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魔力酔いと鬼娘の現代ダンジョン攻略記  作者: 氷純
最終章 リーズリウム深緑ダンジョン
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第二十七話 鬼神

 第六階層のスロープは今までの物と比較しても二回り以上広い物だった。

 階層スロープを下りた直後に戦闘が始まる可能性や、後ろから追いかけてきたゼェグとの戦闘が始まる可能性に備えて隊列を組み直してからスロープを下り始める。

 急勾配が長く続くスロープを下りるにしたがって、案の定、南藤の体調が悪化した。

 ドローン毬蜂は未だに飛んでいるものの、南藤の顔色は土気色でピクリとも動かない。


「制限時間があるから仕方がないけど、本当だったら一回魔力強化してから来るべきだったね」

「……」


 言葉も発さない南藤だが、もはや見慣れた光景であるため連合パーティーは気にしていない。それよりも目の前の暗がりの先に第六階層が存在している確証が深まった事の方が重要だった。

 この先にボスがいるのならばよし、もしもいなければ、そこでゼェグを待ち受ける事になるだろう。

 暗がりの先に光が差しこんでいる。

 階層スロープを下りきった面々は、目の前に広がる光景に戸惑いの表情を浮かべた。


「狭いな」


 大塚が端的に感想を口にする。

 今まで見てきたどのダンジョンのどの階層よりも狭い場所だった。

 左右に五百メートル、奥行きは千二、三百メートルの狭い空間だ。天井は存在せず、やや紫がかった灰色に淀んだ雲が垂れ込めておどろおどろしい。

 奥深くには鳥居らしきものと、立派な神社らしき建物があった。


「神様がダンジョンボスとは豪華ですね」

「日本のとはちょっと趣が違うような気がするのが、自分は気になりますけど」


 荏田井と古村が神社を警戒しながら静かに配置についていく。

 日本の冒険者たちはいつもの調子だったが、霊界組の天狗や雪女たちは険しい顔をしていた。


「これは、非常にまずいやもしれぬな」

「この様式は確か……」


 法徳と深映が確認するように橙香を見る。

 橙香はすでに鉄塊を構えて臨戦態勢を取っていた。


「みんな注意して。この神社に祭られているのは多分――」


 橙香が正体を口にする前に、奥深くにある神社からのそりと巨体が出てきた。

 身長三メートルほど。金糸銀糸をあしらったきらびやかな和装の大男だ。腰には上品な装飾が施された三振りの直刀を提げ、それらを十全に扱えるだろう鍛え上げられた筋肉がその身を鎧う。

 しかし、生前は美丈夫と呼ばれただろうその面構えに見る影はない。


「ミイラって奴……?」

「アンデッド騒動は片付いたって聞いたんだけど?」


 室浦が気色悪い物を見るような目で大男を見て呟くと、米沖が気圧されたように一歩引いた。

 ダンジョンボスとしてはかなり小柄な部類に入るだろうその大男はミイラ化していた。しなびた皮に覆われ、目は消え失せて暗い穴の中にぼんやりとした赤い火が灯っている。

 しかし、ミイラやアンデッドという字面からは想像もつかないほどに威風堂々とした歩みで神社を後にすると、腰の直刀の一本を抜き放ち、正眼に構えた。その巨躯に紛れてしまっていたが、抜き放たれた直刀は刃渡り二メートルに達する大太刀だ。

 正眼の構えでありながら重量武器である大太刀を片手(・・)でブレることなく構えるその膂力と三振りの直刀、何より、()()()――


「――やはり大嶽丸か!」


 法徳が舌打ちした直後、リーズリウム深緑ダンジョン、またの名を大戸峠ダンジョンボス、大嶽丸が地を蹴った。


「そいつは鬼よ。正面からかち合わないで!」


 得物のライオットシールドで大嶽丸の振るう大太刀を受けようとした勝屋は、深映の注意を聞いて冷静に一歩引き、ライオットシールドを斜めに構えて大太刀を受け流そうとする。

 しかし、大太刀がライオットシールドに触れる直前、大嶽丸は慣性を無視してぴたりと動きを止め、ライオットシールドに強烈な蹴りを叩き込んだ。


「――冗談だろ!?」


 軽々と足が浮く感覚に驚愕する勝屋は後方から流れてくる風を感じ取る。自らが文字通り蹴り飛ばされたのだと気付いた時には地面の上を転がっていた。


「なんだよ、今の動きは」


 牽制のために雪女の銃撃に合わせて高枝切りばさみの刃を飛ばしながら、大塚が大嶽丸の動きの絡繰りを誰にともなく訊ねる。

 攻撃の隙を窺いながら、法徳が大塚に答えた。


「鬼の武術だ。有り余る力に物を言わせて慣性を従属させ、虚実を自在に織りなす」

「心技体の身体一辺倒が鬼だと思ってたが、武術らしいものもあるのか」

「当然だ。我ら天狗に対し地の覇者となった一族が鬼なのだからな。あり方は真逆だが、侮れるモノではない」


 ダンジョンボスであろうとも惜しみない賛辞を贈った法徳だが、直後に一転して苦しそうな顔をする。


「神通力さえ備える鬼の神の一柱がこの有様とは、いたわしい」

「……神通力だと?」

「来るぞ」


 答えるよりも見た方が早い、と法徳は大塚に注意を促す。

 雪女たちの氷や水の弾丸を浴びせられていた大嶽丸が地面を踏みしめて大太刀を振り降ろした。

 直後、大嶽丸の周囲に氷の剣や鉾が形成され、雪女たちへ殺到する。


「――退避!」


 すかさず深映が指示を飛ばし、雪女たちは剣や鉾を躱し切った。大嶽丸の神通力を知っているために対処が早かったのだろう。

 大嶽丸の繰り出した氷の剣や鉾の間隙を縫って荏田井と保篠が矢を放つ。

 しかし、大嶽丸は半身になって荏田井の矢をかわし、直刀を横に振り抜いて保篠の矢を叩き切った。


「殴り魔法使いって奴ですね、分かります」

「魔法剣士の方が近い気もするね」


 半端な遠距離攻撃は効かず、鬼故に近接戦闘でも無類の強さを発揮する。攻撃手段を模索していると、法徳が仲間の天狗に合図を送った。


「皆の者、我らが隙を作る故、とどめを頼もう」


 空へと舞いあがった天狗たちが急降下の勢いで猛烈な加速をつけ、大嶽丸の四方や上方から襲い掛かる。振るう日本刀は急降下からの加速で速度を増し、まさに閃く。

 だが、大嶽丸は自身の周囲に生み出した氷の剣や鉾で天狗たちそれぞれの一閃を受け止め、あまつさえその手の直刀で反撃に転じる。

 狙われた法徳は斬撃を放ったその姿勢から体を捻り、翼で中空を一打ちした反動で木の葉のように大嶽丸の反撃を躱した。

 さらに、法徳は刀を片手に持ち替えながら逆袈裟の斬撃を大嶽丸に見舞う。威力はさほどではないとはいえ、実のある一撃を放った直後の大嶽丸の大太刀では防ごうにも間に合わない。それを見越した法徳の刀の切っ先は大嶽丸の首を間合いに収めていた。

 だが、大嶽丸の方が一枚上手だった。

 大嶽丸が振り抜いた大太刀の柄を握るは右手のみ。それに気付いた法徳は己が失策を悟る。

 大嶽丸の空いた左手が腰に提げられた残り二振りの大太刀の片方をすでに抜き放とうとしていた。

 法徳が反撃に返す事を計算した上で――誘っていたのだ。

 刀身が半ばまで見えている大嶽丸の二振り目がついに抜き放たれる――寸前に鞘が物理法則を無視して刀身を追いかけた。

 法徳の視界の端、大嶽丸の死角でドローン毬蜂がパイルバンカーを収納しながら距離を取ろうとしているのが見えた。

 鞘の先をパイルバンカーで叩きあげ、大太刀を無理やり納刀させたらしい。

 大嶽丸は抜き切れなかった二振り目をそれでも首の防御に持ち上げる。素早い判断力だ。

 法徳が振り切った一撃は大嶽丸の首すれすれで二振り目に受け止められていた。


「――退がって、法徳さん!」


 橙香に声を掛けられるまでもなく、斬撃を受け止められた時点で法徳は一歩退がっていた。

 唸りを挙げて、大質量の鉄塊が大嶽丸の身体を打ち据える。

 流石の大嶽丸も鉄塊を受け止めるのに精一杯だったのか、反撃はしてこない。しかし、橙香の鉄塊そのものは二振りの直刀を交差させて受け止めていた。

 だが、動きは完全に止まっている。


「――オルちゃん!」


 橙香は後方に呼びかけながら、その場を離脱する。

 呼びかけられたオルははるか後方、南藤のそばに陣取っていた。


「――其の道を塞ぐ者どもは憐れなり 慈悲なく 無情の熱で突き殺せ 其は何者にも捕らわれず 故に虜囚の心を察せない 慈悲なく 無情の光で穿ち殺せ 其の道先に其の姿 映るまで 貫き進め」


 魔法陣が煌めく。非対称性の魔法陣はそのほとんどが直線で構成されていた。

 その魔法はオル曰く、隠し玉。

 詠唱が完了すると同時に、魔法陣が消滅する。肉眼では何が起きたのか、その過程は分からなかった。

 だが、結果だけはまざまざと、大嶽丸の上半身喪失という形で誰の目にも明らかに映っていた。

 掲げていた杖を降ろしたオルが「ふぅ」と息を吐き出す。


「案外あっさり終わっ――」

「――追撃!」


 オルが言い切るより先に、深映が大嶽丸に向けての攻撃指示を出し、雪女たちが一斉に射撃を開始する。さらに法徳たち天狗衆、橙香、南藤に至るまで攻撃姿勢を崩していなかった。

 必殺の一撃であると自信を持っていたオルは驚いて大嶽丸に目を向ける。

 オルの魔法は、視認できず、反射物が無い限り直進しほとんどの物を貫通する光線を用いた魔法だ。原理的には凸レンズを用いて光を収束するのと同じだが、エネルギー量は比較にならず、対象を一瞬で焼き尽くす。

 大嶽丸の上半身が焼失したことからも、直撃したのは明らかだった。

 だが、上半身が消し飛んだはずの大嶽丸がその場に仁王立ちし、取り戻した上半身で折れた直刀を捨てながら新たな直刀を抜き放ち、明確な殺意を込めてオルを睨み据えていた。


「――な、なんで?」

「大嶽丸は三振りの神刀を持ってるのよ。黄泉返り能力のある三振りの神刀をね!」


 深映が射撃を続けながらオルの疑問に早口で言い返した。

 雪女たちの射撃を氷の剣や鉾で迎撃していた大嶽丸が微かに笑みを浮かべる。


『愉快なり』


 地から響くような、力響くような大笑が響き渡った。

 その声が、ミイラだったはずの大嶽丸の上半身、生来の張りを取り戻した命の輝き爛々と光るその上半身の上、鋭く発達した犬歯をむき出しにした大嶽丸の口から発せられていると気付いて、冒険者たちは唖然とする。


『目の覚める一撃であった。あぁ、そうとも、冥府のぬるま湯にまどろむオレを起こすに足る清々しい一撃であった。誇れ』

「……意志が、残っているのか?」


 法徳が呆然と呟くと、大嶽丸は笑みを湛えたままの顔を向ける。


『いま目覚めた。案ずるな。戦は終わらぬ』


 地が爆ぜた。

 大気が逃げた。

 法徳の視界が大太刀の閃きを捉えた。


『……実に愉快』


 手持ちの刀と鞘を交差させていなしながらもわざと吹き飛ばされた法徳に、大嶽丸は笑みをますます深める。


『さぁ、仕切り直しだ。この大嶽丸、喧嘩を売る輩は朝廷も仏も区別なく、暴れ回った鬼神(おにがみ)よ』


 腰に差したままだったもう一振りの神刀を抜き放ち二刀流の構えを見せながら、大嶽丸は冒険者をぐるりと見回す。


『名乗らずともよい。首は飾ってやろう』


 大嶽丸が見栄を切った直後、空からいくつもの雷が降り注ぐ。

 天狗たちは予兆を感じて地上に避難していたため難を逃れたが、空の覇者と呼ばれる彼らには苦しい環境となった。

 仕切り直しなどとんでもない。圧倒的に大嶽丸側が有利になったのだ。

 犠牲を覚悟しても勝てるかどうか。自分がその犠牲になる覚悟も決めて冒険者たちが武器を構えた時、南藤が立ち上がった。


「芳紀!」

「――状況はあけぁ」

「……え?」

『……ぬ?』


 半ばまで立ち上がったにもかかわらず再びふらりと重心が定まらなくなり、南藤は機馬の上に倒れ伏した。

 冒険者たちだけでなく大嶽丸まで怪訝な顔をして南藤を見る中、階層スロープから新たな人影が現れた。


「――なんだぁ。もう盛り上がってんじゃねぇの」


 ジャケットのポケットに手を突っ込んで余裕の笑みを浮かべたまま歩いてくるその人影は、身体全体が陽炎のように揺らめいている。


「ゼェグ……」


 オルが呟くと、陽炎に包まれた人影、ゼェグは肩を竦めて嫌味な笑みを浮かべる。


「――時間切れだ。劣等世界人共」



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