化されるほどの鬼である大嶽丸は体格差が大きい。その力量差も歴然としていた。
大嶽丸が橙香を見下ろして目を細める。
『女だが、鬼か。武術の心得はないようだが……』
同じ鬼の橙香を見ても何一つ脅威を感じていない様子で、大嶽丸は大胆にも視線を逸らして奥にいる南藤を見る。
『あれの連れ合いだな?』
「ま、まだ結婚はしてないよ!」
語るに落ちている橙香の発言を気にした様子もなく、大嶽丸は二振りの大太刀を構えて南藤を見つめる。
『丸い金属を動かしているのがあれだとすれば、全体を俯瞰しながら戦局を読んでいる事になるな。あの手合いは先に片付けねば、取り返しがつかん――』
足に力を込めて一気に南藤へ飛び込もうとした大嶽丸の動きだしを捉えて、橙香が鉄塊を振り上げる。
いくら神刀といえども鉄塊の直撃をまともに受けられるはずはなく、大嶽丸はギリギリで身を捻って鉄塊を躱した。
「芳紀に手を出したら殺す」
『オレはすでに何度か殺されているがな』
挑発的な笑みを浮かべた大嶽丸が左手の大太刀を閃かせる。
鉄塊の裏に身を隠した橙香は大太刀を受け切ってすぐに鉄塊を正面へ押し出す様に振り上げた。
大太刀を弾き飛ばしたその流れで鉄塊を振り上げ、攻撃に繋げようという試みは、鍔ぜり合うように押し付けられた大太刀により霧散する。鉄塊を押し込まれた橙香は力負けして後ろに弾かれた。鉄塊そのものの重量で飛ばされる事こそなかったが、どうしても隙を晒してしまう。
橙香の隙を埋めるべく動いた勝屋に大嶽丸は興味を示さなかった。怪訝な顔をした直後、勝屋が構えたライオットシールドに石の弾丸が無数に直撃する。
大嶽丸はゼェグによる支援が入ると予測して勝屋を無視したのだ。
遮る者のいなくなった南藤への道を大嶽丸が一気に駆け出す。
「畜生、全然いいとこないな、俺たち!」
「つべこべ言わずに走りな!」
「鬼だけあって速いですね」
紫杉や米沖、古村が後を追いかけるが、大嶽丸の方が幾分か早い。それでも、オルに吹き飛ばされなかった下半身はまだミイラであり、紫杉たちも引き離されずにいる。
しかし、追い付けない。
大嶽丸は後方から来ている紫杉たちを巻き込むような位置取りを取っているため、雪女たちも散発的にしか銃撃ができなかった。
水鉄砲の銃口の先に氷の刃を造りだした深映が大嶽丸の進路を塞ぐ。
「近接は苦手なのよね」
言葉とは裏腹に鋭い突きが繰り出される。それを合図として、深映の死角を埋め、さらに大嶽丸の逃げ場を塞ぐように雪女たちが完璧なタイミングで引き金を引いた。
迫る氷の刃と無数の氷の弾丸に流石の大嶽丸も目を丸くする。
『面白い。だが――』
大嶽丸が一歩大きく踏み込んで身をかがめた瞬間、空から七条の光が地面へと降り注ぐ。雷だった。
まばゆい光に深映の手元がぶれる。深映自身も隙を晒している事に気付き、大嶽丸がいた方向へ銃口の刃を撃ち出しながら後方へ飛び退いた。
強引に深映たちの連携攻撃を打ち破った大嶽丸が再び足を踏み込んだ瞬間――
『ぬ!?』
振り上げようとした足が地面に固定されている事に気付き、大嶽丸は足を見下ろした。
赤い粘着質の半固体が大嶽丸の右足と地面を繋いでいる。遠くには警戒していたはずの金属球が浮かんでいた。
『飛び道具も付いていたか』
面白そうに笑いながら、その手の大太刀で右足を股関節から切り落とす。次の瞬間、大嶽丸の上半身が再び吹き飛んだ。
※
不可視の一撃で大嶽丸の上半身が吹き飛ぶのを見て、ゼェグは舌打ちした。
「使えねぇ」
呟きながら、魔法銃を上空へ向けて発砲する。
隙を窺っていた天狗たちが巧みに銃撃を避けていく。
石の弾丸の他にも水や氷、炎など様々な弾を飛ばすことができる魔法銃だが、火薬式のそれと違って弾速は遅い。いくら連射しても銃身が焼けないなどの利点もあるが、空を飛び回る天狗たちに当たらないのでは意味がない。
ゴーレム二体を盾にしているためゼェグまで攻撃が届く事はないが、頭上を飛び回られるのはうるさくて仕方がない。
加えて、高枝切りばさみとバスタオルを持った日本人の男女が厄介だった。経験によるものか、天狗たちよりも積極的な攻撃を加えながら搦め手を多用してくる。
連合パーティー全体と正面から戦うのが面倒だったからこそボス戦に持ち込んだのだが、この状態では大嶽丸を仕留めた魔法使いの女を殺しに行くのも難しい。なにより、ボスを倒された以上マスター権限を取得した連合パーティーがこれ以上戦闘を続けるメリットがない。
そこまで考えて、ゼェグは一向に撤退しようとしない連合パーティーに不信感を持った。
「ほぉ。やるじゃねぇの」
上半身を吹き飛ばされたはずの大嶽丸が神刀一振りを代償に復活を遂げているのを見て、ゼェグは笑みを浮かべる。
同時に、連合パーティーは撤退しないのではなく出来ないのだと分かり、笑みを深めた。
ゼェグは大嶽丸に声を掛ける。
「おい、そこのデカブツ! 共闘しようぜ」
『断る!』
考える時間を挟まずに大嶽丸が一蹴する。
答えに舌打ちしながらも、ゼェグは魔法銃に巻いてあるチェーンを一瞬緩め、形を崩した。チェーンに描かれた魔法陣の配置が換わり、魔法銃から放たれる魔法の種類が変化する。
ゼェグが頭上に向けた魔法銃から逃れるように、天狗たちが身構えた。
ゼェグが引き金を引く。
銃口に浮かび上がった魔法陣が供給された魔力を変換し、魔法にして上空へと打ち上げた。
天狗たちを直接狙った物ではない。
魔法銃が打ち上げたそれは空中で花火のように大きく広がると、無数の銀紙のような平たい物体となって宙を漂い始めた。
「これで良しっと。まったく、穏健派の連中も厄介な刺客を放ってくれたもんだぜ」
ゼェグは肩を竦めながら、オルの方を見る。オルは打ち上げられた魔法を見て苦い顔をしていた。
大嶽丸を殺した不可視の魔法。ゼェグがその対抗策を出してきたのだと分かったからだろう。
ゼェグが打ち上げたのは光を反射する鏡のような鉱物だ。魔力で作りだされたそれは滞空時間が長く、ゆっくりと地面へと降り注ぐ。
オルの使用した魔法は光を束ねて標的を焼き殺す物であり、その特性もまた光に似る。屈折や反射もするため、反射物がばら撒かれた空間で作動させれば味方にすら当たりかねない。
避けられないのだからそもそも撃たせなければいい。
雪女たちの使う水鉄砲や和弓を使う二人組などの遠距離攻撃も注意はすべきだろうが、盾にしているゴーレムで十分に防げる範囲だ。
本来ならゴーレムの陰から一人ずつ射殺していきたいところだが、面倒なことに頭上を飛んでいる天狗たちにはゴーレムも手が回らない。
大嶽丸が他の連中を足止めしている間に天狗を撃ち落としていくしかないだろう。
ゼェグは大嶽丸を横目で見て、バカにしたように鼻を鳴らす。
「……せいぜい利用してやらぁ」
どの道、ゼェグがこの階層にいる限り南藤は魔力酔いが悪化してまともに動けない。ただ存在するだけで大量の魔力を放出し続けるゼェグの特性は南藤を完封できる最高の相性なのだから。
『手数が足りんな』
冒険者たちの連携と南藤が操るドローン毬蜂の援護に手を焼いた様子の大嶽丸が、一振りとなった大太刀を真横に振り抜いて冒険者たちとの間に距離を造りだし、笑みを浮かべる。
なにをする気かとゼェグは大嶽丸の動きに巻き込まれないように注意を向けて、鬼神の周辺に大量の魔法陣が浮かび上がるのを見た。
「おい馬鹿、やめろ!」
大嶽丸の次の行動を直感し、ゼェグは叫ぶ。
しかし、ゼェグの事を気に入らないらしい大嶽丸は、振り返って笑みを浮かべた。
『貴様も嫌がるのならば、やらない手はあるまい?』
「――てめぇ!」
浮かび上がった無数の魔法陣から、このダンジョンで出現する魔物が召喚される。
その数は瞬く間に百を超え、狭い階層を埋め尽くさんばかりに広がった。大蜂や鎌鼬、七歩蛇などの飛行系魔物も多数含まれ、頭上にも魔物たちが展開する。
数こそ小規模だが、もはや氾濫と呼んでも差支えがない魔物の密度だ。
だが、そんな事はゼェグにとってどうでもいい話である。
魔物の召喚により一気に魔力濃度が低下する。
そうなれば、標的が動き出す。事前に集めた情報から考えて、その厄介さは先ほどまでの比ではないはずだ。
魔物の群れに囲まれながら、冒険者たちに悲壮感は見られない。むしろ、笑みさえ浮かべていた。それが何より、全快時の標的の厄介さを表している。
「くそがっ!」
ゼェグは魔法銃をかざす。召喚された魔物の対処に冒険者たちは手を取られており、標的を守れる状態にはない。
引き金を引く。射出された魔法は貫通力を増した細長い金属の矢だ。
その速度は弾丸より遅いとはいえ、簡単に避けられるものではない。
だが、ゼェグが放った金属の矢は標的に当たる寸前、持ち上げられた大型機械の脚に弾かれた。
今まで倒れ伏していた青年がゆっくりと立ち上がる。
「――状況把握」